【暗黒の狂詩曲3】
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同刻、夕方5時データ確認のため図書館からクリスタルキャッスルの自室に戻ってきた奏は、パソコンを開く。死亡者リストが更新されていることを確認すると、ダブルクリックする。その驚愕の内容に目を見開く。
「に、兄さんが死んだ?」
ゲームデータによると最新情報に掲載されたのは、主催者側への反逆として失格とみなされ、首輪を爆破されたのが直接の死因だという内容だけで、どの場所で死亡したのかは判別できていない。その事実をデータ上しか判断できないのは彼にとって酷なことである。また、輝樹が死んだという事象をはたして最後の最後まで隠し通すべきなのか選択が迫られる。
「どうしよう………」
ゲームデータの内面を調べようにもタナトスが内部で、接続を断ち切ってしまったゆえ介入不可能なのだ。ゲームデータのデリートを彼だけでやるしかないとすれば、今の状況下絶対に無理だ。タナトスに屈するしかできない悔しさと、兄貴的存在である輝樹を急に失った空虚さがないまぜになり、手が止まる。物心付いた時から、機械いじりばかりしていた輝樹。その背中を見るのが誇らしくてじっと眺めていた。たまに遊びにくる聖と瑠唯。そしていつも聖にくっついてた雅。兄以外の人間に怯えていた自分の手を握ったのは雅だった。
(兄さんがいなかったら、皆とも雅さんとも会えなかった)
人見知りかつ偏屈な奏は、分校時代殆ど一人で過ごしていたが兄と繋がりのある聖達がいたおかげで、寂しくなかった。
(なのに、どうして死んじゃったんだ)
絶対的かつ唯一な存在である輝樹は、この世にいない。そう思うと涙が溢れた。泣きじゃくることもできず、パソコンの画面を閉めて、留めなく流れる涙を拭うこともせずただ突っ立ていた。
「奏どないしたん」
「え…」
「悲しいことあったん?」
「…いや、ちょっと」
拭っても拭っても、止まることのない涙。ディスプレイが開いている筈なのに、今日に限っては閉ざされている。しかも電源を着けたまま。
「まさか…にぃにが死んでもぅたん?」
「貴女のお兄さんはまだ生きてる」
「じゃあ…」
「死んだ。僕の兄さんが死んじゃった…」
「嘘!!」
「僕だって嘘だと信じたいよっ…。僕はまだいい。でも」
「瑠唯ねぇが心配やなぁ」
輝樹の死に案外堪えていない雅。
「悲しくないんですか…」
「だって、前回死亡判定された筈のにぃにと瑠唯ねぇは帰ってきたんやろ?今回もまた手違いやと思うで」
「でも、今回は絶望的な死因なんです。兄は、主催者側の反逆行為とみなされ、首輪装置を爆破され、死亡した」
「それ…ほんまなん」
「データしか分かりません。でも…」
小さく縮こまる奏。頭を撫でる雅。
「雅さん…」
「悲しいよな…。あんたのすべてやったもんな。うちもその気持ちよう分かるで」
同じ崇拝すべき兄がいるから、奏の悲しみも分かる。
「でもな、無駄死になんかしてへんよ。絶対」
「えっ…」
「前回の優勝者やねんで?それでかつ一年間あの世界に閉じ込められて、殆ど飲食できんかった状況下、あの人は生きてたんや。言ったら悪いけど、綺麗な顔してゴキブリ並の生命力を持ってた人や。そんな意図も簡単に死んだ筈ないて」
雅の言葉に恐る恐るパソコンのディスプレイを開けて、同じ時刻の死亡者を確かめる。すると主催者側であるローパーガール、ゴーレムもリストに挙がっていた。
「主催者側ってかなり強いらしいんやろ?輝樹さんやりおるなぁ…」
「ちょっと待って。爆破装置を操作したのが彼女なら、死ぬなんておかしい。だって首輪の対処法くらい分かってる筈だ」
「となると、輝樹が自ら爆破したかだな」
後ろに振り返るとそこには、青龍と病み上がりの瑠唯がいた。一番このことを知ってはいけない彼女に知られたことで、恐怖に苛まれる奏。
「あいつなら、やりかねん。前回だって首輪を爆破したと見せ掛けて手榴弾の爆破でごまかす手法をやった」
「じゃあ…」
「だから誰も輝樹が死んだと疑わなくても、私だけは疑った。機械だけでない。あらゆるものを扱える輝樹なら、それを首輪の爆破に見せかけることができたのではないかと。しかし、問題なのはその場に葵と聖がいた場合だ。葵は見破れそうだが聖には難しい」
となれば、輝樹の死を受け止め切れずに暴走する恐れが出てくる。そうなれば真っ先に犠牲になるのは葵だ。現に葵は輝樹を失ったせいで、聖から何発も失神寸前まで殴られたのだ。
「聖が暴走すれば、私達の負けが決定する」
「誰も救えないと言うのですか」
「その鍵を握るのは、奏。そして葵になる」
「肉弾戦ではなく、情報戦で制せと。ただでさえ情報ラインを断ち切られたこの状況で?兄さんも兄さんなら、貴女も貴女ですね」
「いや、佐伯の言ってることは正しいよ」
立ち聞きしていたのだが、いてもたってもいられず、話に加わったフラット。
「先生。女王は大丈夫なんですか!?」
「あぁ、今さっき産まれたんだ。…男の子。彼女も無事だ」
「男の子ですか。でも…そばにいなくて大丈夫なんですか」
産後情緒不安定になる玲奈を一人にするのはふさわしくないと感じたのか、彼女の身を案ずる奏。
「今はやるべきことをやってほしいと言われた。彼女の分までやらなければならないことがある。中川、解析したデータを展開してくれないか」
死亡者リストを閉じ、いままでのゲームデータを見せる。すると、すぐに次の段階に移るために、KON☆TON倶楽部支流のネットを断ち切り、国際ネットワークにつなげる。
「国際ネットワークに繋げたら、KON☆TON倶楽部に見つかりますよ」
「確認させてもらったけど、君はダミーパスワードを奴らに仕掛けたね。あれで相当な時間稼ぎになる。それと国際ネットワークといっても、歴代の参加者、現在いる以外の主催者のネットワークしか繋がらないようにしているから、関与していない人達を巻き込むことはない」
しかし、あのゲームを参加した人間が再び、フラットの呼びかけに応じるだろうか。いや、過去を捨てたのだから、記憶さえ残っていない。
「あと1日もありません。どうやって…」
「でも、やるしかないでしょ?これ以上犠牲を増やすわけにはいかない。中川、これは君達にしかできない重要な仕事だ」
「果たしてこの短時間で…」
話の途中で、パソコンを弄りだす雅。勝手に画面を変えられあたふたする奏。
「勝手にしないでください。こっちは重要な話を…」
「元の参加者にゲームデータの情報提供を頼むメールを送った。やって奏ちん、ちんたらしすぎやもん」
雅の行動の早さに、フラットはクスリと笑う。
「一本取られたな。中川、善は急げだよ」
「…はい。雅さん……」
「どないしたん?」
「兄さん生きてますよね?」
「生きとる。瑠唯ねぇも言ってたやろ?ゴキブリ並の生命力やて」
「兄さんはゴキブリみたいに図太くなんか…」
「図太い。いや、あいつはかなり図太い」
恋人の瑠唯に言われては、納得せざるえない。すると、早速一通のメールが入った。
『獄中生活を送ってます。例のゲームを解剖した罪で終身刑の身です。果たして貴方にその覚悟があるかを教えてください。R・S』
刑務所は各国の城の地下室にある。そして、通信機能は疎か、電話をすることさえも制限されている。しかし、例外的にある国の刑務所だけは、通信機能が使える場所がある。
「おそらくトニーズキャッスルの囚人ですね」
しかし、データを解剖しただけで終身刑になるのはおかしい。この囚人は明らかにタナトスの罠に嵌められたのだろう。残りのすべての人生を牢屋で過ごすことを考えると、やはり躊躇せざる得ないだろう。
「トニーズキャッスルなら、14歳以下なら刑には処されない。もしそのことについて躊躇してるなら杞憂だよ」
「あぁ、肝心なことを忘れてました。だから僕らにしかできないことなんですね」
「正解」
その件についてメールを出すと、10分後に返信メールがきた。
『実は、私は前回の優勝者の実の母親です』
スクロールする手が止まる。
「兄さんの実母は、死んだんじゃないのか」
「怪しいなぁ…」
「とにかく内容だけ見よう」
瑠唯の言葉に従いスクロールする奏。
『ゲームデータを調べている貴方なら分かると思います。できれば、息子とも連絡が取りたいのですが、タナトスから通信が断ち切られてしまいました。できれば貴方のデータをください。口外は致しません』
どのデータか分からなかったが、名前だけは教えることにした。
『なるほど、Natsuさんの息子さんですね。今から私が持っている過去のデータを送信します。ただし、データを把握したらただちに消去してください』
10分後、抱え込める容量ギリギリまでのデータが送信された。それを通信を断ち切られた前に得た輝樹のデータと照らし合わせる。すると衝撃的事実が判明した。それは、データを壊すには指令本部を大破することと、タナトスを殺せば参加者(首輪装着者)だけでなく主催者側も全員無条件で殺される。このデータを手に入れてしまった時点でレーネは挫折したのだ。それと同様に、輝樹も躊躇したのだ。
『ゲームデータ単体で大破する場合、タナトスに烙印を渡すしかありません。願いごとの1つとして頼み事はできません。奏くん、貴方には輝樹の代わりにタナトスが通信を再び繋げる前に、データ攻略をお願いしたい。万が一、無理だった場合は…』
そこで文章が切れている。よほどのことでない限り言ってはいけない内容なのだろう。そう解釈した奏は、すぐに輝樹が出せなかったデータを解析する。その間に雅は病み上がりの瑠唯を寝室に連れていく。
「私は大丈夫だが」
「せやかて、本調子やないんやろ?明日の昼からいつ帰ってくるか分からんねんで」
寝かせようと布団を被せる雅。
「輝樹さんのこと無理してんのんとちゃう?」
「あいつは生きてるさ。タナトスごときで潰れる奴じゃない」
「…死亡は確認された」
「だったら遺体をよこしてくれってんだ。でなきゃ信じない」
「あの世界やったら遺体もバラバラなんとちゃうかな…。信じたくないと思うけど」
背中を向ける瑠唯。その姿は泣いてるように見えた。
「堪忍なぁ。うちデリカシーないこと言ってもうた」
「雅。もし聖が死んだって、データ上であっても信じられるか」
「…信じられるわけないわ。せやね。奏ちんやった場合もそんな気持ちになる。せやったね。せやったね……」
自分の失言に、うなだれる雅。たまりかねて振り向く瑠唯。小さい子を宥めるかのように頭を優しく梳く。
「気を落とすな。雅、あんたにもやってもらうべきことがある。私は輝樹の生存確認しにいく。タナトスとの対決は、あの2人に任せる」
「やっぱり、タナトスより輝樹さんを優先するんやね」
「残念ながら私は、平和主義者ではない」
「うちもそうやで。過剰な平和主義はうんざりや。でも、タナトスのせいでうちの家族は目茶苦茶になった。いや親族やな。せやからにぃには、壊したかったんとちゃう?まやかしの平和と、四龍のしがらみなんて糞食らえ。輝樹さんもそのことを知ってたから加勢してた」
「そうだった。馬鹿だよな私も。知ってたんだよ。2人共同じ考えしてたの。急に大人になってさぁ、寂しかったんだ」
「瑠唯ねぇが!?」
輝樹、聖より遥かに落ち着いているように見える彼女の心情は違うようだ。
「見せかけだけさ。本当は弱い。未だにレーネッドなしじゃ何もできない」
「そんなことないで。にぃにが自殺しようとした時、瑠唯ねぇが止めてくれたんやろ。うちなんもできんかった」
「それは失うのが怖かったから。聖も輝樹も自分とは違う世界に行ってしまうんじゃないかって。でも、あの時、聖を孤独にしたのは私だった。輝樹と付き合う前、告白された。でも血筋が濃かったから聖とは付き合えないと…」
「じゃあ赤の他人やったら付き合えたんか?」
「…今思えば、ほっとしてる自分がいる。やっと聖にも掛け替えのない女ができたと。結婚の話を聞いて、ほっとしてた。自分達が結婚できないことさえ忘れて」
「じゃあほんまは…」
「好きだった。でも結局私は輝樹を選んだ。だって、あいつ……泣いていたんだ」
中川夫妻が輝樹が実の息子じゃないことを話していたと奏から聞いたが、実は別の場所で輝樹が聞いてしまったのだ。
「今まで築き上げたことがすべて崩されてしまったと。中川輝樹でなければ、僕はいったい誰なんだと。だから、私は彼を見捨てられなかった。孤独の寂しさを少しでも和らげてやりたかった。それからだろうな…聖と輝樹の関係がギクシャクしたのは」
「でも、にぃにはにぃにで、ゲームを参加したせいで瑠唯ねぇと輝樹さんを引き裂いてもうたって自分を責めてた」
そして輝樹は、2人に言えない重大な秘密を抱えていたために、連絡を取らなかった。互い互いの思いやりが、反って疎遠にさせてしまったのだ。
「もう元には戻れないのか」
時間と共にわだかまりがとけるならいい。しかし、輝樹はデータ上死亡判定された。その事実が今更になって、瑠唯の心を重くする。
「早く会いたい…会って話がしたい」
「せやね。モニターごしじゃ物足りんよね」
「雅、あんたは奏の傍にいてやれよ。片時も離れずに」
「奏ちん、うちいたら気ぃ散るんちゃうかな。気を使って付き合ってる名義にしてるけどさ」
あまりの鈍感さにクスクス笑う瑠唯。
「それはないだろ。あんたを見る目は明らかに優しいぞ」
「そうなんかな」
「聖の結婚話、本当はどうなんだ」
「にぃにが幸せになれるんやったらえぇ。葵ちゃんが運命の人やったんやろ。瑠唯ねぇでもうちでもなく」
「だったら、あの時の選択は間違ってなかったのかな」
「正解やったと思うよ。まあ、うちはぼちぼち奏ちんと関係を深めるに当たって、理系の勉強も頑張らなあかんし、多少は役に立ちたいな」
「健気なところは、変わってないな。ほら、私は先に休むから奏のところへ行ってやれ」
「うん。瑠唯ねぇはゆっくり寝るんやで」
深く頷き笑顔になる瑠唯。それを見届けてから、雅は再び奏のいる寝室に向かった。
………be continued