【暗黒の狂詩曲3】

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衝撃的な発言で、目を見開く葵。口をつぐむ聖。

「つまり、貴方自身が爆破装置のリモコンということですか」

「その通り。つまり君達の爆破装置も私の命運に握られている。暗殺するなら自分は助からない。いや自分だけでなくご友人の首も」

通信が途切れる。やるせなさに壁に拳をたたき付ける輝樹。その拳から紅い血の雫が垂れる。

「従うしかないのかよ!!」

「許せない…」

「僕はどうなってもいい。でも聖や葵さん、関係ない人達まで巻き込む」

意気消沈する聖と輝樹とは、裏腹に覚悟を決めたのか、真顔で迫る葵。

「僕は聖とならここで一生を終わらせても構いません」

「葵さん、それ正気なのかい!?」

「聖さえ了承してくれたら、僕は貴方に荷担します」

胸に手を当てて、自分に言い聞かせるようにつぶやく葵。

「葵…」

虚ろな瞳で葵を見上げる聖。タナトスに言われた衝撃の事実にかなり堪えているようだ。

「………」

「タナトスに従うぐらいなら、自決してでも僕はあいつに制裁を受けてもらう。でも、あの話を聞かされたら、どうしようもないじゃないか」

タナトス率いるKON☆TON倶楽部を殲滅すれば、二度とこのような凄惨なゲームを作り、それを実際させることはなくなるだろう。しかし、今回の参加者全員の死亡から成り立つことだ。それは、かつて瑠唯が打ち立てた【殺さずの誓い】を大きく外したこととなる。そうなったら死んでも死に切れない。

「俺は耐えられない。お前だけじゃない。葵をも殺してしまうなんて。葵は俺のせいで参加せざる得なかっただけなんだよ。なのに生きる権利もないのかよ」

うなだれる聖の肩を持つ葵。

「ううん。自分を責めないで。僕は貴方に出会わなかったら生きてる実感なんて湧かなかった。それにやむを得ず参加した人達だっていっぱいいる。だって前回も参加者の中の何人かは、クーデターを起こしたんでしょ?それに馬熊さんも反逆した。必ずタナトスのゲームを壊したい人はいるはずだよ」

「でも、壊したい壊したくない関係なく、僕達がタナトスを殺せば皆死んじゃうんだ」

「兄さんが言ってた、意思関係なしにこのゲームを参加した時点で、死を想えと。確かに生きて帰りたいと願う人だっている。でも、見てきたでしょ?皆の亡骸を」

生きて帰ろうなんて思うこと自体おこがましい世界。そして目の前で死んでしまった参加者達。あれを見てから葵は、このまま自分達が生きていてもいいのかという迷いが出てきたのだ。

「あれが末路だと思う。輝樹さん、生きて帰りたいなら僕は従う。でもクーデターを起こしたいなら、共に協力してくれる人達を探した方がいい」

「…だよね。聖、君はどうしたい?」

「理性の残っているうちに話す内容がそれとは、なんとも皮肉なことだろうな」

残り少ない人としての時間を嘲笑する聖。そう今も理性と本能が攻めぎあっていて、いつ本能が勝つか分からないギリギリの状況下なのだ。

「分からない。分からないさ。だってもう俺は二度と人には戻れない。この世を絶望するしかないんだからな」

盛大に笑うも一筋の涙を流す聖が痛々しすぎて2人共、心を痛める。

「やっと葵の気持ちが分かった。生に希望を抱けなかった理由もな。俺は輝樹を失ったから死にたかったんじゃない。人として普通の人生を歩めないことに絶望しているんだ。だから、もう離れよう」

聖から離脱を言い渡されるとは、夢にも思っていなかったのか葵と輝樹は顔を見合わせる。

「本気なのかい?」

「あぁ、本気さ。俺はタナトス云々より、自分を、いや自分の運命を呪っているんだからな」

「……だったら、一緒に堕ちよう?二人でなら寂しくないよね」

「……葵」

葵の提案に、目を見開くも不謹慎ながら嬉しくなる。

「お父さんは一人きりで闇に堕ちたけど、僕達はずっと一緒だよ。貴方が闇に染まっても、僕は愛せるよ」

自分も闇に堕ちてしまうことを分かりきっていたからこそ、この発言ができる。しかし真人間にその概念はないのか、一人目を見開く輝樹。

「闇に堕ちるだと!?そんなことしたら、君達は今まで築き上げたものすべてを失うんだよ?」

「分かってます。でも僕にとっての今までは黒歴史なだけ。それにもう抑えが効かないんです」

胸の鼓動がやけに煩く聞こえる。自分の闇化もそう遠くないことを黙示している。

「輝樹、お前次第だ。生きて帰るか、共に死ぬまで戦うか」

「あ…あああああああ!!!」

耐え切れなくなったのか頭を抱え、叫ぶ輝樹。自分だけの死を代償にタナトスを壊滅させたなら、彼の目的は達成できた。しかしタナトスを殺すにはそれ以上の犠牲がつきものになる。改めて自分がしようとしてきたことの凄惨さを痛感する。どうしてもっと早くにタナトスから聞いた情報を、タナトス本人でなく仕入れなかったのか。今更悔やんでも遅い。だが、悔やんでも悔やみ切れないのだ。

「つまり、タナトス様には逆らえないってことよ。おーほほほほ!!」

輝樹達の背後に現れ、蔑みの目を向けて馬鹿にしたように高笑いする女性。

「黙れ…黙れ!!タナトスの雌犬!!」

冷静さを完全に失い、ローパーガールことリリーを罵倒しライフルを乱発する輝樹。その瞳は紅蓮の色に染まり、殺気立っている。

「ふふふふ。嘆くがいい。所詮人間は人間。タナトス様に抗えばどうなるか分かっているでしょう。ほら、屑共を始末なさいゴーレム」

ローパーガールの背後についたのは、沢山の血を浴びた巨大ゴーレムだ。同行していたのなら、参加者達を惨殺させたのはリリーに間違いない。それゆえ輝樹の怒りが増幅される。

「聖!!!主導権は君に任せる!」

ライフルをリリーに向け、背中越しに叫ぶ。

「輝樹!!」

「輝樹さん!!」

「戦うなら、加勢してくれ。生きて帰るなら今すぐここを去って。二度と顔を見せないでくれ!」

聖達の選択肢次第では、今生の別れとなる。結論が決まったのか、立ち上がる聖。

「分かった」

「聖?」

「葵、お前はどうする」

「貴方に従います」

「…そうか」

葵に微笑みかけた後、敵の動向を伺いつつもオーラを拳に込める。

「束になっても、無駄ですわ。3人仲良く死になさい!!」

暗黒玉をいきなり投げつけられる。それを避ける輝樹だが、その隙を付け込まれゴーレムに羽交い締めされる。魔法で解放しようとするも、魔法耐性があるのかまったく通用しない。しかも、リリーは輝樹の体全身を真空波で防弾チョッキごと切り付け、血まみれにしてしまう。傷だらけで思わず目を逸らす葵。


『End of God』


耳元でそう囁くと、葵にしたように、身動きのとれない輝樹を磔にする。怒りで我を忘れた葵は血染めの鎌を振り下ろそうとするものの、近距離すぎて手を出せない。


「いいから早く戦え!!そう君達は決めたのだろう」

「駄目です!」

「僕のためにためらわないで」

リリーの刃が輝樹の首輪に掛かる。それはどういうことか、分かりすぐに鎌を下ろす葵。しかし血の気が盛んな聖はお構いなしに近づくだ。

「ふふふ。これ以上近づいたらこの坊やの首輪を爆破させるわよ」

リリーの牽制で、止まらざる得なくなった聖。そのオーラの残骸が血となり地に流れる。それだけ、悔しいのだろう。

「爆破したら、どれくらいの被害がいくだろうね。少なくとも君達は無事で済まされないだろうね」

死ぬまで寸前の距離なのに、冷静に分析する輝樹。いや生きることを諦めている風にも見える。

「頭イカレちゃったのね」

「罰が当たったんだろうな。ははは。馬鹿だよな…」

「…戯言はよしなさい。さあ、死になさい」
「どうせ、殺すならさぁ。遺言のひとつくらい言わせてよ。だって僕は貴女の手で死ぬんでしょ?」

生きるのを諦めたのか、力なく笑う輝樹が見ていられなくて、顔を逸らす聖。

「聖、ごめんね。最後まで卑怯だった」

「遺書めいたこと言うんじゃねぇよ!!まだ目的を果たしてないだろ」

聖の縋り付くような瞳に、胸を締め付けられる輝樹。

「タナトスが僕のデータを削除した時点で、ゲームオーバーが確定された。でもそれを悟られたくなくて僕は必死で別の方法を探した。残念ながら最後の望みもタナトスによって打ち切られた」

「諦めるなんて輝樹さんらしくないですよ!!」

「勝てない勝負はしない主義だ。でも今回ばかりは負けると分かりながら勝負に挑んだ。やっぱり駄目だった」

「惚れた女の前でも、それが言えるのか!!瑠唯ちゃんはお前が生きて帰ってくることを信じて、俺達に託したんだぞ!!本当はお前に会いたくてたまらないのに」

「なんて不誠実な男なんだろうな僕は」

笑いながら、涙を流す輝樹。もしこの場に瑠唯がいたなら状況が変わっていたにちがいないだろう。

「輝樹さん……」

「葵さん、ごめんね」

「そんな言葉はいらない!!最期まで戦うと言ったじゃないですか」

「この状況じゃ、もう無理だ。僕に残された選択肢は死ぬことだけだよ」

生きることさえ断ち切られた輝樹。だからこそ最期に言わなければならないことがある。

「もし2人が生き残ったら、瑠唯に伝えてほしいことがある」

「聞きたくない。お前の口で伝えてくれ」

拳を握りしめ、唇を噛む聖。

「…無理だから頼んでるんだよ。分かって。お願いだから」

痺れを切らしたのか、ゴーレムは独りでに輝樹の首を締め付ける。

「やめろ!!!やめてくれ…。殺すなら俺にしてくれ。こいつは生きて帰らなければならないんだ」

かつての主君が、自分のために頭を下げている。見ていられないのか、届くことのない天を仰ぎ見る輝樹。しかし、現実は残酷だった。

「参加者の頼み事は、一切応じないのが私達処刑人。見苦しいわね徳川聖」

「聖を馬鹿にするな!!!」

「あら、主催者に盾突いたらどうなるか分かってるわよね」

言葉通り、首を閉められたままナイフを突き付けられる輝樹。

「聖、葵さん………逃げるんだ!!」

まさに切り付けられる瞬間だった。葵と輝樹の目が合う。そして口パクでこう伝えられた。

『聖には内緒だよ』

ワケが分からなかったが、深く頷く葵。足がすくんで動けない聖を強引に抱え、安全な場所に一目散に駆けてゆく。

「離せよ!!!離してくれ!輝樹のもとに帰りたい」

「嫌です!絶対に離しません!!」


葵の胸の中でもがく聖。死の選択をした輝樹が信じられなくて、今にも彼のもとに戻ろうとしていた。だからこそ何が何でも離したりはしなかったのだ。数秒後、爆発音が鳴り響く。振り返るとトンネルは破壊され、瓦礫で閉鎖されてしまいその場に戻ることさえも叶わなくなってしまった。きっと輝樹は、リリーに反逆者と見なされ爆破装置を発動された。そして案の定放送が流れる。




『死亡者 中川輝樹』





彼の死亡が確定された。残骸を探そうにも瓦礫が火の山で近づくことさえできない。それを呆然と眺める葵。そして聖はその事実に耐え切れず、葵を拳で殴り、そして彼女の体を押さえ付けた。

「お前のせいだ!!お前が…お前が…」

「…ごめんなさい」

「どうして、輝樹のもとに戻らせてくれなかった!!助かったかもしれないんだぞ」

もう一度彼女を殴る。葵の目に涙が溜まる。

「だって、貴方まで死んだら僕は…」

「輝樹は死んだって構わないのかよ!!!」

彼女の頬を何度も何度も殴る。理不尽なまでに傷つけられ、それでも一度も抵抗しない葵。痣が出来るくらい赤く染まった頬が痛々しい。

「どうして違うとか、やめてとか言わないんだよ」

「だって、僕のせいなんでしょ?僕があんなことしたから輝樹さんは死んだ」

聖に言われたことを繰り返す葵。それ以上殴ってしまえばきっと彼女は気を失ってしまうし、今度こそ人を信じられなくなるだろう。それが怖くて、握られた拳は力無く下ろされる。

「ごめん。お前は何も悪くない。あれは…輝樹の遺志だった。なのに、俺は…こともあろうか傷つけた。何度も何度も殴った。輝樹が死んだという現実を見たくなくて」

後悔と懺悔に揺れる聖。それを労るかのように葵は抱きしめる。

「貴方の悲しみや苦しみの矛先が、僕であるなら、それでいい。誰かに向けられるくらいなら怒りも僕に向けてほしい。でも、自分を傷つけないで」

闇も光もすべて受け入れると決めてから、どんな聖も愛そうと誓った。それは葵だからこそ出来ることなのだ。

「輝樹さんの分まで…戦いましょう?戦って勝ちましょう。だって悔しいじゃないですか。主催者の思惑通りに操り人形のように操られるの。僕は真っ平ごめんだ。それとね」

ゆっくりと深呼吸する葵。

「輝樹さんがいたから、僕は生き延びることができた。だからこの命無駄にしたくないよ」

初日、ラフォーレ姉妹に狙われた時、輝樹はほとんど初対面の葵のために庇い、そして彼女達に応戦までしたのだ。

「あぁ。輝樹の決意があったからこそ俺達は再会できた」

前回のせいで会うことも話すことも頑なに拒絶していたが、葵の願いを優先して聖に会わせたのだ。そう思うと輝樹がやったことは、全く無駄なことではなかったのだ。それに、輝樹が爆破したおかげで、ローパーガールとゴーレムも死亡者として確認された。輝樹の死はただの無駄死にじゃなく、大いに聖と葵を優勢に導いたのだ。腕輪に大量のカードを得たことを示される。それが何よりの証拠なのだ。

「輝樹さん。僕達を守ってくれてありがとう。最期まで助けてくれてありがとう」

「お前の分まで生きてやる。それが俺達にできるお前への恩返しだ」

「だからそれまで、見守ってくださいね」

すっかり火の山が消え屑と化したトンネルの前で、レクイエムフラワーを捧げ黙祷をする聖と葵。輝樹の死を無駄にしないように、爆破のせいで飛び散ったロケットペンダント、そして瑠唯に渡す筈だった婚約指輪を握りしめて、2人は場所を移した。




『ありがとう。君達の想いは聞かせてもらった。僕の行為は決して無駄じゃなかったみたいだね』



2人が去った後、どこからかそんな声が聞こえたような気がした。その30分後、主催者側の生き残りであるローパーもとい蒼太が、死体処理のため瓦礫のもとへやってきたのだった。










………be continued


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