【暗黒の狂詩曲3】
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サーペントいや、サークレット・クリフトが新たに死亡者リストに掲載された。死因は爆死。ただそれだけだ。作戦会議の休憩時間に、奏とフラットはそのデータを目の当たりにする。
「サークレット・クリフト…」
闇一族として名高い彼の名前。隣にいたフラットの手が微かに震えていた。
「私の父なんだ」
静かな空間で、フラットの声だけが響く。
「闇一族の血筋だったんですね貴方も」
「軽蔑するかい」
「いえ、先生は立派な方です。それは百も承知ですから」
酷く冷静な声色は、かつて一番弟子だった中川輝樹と錯覚させる。
「ご冥福をお祈りします」
「父の死は確定なのかい」
「残念ながら、確定です」
「父は何を思って、死んだのかな」
すると、父の訃報すら聞いていない筈の、リークとリリアンがやってきた。突然現れた2人に目を白黒させる。
「兄さん!?どうして…」
「奏から、聞いた」
「…すみません。ご家族の方にはどうしても知らせなければならないと思いましたので、連絡しました」
「父さんの死因は聞いたの」
「爆死だろ?でも、お前…赤ん坊が生まれたばっかりなのに、女王のそばにいなくていいのか?」
「完全に彼女は戦闘モードですよ」
出産して1日足らずですでに戦おうとしているのだ。流石元闇一族の戦闘能力と精神力なのだ。長旅で疲れたのか、ベッドに腰掛けるリリアン。
「にしても、サークレットも気の毒だよな」
一度手に掛けた苦い感触が蘇る。
「死ぬ安らぎも手に入れられないのか…」
「闇一族は、強大な力を手に入れる変わりに人権を失います。安らぎのある眠りなど最初から与えられません」
淡々と言ったつもりだが、声が震えていたことを、リークは見逃さなかった。
「お前も人間臭いよな」
「ほっといて下さい。貴方こそ実の父が亡くなったのに動揺一つしないなんて」
「おかしいだろ?でもな、俺はむしろお前以上に闇一族を憎んでるんだよ。だから実の父親であっても情なんて抱かない」
「兄さん…」
双子と言えども、全く行動も仕草も違う。
「確かにリークは最初から、闇一族は嫌いだったよな」
ため息混じりに言葉を漏らすリリアン。
「でも、父さんは無駄死にしなかったよ」
死亡者リストの画面をスクロールすると、今回の参加者の中で、最大の難所と呼ばれたラフォーレ姉妹もほとんど同時刻で掲載されていたのだ。
「ラフォーレ姉妹!?」
「このゲームの次期幹部候補だった輩です。どうやらサークレットさんは、自分を犠牲にして彼女達を道連れしたわけです」
「つまり、生存者は3人になったわけね」
その声に、目を見開くフラット。
「女王!?」
幼き双子の赤ん坊を片手に抱え込み、つかつかと入り込む玲奈に、圧倒される。
「サキュバスと聖と…葵さんねぇ。サキュバスも生きてたのね」
かつての最愛の雅也に致命傷を与えた張本人がまだ生きていたのだ。複雑な顔つきになる。
「サキュバス…」
「旧姓鮎川美月ですよね」
「その通り。つまり葵さんと消えた筈の蒼太くんの母親でもあるの」
ゲームを終わらせるには、3人のうち最低1人の死亡が確定しなければならないのだ。
「JOKERは、まだ生きてるの?」
「えぇ。それも葵さんが持ってます」
「じゃあ…」
葵の死か、聖とサキュバスの死の2つの方法しかゲームを終わらせることはできないのだ。
「なんて、残酷な選択をさせたんだろうね」
「その上、タナトスを倒さなければならない。ただでさえタナトスは強大な力を持つというのに」
「それを兄さんが一人で成し遂げようとした。でも、タナトスによって阻害された」
「もし、君が参加者だったら?」
「最後まで生き残るか、最初に爆破装置を解除して、参加者や主催者の目を欺いてでもゲームデータを破壊します」
「それだ!!」
いきなり大声を出されても、微塵も驚かない奏に、怪訝な目で見る一同。
「リークさん。貴方の言いたいことは分かっています。それはすでに実行させました」
「それってどういう意味なんだよ」
すると、中川夫妻も加勢する。
「そのままの意味だよ。ちなみに前のゲームは寸でのところで失敗した。そのことを昨日、輝樹から聞いた」
「つまり、今も虎視眈々と計画は遂行されているわけですね」
「タナトスは難解なデータを、彼に提示した。でも、輝樹はすぐに解読した。それをタナトスに悟らせないために、解読不可能なデータに紛らせた」
「我が息子ながら恐ろしい」
レーネの声に一同振り向く。
「レーネ氏?」
「私におかまいなく、続けてください」
一人冷徹な眼差しを向ける奏。
「一つ質問してもよろしいでしょうか。貴女は、かつてこのゲームを阻害しようとした。そのことを兄に伝えましたか」
「伝えてはいません。ただ、どこかの文献で載っていたのかもしれませんね」
「貴女の夫は、主催者側ですよね」
「えぇ。そうです。私を死んだものと勘違いされて、徹哉さんはタナトスの配下になりました。その徹哉さんも亡くなりましたね」
「残念ながらその予想は間違ってますよ」
データ至上主義である奏の発言に、我が耳を疑う。
「BT。つまり馬熊徹哉さんですが、貴女と同じ手法をなさりました」
「手法?まさか、ダミーホムンクルスを!?」
「その情報をくれたのは、馬熊さん自身です。今回の主催者ではないため、タナトスの目には触れられずに済みました」
「じゃあ、徹哉さんは生きているのね…」
「そして、兄さんもきっと生きています。データだけでは真実は語り明かせませんから」
そして、しばらくした後作戦会議で、例の件を皆の前で報告する奏。
「生き残りは3人となったわけか。聖、葵、そして…」
「サキュバスだ。しかし、彼女は奏の情報からすると、葵、そしていなくなった筈の蒼太の母親らしい」
「その中にジョーカーがいた場合、最終的な生存者は2人または1人。ジョーカーが誰なのかは分かっているのか」
輝の質問に、次の資料を皆に配布する奏。
「これは、参加者全員の手札です。死亡者リストからカードを判明させました。そして、兄さんからもらった最後の情報でジョーカーが誰なのかが判明しました」
一同ジョーカーを持つ参加者の名前を注目する。そう、葵と輝樹がジョーカーだったのだ。
「しかし、輝樹が名義上死亡者となった今、ジョーカーは葵ただ一人となる。とすれば、葵が生きるか、他の2人が生きるかになるな」
すると、輝樹から預かったもう一つのデータを書類化したものを、フラットが配布する。
「これは?」
「生前、輝樹が、奏に教えた極秘情報です。おそらく葵さんは、その作戦の通りにするでしょう」
つまり、前回輝樹が聖と瑠唯にした同じ行為をするつもりだ。
「つまり2人の首輪を解除するつもり?」
「いえ、違います。優勝者は必ず首輪をしていますから」
ということは、前回のゲームで輝樹が優勝者になった際は、まだ首輪をしていたことになる。
「…とにかく、3人の動向が気になるね」
「聖の闇化はもう止まれないらしい…。礼さんが聞いたら」
すると、難しい顔で礼が周りを見渡していたのだ。
「爽さんは?」
「中川先生に、あと1日の余命宣告をされた。爽は危篤状態に陥った」
「あの…聖さんのことですが」
「聖は、聖は皆を殺めたりはしない。私はそう信じている」
「でも、聖が生き残るには、葵さんを殺さなければならない」
「どうして愛し合う2人をこんな目に遭わせたりするんだろうな」
そのすべての根源は、礼を守るためだった。
「爽、蒼太。聖、葵。そして亡くなった雅也のために私は…タナトスを力ずくでも倒す」
「それだけじゃない。この狂ったゲームを壊そうとして、虐殺された参加者」
「そして、葵さん達に望みを託して死んでいった人達のためにも、僕らはタナトスを始末しなければならない」
すると、礼は会議室のホワイトボードにいきなり字を書き出した。
「玲奈。思い出せる限りで構わない。タナトスのいる世界の構造を教えてほしい」
「分かりました。あの子達のいるW地点。つまりそこの地は、最果ての町のある塔に繋がっています。そこはかつて私の夫が、試練の地として訪れました」
「下界の構造は分かりません。しかし、タナトスがいるであろう場所は、その塔の最上階かと思われます」
つまり、タナトスがいるのは地下世界ではなく地上世界なのだ。
「ただし、強固なバリアに囲われているため、能力者であれども簡単に侵入はできません」
「侵入できるのは?」
「闇属性のある人間。つまり闇一族の血筋に限ります」
「だとすれば、私もしくは兄さん。そして…」
「私と爽のみになる。しかしいくら闇属性と言えども、体質が違う」
「えぇ。四龍は確実に侵入不可になります」
自分の手でとどめを刺せないことに歯がゆさを感じる礼。
「いえ、そうとは限りませんよ」
玲奈の話に、反論する奏。
「どうして?」
「参加者にあの門が解放されるのは、朝8時からになります。その際、葵さん達は指令本部の塔に入ります。いや、入らざる得なくなります」
侵入禁止地区が、指令本部以外すべてとなってしまうため、絶対に入らなければならない仕組みになる。
「葵さんには、その指令本部のバリアを壊してもらいます」
「そんなことしたら、タナトスの反逆と見做されて、首輪を爆破されるぞ」
「もちろん正規のやり方でしたら、彼女の首は吹っ飛ぶでしょう。だからこそあの作戦が生きるのです」
「その作戦とは?」
「兄さんがかつて、僕に託したものです。実を言うと兄さん独自のデータは、ゲームデータを破壊するものではなく、指令本部のバリアを解除させるものなのです。だからこそ、タナトスには分からなかった」
「どうして、タナトスが分からないんだ?全知全能と呼ばれたあの破壊者が」
アクアマリンの疑問に、輝が答える。
「あの指令本部のバリアを施したのは、前任のタナトス。名前は、カイン・フィジー・カインド」
「タナトスに殺されたと言われるあの天才化学者ですか」
「そう。そして今のタナトスは、アベル・フィジー・カインド。しかし、アベルは実人間ではありません。カインの頭脳と肉体のクローンなのです。カインにはない凶暴性もありますが、カイン以上の頭脳は持ちません」
「つまり、輝樹くんの頭脳は?」
「アベル以上だったということです。カインもアベルに殺されるとは思わなかったでしょう。自業自得とも言うべきです。しかし、とんでもない負債です」
カイン世代のデスゲームは、バトルロワイヤル制ではなく、コロシアム制だったとレーネが説明を加える。
「だからこそ、輝樹が後継者に相応しいと言われてしまったのでしょうね。輝樹が生きていれば、こんなことにはならなかっただろうに」
輝樹の死に最も悔いているのは、レーネだった。
「あくまでもデータ上のことです。僕も雅さんも佐伯先輩も、兄さんが死んだなんて思ってはいません」
その言葉にデータに関与していないメンバーが我が耳を疑う。
「首輪が爆破されたら、普通死ぬよ?なんでそんなことが言えるの」
「爆破されたかは分かりません。しかし、兄は去年、聖先輩と佐伯先輩の首輪の爆破装置を外しましたから。自分の爆破装置を外すなんて造作もないことです」
「だとしても、監視カメラがそれを見逃さない筈がない」
「その件は、データ班のみに後ほど報告致します。では、今日はごゆっくりとお休みくださいませ」
全体会議を終えると、データ班である中川親子、フラット、そして玲奈が別室に移る。
「では、女王お願いします」
「死角になる場所ね。あらゆるパソコンの電源を切って頂戴。どういう意味か分かるよね奏」
「もちろんです」
全員でパソコンの接続を切る。依然として理解できないのか、首を傾げるフラット。
「どういうことですか?女王」
「フラットにはまだすべては告げてなかったわね。あの組織の鉄の掟」
「掟?」
「もともと、あの人達は人間なのよ。でも、タナトスによって改造人間になった。ここと地下世界は繋がっているの。亡くなった雅也くんとも、地下と地上でメールでやり取りしてたしね。だから、ここで話してることも実は筒抜けなわけ」
「だからって」
「いいか?今回は私達がメインになって動くので、機密情報は漏らすな。フラットくん、時には非情な指示も出すけど、いい?」
「えぇ、承知の上です」
「あの…赤ん坊2人はどうするんですか」
「ルナマリーは瑠宇に任せます。そして、息子はフラットに預け、私は最前線に向かいます」
「まだ、産後間もないのに!?」
玲奈以外の全員が目を見張る。
「ルナマリーが戦いにゆくのですから当然です。それに、伊達に闇一族の用心棒していたわけではございませんから」
玲奈の固い決意に、フラットも続く。
「ならば、私は息子を連れていく。ルナマリーも君も戦うなら全面でサポートする」
「地上データ班は、私と輝さんで行う。奏、お前はどうする」
「私情ですみません。僕は、雅さんと共に向かいます」
「つまり介護班?」
「えぇ。回復系魔法も多少は使えますし、薬の知識もそれなりにあります。データ以外でも役立てれば」
「いや、中川。君はデータに集中してくれ。君と葵さん以外に輝樹くんのデータを解読できる人間はいない」
「いえ、レーネ女史なら可能です。ね、レーネさん」
「えぇ。もちろん簡単にとは行かないけれど、バリア解除はさせていただきます」
明日の計画を一通り話すと、各自解散した。そして自室に戻った奏はレーネに、輝樹が最後に送ったデータを見せた。
「流石、【データ上の鬼才】と呼ばれただけはあるわね。解くのには時間がかかりそうね…」
「パスワードはあと2問で解読完了です。なかなか大変でしたけどね」
輝樹とは明らかに血は繋がっていない筈の年端もいかない少年が、タナトスも解読不可能なパスワードを残り2問を残して、18問を2日間で解いたのだ。目の前にいる小さな怪物にわななく。
「貴女の願いが兄さんの願いに変わって、そして皆の願いに変わった。どうか最後までよろしくお願いします」
「こちらこそ」
………be continued