【暗黒の狂詩曲3】

□17
1ページ/1ページ

輝樹が死亡者として放送された2時間後、瑠唯と同じ現象が聖の身にも起こっていた。体中から血液が流れ出て、致死量ぎりぎりのせいか立っていられず悶えながらたおれこむ。

「聖…僕の血を吸って!でなきゃ死んじゃう」

鎖骨を差し出す葵。しかし頑なに吸おうとしない聖。

「そんなことしたら、お前が死んじゃうだろ…。できるわけない」

「僕なら平気だよ。だから…」

「断る」

すると、自分の手をナイフで切り付けその傷口を嘗めさせようとする葵。

「お願いだから」

しかし、聖は断固として吸おうとしない。何故なら、闇トランス化の寸前まで来ていたからだ。もし、葵の願いを聞き入れてしまえば紅龍ではなく黒龍となってしまう。

「嫌だ!!お前を殺したくない」

その言葉で漸く頑なに血を拒む理由が分かったのか手を引っ込める。

「ごめんなさい。僕が闇一族の血を受け継いでなかったら助けられたのに」

両手で顔を覆い、さめざめと泣く葵。

「でも、吸わなきゃ死んじゃう」

「葵。お前だけで逃げろ。勝ち抜けば絶対に皆が探しにきてくれる」

共に生きる道が閉ざされた今、それに縋るしかない。

「嫌だ。貴方のいない世界なんていらない」

「馬鹿。お前だけでも生きろ。俺の理性が残っている間に早く!!」

すると突然探知機が反応する。1つの点だとすれば、ラフォーレ姉妹の可能性は薄い。

「早く逃げろ!!」

「うあああああああっ!!」

探知機からなるべく離れたところまで、無我夢中で駆けていく。輝樹を失った悲しみより、自分の手で見捨てる形となった聖を想うとどうしてもやりきれない。崩れたトンネルの前まで辿り着くと、亡骸となったであろう輝樹を探す。だが、処刑人である兄が死体を持ち帰り焼却してしまったとすれば、彼はすでに灰になったのだろう。

「ごめんなさい。約束…守れなかった。聖を守るって決めたのにっ……」

今、彼のもとへ戻ったとしても、葵の知る聖ではない。しかし、輝樹の亡骸がない今、信じられるのは聖一人だけなのだ。危険を省みず聖のいた場所まで戻る。しかし、そこにいたのは聖ではなく、禍禍しく黒く光る龍が君臨していた。その紅蓮色の瞳が、葵を映した時、一筋の涙が流れる。

「ごめんなさい。聖の言うこと聞けなかった」

「………」

「聖だよね?分かるよ聖でしょ」

そっと手を伸ばそうとすると、威嚇する。

「ごめん…」

『早く去れ。殺されたいのか!!』

「聖を一人にできないよ」

『お前と俺は明らかに違う』

「違わない。どんな貴方でも僕は受け入れる」

『俺が受け入れられないんだよ。怖いんだよ』

「そ、そうだよね。でもあの赤い点はなんだったの」

『お前の兄貴だよ。輝樹が見つからないんだって』

「木っ端みじんになったんじゃないの?」

『知るかよ。俺にはもう何も残っちゃいない。もうじき理性も破壊されちまう』

そうなれば葵の判別もつかない。誰彼構わず殺すかもしれない。愛しい人が殺人鬼になるのは耐えられない。気がつけば銃を構えていた。

(ごめん。父さん、礼さん)

『撃て。人を殺してしまう前に、お前の手で』

「本当にごめんね。聖、すぐに逝くから」

構える手を震える手と重ねる。最初に出会ってから一ヶ月しか経たなかった。しかし、聖に会って初めて生きる喜びに目覚めたのだ。

「やっぱり、僕は貴方を殺せないよ。失いたくないよっ…」

殺してしまえば、世界で一番愛しい人を失う。そんなことをすれば他人だけでなく自分すらも信じられなくなる。

『だったら、最後までそばにいてくれないか。理性が残っているうちに沢山話がしたい』

「いいよ。僕も、もう離れたくない」

聖の体ごと抱きしめる葵。すると、黒龍から元の姿に戻る。

「聖!」

「一人になりたくない。輝樹もいなくなって、心細くて。もう頼れるの葵しかいないんだもん」

葵だけでなく聖も不安だった。

「いつ死ぬか分からない。でも、そばにいたい。離したくない」

黒龍のオーラと聖本来のオーラが攻めぎあっている。良心が本能と闘っているのだろう。そっと両手を握る葵。

「大丈夫。大丈夫だからね?」

「葵」

「どうしたの?」

「今、何時だ?」

「夜に入ったばかりだよ。お腹すいたでしょ?」

立ち上がろうとすると、腕を掴まれる。

「お腹なんて空いてない」

「食べなきゃだめだよ。ね?離れないからね」

「いらない」

神経が参っているため、何も口に入れたくないのだ。

「明日になったら、終わるよ」

「…殺しちゃうの?俺のこと」

「ううん。殺さないよ」

「じゃあどうするの?」

「分からない。でも、聖は絶対僕が守るから」

「ありがとう」

頭を撫でようとするも、手を上げる力すらない。力無く降ろされた手の平の血は赤黒く変色していた。

「このままだと、俺死んじゃうな」

「駄目だよ。そんなこと言っちゃ」

「ただでさえ人が死んでいく状況なんだ。俺がここまで生きてられたのも奇跡に近い」

「僕を置いていかないで…。一人はもう嫌なの。お父さんだってもういなくなっちゃうの」

爽は確実に近日に死ぬ運命にある。そして、母である美月も生き残るのは難しい。さらに兄の蒼太とは共存すらできない。聖がこの世を去れば、天涯孤独になってしまう。

「葵。俺だってお前を死なせたくない」

「ありがとう。僕なんかのために」

「いや、お前だけじゃない輝樹だってきっと生きてる。だって死亡者リストになったってあいつの遺体は見つからなかった。首輪を外しただけだって」

そこで漸く輝樹の真意がはっきりと分かった。敢えて戦線離脱するために自爆行為をしたのだ。そして処刑人の蒼太の証言。

「もしかしたら、兄さんは何か知ってるんじゃないかな?輝樹さんの行方とか」

「教えてくれるとは思えない。俺とあいつは、最初から相容れない」

「そうじゃないよ。聖言ってたじゃない。闇一族も龍人族も関係ないって」

「あいつは、自ら闇一族になった。そしてお前の目の前で参加者を殺した。それは輝樹と交わした掟に反する」

「聖。確かに兄さんは人道的に反している。でも、僕の兄さんには変わらないもの」

「許容できるのか」

「分からないけど。兄さんも主催者側としてはタナトスしかいないんだよね。タナトスがいなくなったら一人ぼっちになっちゃう」

「自業自得だ」

「だよね。僕もそう思う。でも、あの時兄さんを追い掛けてたなら、人殺しにはならなかった。僕の罪でもあるんだ」

「爽さんを一人にしたくなかったからだろ」

「母さんの失踪を実は知っていたんだ。でも父さんの嘘に付き合ってたの。もし知ってることを言ったら、僕を見てくれないだろうと思った」

「じゃあ、親父を追い掛けたんじゃなくて美月さんを追い掛けたのか。あいつは」

「それは本人にしか分からない。でもね、ろ父さんにも貴方にも明かさなければならないことがある」

そっと衣服を脱ぎはじめ、背中を見せる。

「聖。12の時に汚されたって言ったでしょ?彼の名前はカイン。そうタナトス本人に僕は汚された」

背中に刻まれた無数の傷痕、そして背中に生える漆黒の翼。それはかつて見た死神そのものだった。

「そして、僕はその事実を隠すために一般人のフリをし続けた。お父さんも僕が一般人だと信じきっている。でも、カインに言われた。ローパーとして働かないなら、一生兄を殺人鬼の運命に辿らせると。僕は自分可愛さにローパーにならなかった」

「俺はお前が正しいと思う。殺人鬼になった蒼太よりずっと正しい選択をしたと思う。それにお前は一般人であろうと能力者であろうと、死神であろうと俺の妻なんだから」

「聖。ごめんね」

「謝るな。それより体冷やすだろ」

ゆっくりと体を起こし、倉庫にあった毛布を被せてやる。

「ねぇ、僕も理性を失って、兄さんみたいに人殺しになっちゃうのかな。そんなの嫌だよ」

葵の瞳が紅から漆黒に変わっていく。

「そうなったら、僕はもう貴方を…」

互いが理性を失いかけている。どちらが先に闇に染まってもおかしくない。

「だったら、最後までそばにいよう」

「聖…」

引き寄せる聖の胸の鼓動に心が落ち着く。

「理性が無くなっても、俺は心からお前を愛してる。この体がお前を殺そうとするなら、絶対に止める」

「僕も。例え死神になっても誰も殺さない」
指を絡ませる。そしてそっと互いの唇に触れる。

「聖。大好きだよ」

「俺も」

互いの体温を確かめるに抱きしめ合う。

「暖かい」

「痛くないのか?」

傷だらけになった葵を労るように優しく触れる聖。

「平気。なんだか眠たくなっちゃった」

この状況下の中でも、聖がそばにいるだけで心が安らかになる。

「俺も眠たいなぁ」

「明日になったら、終わるよね?」

「あぁ」

「だったらいいや」

微笑みかける葵の頬に手を添える。

「お前のおかげでまだ人間でいられる」

「僕も」

お互いの手を握り締め、見つめ合う。

「帰ったら、まずは正式にお前のお父さんのところに挨拶に行く。そして…親父にも話すよ」

「黒龍のこと?」

痛い指摘に苦笑する聖。

「まあな。いつまでも隠し切れないしな。最悪殺傷沙汰になるかもしれない」

「自分の息子が憎い闇一族の象徴でも、礼さんは受け入れると思うよ」

「どうして」

「だって闇一族の首領のお父さんを手にかけなかったもの。だから絶対聖を殺したりしない」

「そういうものなのかな」

「うん。例え礼さんが許さなくても、僕は貴方を受け入れるよ。だってあの時僕を助けてくれたもの」

「あれは、人が死ぬ光景を見たくなくて」

「それでもいいよ。こうやって話せるんだから」

目を細めて微笑を浮かべる葵を見て、どんな状況下であれ、平常心を忘れないことの大切さに気づく。

「葵、最後の飯は明日になるけど、何にしようか?」

「魚食べたいなぁ。輝樹さんといた時、一度我が儘を言ったんだけどね、彼の毒を抜くために一度手術したからその副作用で、動きづらくなった。結局輝樹さんとは、魚料理が食べられなかった」

「そうか。クーラーボックスに海老がある」

ふと起きだしリュックサックから、地図を取り出す。

「葵?」

「三日目に入って、時間の間隔が広くなった」

確かに全体放送の頻度も一日目と比べると激減している。また、侵入禁止地区エリアになった箇所をチェックしていたため予め、次回の禁止地区エリアを予想できた。さらにそれは見事に的中していたのだ。今いるE−5エリアは翌朝の8時まで利用可能だ。つまり今日はここに寝床にするのが得策である。

「でも、トンネルが崩壊しちゃったから指令本部には行けないよね」

「トンネルのエリアからなら、飛んで侵入しても行けそうじゃないか?」

「…それは反って危険だと思うよ。指令本部に強化バリアを張ってるかもしれない」

「となると強行突破だな。にしても、侵入可能エリアが狭まるのに、探知機鳴らないなぁ」

「だね。お母さんもサーペントさんも無事なのかな」

「ラフォーレ姉妹もまだ死亡者として放送されてないしな。もしかしたら、対決してるんじゃない?」

途端に笑顔から、不安げな顔付きに変わる。

「あの姉妹、相当強いよ。一人でさえ厄介なのに。いくら母さんが闇一族の幹部だからってブランクがありすぎる。本来なら助けるべきなんだよね?」

「あぁ、本来ならな。でもこの体じゃ助けるどころか邪魔になるだけだ」

下手にサキュバス達に加勢すれば、こちらまで危められる可能性が出て来る。しかし、肉親を見捨てるほど薄情にもなれない。

「お母さん無事なのかな…」

「サキュバス…いや美月さんなら大丈夫だよ。一対一でラフォーレ姉妹の闘いを見てきたけど互角だった。後はサーペントさんの実力次第かな」

サーペントのことは、爽から幾度か聞かされたことがある。元々は人間だったが、家族を守るために自ら犠牲となって闇一族になってしまった。そう思うと同じような経路を辿った蒼太を彷彿とさせ、他人事には思えない。

「ラフォーレ姉妹には、良心がないのかな」

「今更だろ。お前を動けなくするは、大量に虐殺するは、良心があるわけがないだろ」

「じゃあ兄さんは良心がまだあるってこと?」

「ルールに従い、棄権者を切り捨てたのは人道的じゃない。それは確かだ。でも…」

幾度か会った。いや前回のゲームでも会った気がする。輝樹と知り合いだったお陰で、見逃してくれた。いや、以前、聖と瑠唯に地上世界に逃亡する手口を教えたのは彼だ。となれば、棄権者を切り捨てたのは単なる見せしめのためであって、彼自身の意思ではなかったと考えるのが正しい。

「兄さんも被害者の一人なんだよね。ローパーにならなかったら人なんて殺さずに済んだ」

「なんにせよ、人殺しは人殺しだ。高見で人々が死ぬのを眺めていたのだから」

「現場も見たよ。馬熊さんとアルフレッドさんが死んだ後、死体を回収しにきてた」

「死体処理までさせられていたのか」

毎年、何十人もの悍ましい亡骸を間近で目の当たりにし、それを処理するために指令本部まで運んでいくのだ。いちいち哀悼の念に駆られていたら、死体処理などできない。また、死体処理を繰り返すうちに感覚が麻痺してしまったのだろう。自分達より断然優位な主催者側でありながら、苛酷なことを強いられてきた。そう思うとますますタナトスが憎らしく感じる。

「兄さんを連れ戻したいな。主催者側だったの父さんも玲奈さんも地上世界に戻れたんだから、不可能じゃない筈だよ」

「でも、今回は主催者側にも爆破装置が付けられている。下手に逃亡したら殺されると思う」

すると、輝樹から預かったメモを聖に渡す。その内容を見て、思わず体を起こす。それは、主催者側の爆破装置の外し方を箇条書した内容だ。

「兄さんと戦う時に、是非実行してほしい」
「蒼太はこのことを知っているのか?」

「ううん。知ってたらとっくの昔に外してる。おそらく馬熊さんに取り付けられた爆破装置を解体した時に偶然見つけた方法だと思うよ」

「なるほど。でも、俺にそんな技術なんて…」

箇条書の内容は、エンジニアの専門家でなければ分からない精密な行為であり、モンク僧である聖とは正反対に位置していた。












………be continued


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ