【暗黒の狂詩曲3】

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朦朧とする意識の中、見慣れた青髪の壮年に目を細める。

「すまない。起こしたか」

ゆっくりと起き上がる瑠唯の首筋は、すでに赤黒い痣が拡がり、この様子では明日になれば、全身に拡がり死に至る恐れもある。

「レーネッド…輝樹死んじゃったんだって」

俯くその彼女の瞳は酷くよどんでいる。雅の前では、気丈に振る舞っていたが、一番気を許しているレーネッドに対しては弱気になる。

「私ももうすぐ、息絶えるだろ?でも、輝樹と約束したんだ。もう一度会おうと。叶わなかった」

「…瑠唯。簡単に諦めるな。あくまでも判断されただけだ。遺体がなければ」

「反逆行為による爆死。遺体なんていえる代物じゃない。どれだけ悔しかっただろうな。私がいたら共に逝けたのに」

「いや、余計に逝けないだろう。輝樹のことだ」

「哀しませたくない。でももう、輝樹の過去だって全部分かってたんだよ」

輝樹が頑なに過去を隠していたが、交際する以前、奏から内緒で聞いていたのだ。だが、それを輝樹に聞く勇気だけはどうしてもできなかったのだ。

「レーネッド。あいつはタナトスの次期候補者として、私と出会う前、地下世界を戦い生き抜いていた。戦闘人形として。でも、輝樹はあのゲームに参加するまで、一度も他人に向かって銃口も向けなかった。いや、ライフル銃さえ持たなかった」

徹哉は輝樹を解放する際、決して人をあやめないことを約束させたのだ。

「あいつは、自分で十字架を背負ったまま生きてきた。地下世界であやめたモンスター達。キメラマウス。だからこそデュエルすら嫌った」

妥協案として、聖の参謀となったのだ。

「再び地下世界に行ったせいで、輝樹は本来の力を取り戻してしまった。地上世界にいれば、哀しみも苦しみも癒せたのに」

一年前、輝樹を全力で止めたのだ。しかし、彼の意思は変わらなかった。だからついていくしか彼を止める術はなかった。

「聖は知っているのか」

「分からない。だけど聖は輝樹がどんな経歴を重ねようが、親友であることは揺るぎないと思う。だとすれば尚更、失ったことでタナトスへの憎しみが増して、闇化するだろう」

あの無邪気で優しい聖には、二度と戻れない運命になる。

「…でも、聖を受け止めることができる。葵なら」

「………」

「だから、今は輝樹を想ってほしい。俺なら待てるから」

しかし、レーネッドも四龍の一人だ。タナトスをあやめてしまえば、彼も死ぬ運命だ。それでも、例え自分に想いが向けられないことを分かりきっていても、瑠唯への想いを断ち切れずにいる。

「レーネッド…」

そっと手を伸ばす。彼女の手を頬に当てる。目を細める彼の瞳にうっすら涙が浮かんでいた。

「瑠唯」

「泣くな。私達は一心同体だろ。死ぬときも一緒だ」

「だったらどうして輝樹には敵わないんだ」
端麗な顔が歪む。

「…輝樹だからだ。レーネッド、お前には恋愛感情を抱けない。近すぎたんだ何もかも」

目を見開き、そしてそのまま目を閉ざす。涙で睫が濡れている。

「もう少し遅くに出会えばよかった。輝樹にとられるくらいなら、早く想いを伝えるべきだった」

「レーネッド。本当にごめんなさい」

「謝らなくていい。きっとそうなったとしても、お前は輝樹を愛する。孤独で苛まれた彼を優しいお前が見捨てられるはずがない。分かっていたさ。だからこそ、この関係を続けるほかなかった」

そっと手を離すレーネッド。

「すまない。今日だけはずっとそばにいさせてくれ。最期のわがままだから」

手招きをして、レーネッドが近付いたらきつく抱きしめる瑠唯。

「ありがとう。私のためにずっとずっとそばにいてくれて」

肩に掛かる暖かい雫で、瑠唯も泣いていることを感じる。

「レーネッドの気持ち嬉しかった。私にはもったいないくらいだった。だから、輝樹にプロポーズされたときすぐには承諾できなかった」

そして答えを出そうと決めた日がちょうど、あのゲームの日で、結局1年間も言えずじまいだった。

「決心がついたのは、輝樹がいなくなるのが怖いと感じてしまったから。あの日以来、私は夢を見なくなった。ただ日々を忙しく過ごしていれば、忘れられたかもしれない。でも、聖が謝るから余計に輝樹を思い出して…あんたの優しさに縋るしかなかった。利用しかなかった」

持て余していた両手で、彼女を痛いほど抱きしめる。

「それでもいい。叶わないと知りつつ求めてくれたことが嬉しかった。いまでも…」

「レーネッド…」

「どうか輝樹と会うその時まで、お前のそばにいることを許して。わがままが一つ増えるが、俺が死ぬ時は、お前に看取ってほしい。最期は笑顔で看取って」

「馬鹿なこと言うな。でも、私も死ぬなら…あんたが看取ってほしい。他の誰でもなく」

「輝樹は…?」

「輝樹には見られたくない。そんなことしたら一生あいつは自分を責めつづける。そんな彼をあの世で見たくない」

大切に想うが故の答えだ。

「やっぱり敵わないなぁ」

「ふふふ」

「でも、俺は一番お前のそばにいられたことだけでも幸せだよ。家族よりずっとな」

「私もだ」

すると悲愴な雰囲気とは真逆にけたたましい赤ん坊の泣き声が聞こえる。興がそがれたのか、レーネッドを離した後、クスクス笑い出す瑠唯。

「平和だなぁ」

「全くこっちは必死になってるっていうのに」

すると、いきなり寝室のドアが木っ端みじんになり、2人顔を見合わせる。

「何事!?」

「大丈夫か?」

ドアの向こう側に人一人の気配もないので、ますます目を疑う2人。すると後から慌てて駆けつけるフラット。

「何度言ったら分かるんだ。ドアを破壊するなと」

「うぎゃあああああ!!」

フラットに抱かれたその赤ん坊が、瑠唯の方を向く。

「ぎゃあああっ。ぎゃあ」

「あぁ、休んでいるところをすまないね佐伯。ルナマリーが邪魔して」

「ルナマリー?邪魔?どういうことですか?」

ルナマリーと呼ばれる女児をあやすフラット。

「そのドアを木っ端みじんにしたのはルナマリーなんだ」

「赤ん坊が?いくら能力者同士の娘だからってそんな早くに発揮するなんて…」

「原因は分からないけど、ルナマリーの泣き声は、親である僕らも対応しきれないほどの超音波を発して、ドア1つなら簡単に破壊するんだ」

それ以前に、保育器に入っていないこと自体驚きだ。しかも、ルナマリーは今日生まれた筈だからますます信じられない。まだ見えていない筈なのに瑠唯に顔を向ける。

「私…?」

「どうやらルナマリーは君の気持ちにシンクロしちゃったみたいなんだ」

つまり、輝樹を失った瑠唯の哀しみを写し取ってしまったようだ。そっとルナマリーを触れるとまた泣き出した。すると、風もないのに彼女のまわりに強風が起こり、皆の髪が乱れる。

「ルナマリーも悲しいのか」

「うぎゃっ。あっあ…あぁーん」

すると和純に支えられながら玲奈がやってきて、フラットからルナマリーを渡され、あやす。

「瑠唯が悲しいと、ルナマリーも悲しむのよ。だからせめて笑ってあげて」

「無理に笑わせるな。輝樹を失って間もないのに」

青龍の言葉に困り果てる瑠唯。

「まだ、死んだ証拠が見つかってない。葵も聖もいる。私だけめそめそしてたらだめだよな」

すると、生後間もない見えない筈の目を開くルナマリー。そして瑠唯に笑いかける。

「ありがとう。あの…女王」

「なあに?」

「超音波って物体があれば、周波数が変わりますよね」

「もしかして、貴女はうちの娘を使いたいの?」

床に降りて、土下座をする瑠唯。


「お願いします。この借りは一生分にしてお返ししますから」

「そうね。幸いルナマリーは貴女に懐いてるみたいだし。だけど私も同伴させてほしい」

「ダメだよ。玲奈さんはまだ産後間もないし、ルナマリーは能力はあるかもしれないけど、まだ目すら見えてないのに」

「私はこの子に次を継がせようと思う。いや継がせるわ。だから王女として、最初の責務にこの作戦のメンバーに加えます」

今日明日のことで、未来を見通しているわけではない。もっと先のことを見通しているのだ。

「分かりました。あの…騎士団についてですが」

「明日が終われば、闇一族も私達も戦うこともなくなる。確かに自然災害の救援部隊は必要だわ。でも私達の護衛をしてくれるなら、騎士団は解散しても構わない。その話を事前に彼らに話しておいた。たしかに賛否両論だったけど、最終的には納得してもらえた。再就職の目処もたったわ。だから無理して騎士団を続けることはないわ。だって、貴女、輝樹くんと結婚するんでしょ?」

輝樹との結婚話は、玲奈の耳にまで届いていたのだ。

「だったら、彼との将来を考えたらいいわ。確かにデータ上では死亡者扱いになってたけど。貴女だって聖だって、生きて帰ってきたじゃない。その上で私の護衛をしてくれるならそうしてよ」

「玲奈さん、ありがとう。私、輝樹に会ったら、礼さんのところに行きます。そこで輝樹と一緒に今後についてじっくり話します。時間はどれくらい掛かるか分からないけれど」

「構わないわ。まだ先は長いし」

しばらくすると、徳川夫妻、中川夫妻、雨宮夫妻、服役中のレーネと同行する幸次が寝室にやってきた。レーネの姿に目を見開く。

「貴女は?」

「レーネ・サイファです。輝樹の実の母です。奏さんから貴女のことも聞きました。輝樹の経歴をどこまで知ってるか分からない思うし、それに今更彼の母親だと知っても戸惑ったでしょう」

首を横に振る瑠唯に、目を疑う。

「全部奏から聞きました。輝樹は貴女を恨んでなんかない。むしろ恋い焦がれてました。それに貴女もかつて、輝樹のようにあのゲームを壊そうと必死で戦ったのでしょう。だから輝樹を手放すしかなかったと思います。それにどんなことがあっても私は輝樹を愛している。それにこれからもずっと愛してゆくでしょう」

堂々たるその口調に、レーネは涙を流す。

「ありがとう。輝樹は本当に幸せな子ね」

「輝樹は、生きています。貴女が成し遂げられなかったことをやり抜くまで、絶対死ぬわけにはいかない。だからこそ地を這ってでも戦い続けます。私はそんな彼をずっとそばで見てきた。だから…それが終わったらゆっくり休ませてあげたい。本来進むべき道を見つけるまでは」

若干19歳にしては、重厚な言葉に誰もが驚きを隠せない。

「そう。本当に純粋に輝樹を想ってくれているのね。だったら尚更私も、輝樹が最後まで戦うところ確かめたいわ」

すると、礼が話に割り込む。

「サイファ先生。貴女は現場の指揮をやっていただきたい」

「長いブランクがあったから…無理かもしれない」

「いえ、貴女はいまでもあのゲームを壊したい思いがある。でなきゃわざわざこの国まで来ない筈だ」

その言葉に目を見開くレーネ。

「その通りです。でも」

「私からも頼みます」

その声は、輝樹の育ての親の棗だ。

「どうか数多くの人々の未来と希望を奪ったゲームを壊すために力を貸してください」

「償いをしたいなら、まずはそれからなんちゃう?自分で戒めるくらいなんやし」

そう、終身刑は幸次から告げたのではなく、レーネから申し出たのだ。

「貴女の無念も晴らしたい」

「あのタナトスでさえ、貴女が生きているとは信じられないでしょう。一泡ふかしてやりましょう」

すると、次の瞬間レーネから驚きの真実が言葉に発せられる。

「実はあのタナトスは、人間ではありません」

しかし誰一人として全く驚くそぶりもない。

「え?なんで」

「人外ぐらい分かりますよ。でなきゃ無作為に人殺しゲームを作るわけがない」

「今更言っても驚かないと思いますが、もとのタナトスの本名はカインです。そして、カインは、誰かによって殺され脳髄だけホルマリン漬けされて培養されました。ある日、その脳髄だけで意思を操作できると考えたある一人の科学者が、カインに似た人造人間にその脳髄を入れた瞬間、タナトスが生まれました。これがあのデスゲームの発端です」

それはどの書籍にもどのデータにも記載されていない極秘中の極秘データで、その場にいた誰もが絶句する。

「科学者はタナトスに殺され、誰がタナトスを作ったのか迷宮入りになりました。しかしこのゲームでたくさんの命が消え、たくさんの家族に消せない傷を刻みつけたのは事実です。それに」

「闇一族と龍族は互いに相容れなくなった。戦う宿命になってしまった」

「その科学者の名前が分かれば、事件の真相も分かるのですが」

「すみません。私にも分かりません。おそらく今生きている誰もが知らないことです」

「爽なら知ってるかもしれない」

しかし、意識は戻ったとはいえいつ死んでもおかしくない爽に聞くのは酷だ。

「私、知ってます」

玲奈の言葉で一斉に視線が集まる。

「爽さんがダークプリンスとなってしまった際その科学者が関与していました。名前はカイン・H」

「カイン!?まさか」

「そうあのタナトスと言われた彼です。科学者として殺されたという諸説は真っ赤な嘘です」

タナトスを作り上げたのはタナトスそのものなのだ。

「自分のホムンクルスに暗殺されるとは皮肉なものですね」

「また通常のホムンクルスは一般的に寿命が私達より遥かに短いと言われています。しかし、タナトスは異例中の異例で、核心を壊さない限り無限の命が続く」

つまり、彼を完全消滅させなければ悪夢は終わらないのだ。

「それを輝樹が気づいているのかどうか…」

「今となっては、私達以外は分からない」

「後は生き残りとされる6人がどうゲームを展開していくかが鍵となる。いずれにせよ私達が動けるのは、翌日から。瑠唯、とにかく今日はちゃんと休みなさい」

「はい」

「では、また明日」

玲奈達が去ると、一気に体中に痛みが増す。

「レーネッドっ…水を、水を!!」

タオルを水に浸し、瑠唯の体に当てる。しかし、何の気休めにもならないのか悶え苦しむ。ついにはパジャマが赤く染まり体じゅうから血が流れる。このままでは本当に瑠唯の命が危ない。そう判断したレーネッドはすぐにフラットを呼び戻した。











………be continued


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