【暗黒の狂詩曲3】

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『どういう意味だい?』

輝樹の返信内容は、予想通りだった。彼の指示した空メールの回数は1回、2回、そして送らないかだった。しかし葵はどれにも当てはまらない空メールを4回もしたのだ。キーボードを打ち出す。

『聖が本当に理性を失ったか確かめたい。モーラネットで』

輝樹の言葉の裏を読もうと、敢えて指示内容以外の行動に出たのだ。すると、返信される。

『降参だね僕の負けだ。図るようなことしてごめん。聖は無事だ。でも、理性を失うのも時間の問題。今はまだ理性を保てている。もし、こちらの身に何かあったら、奏にその内容を伝えるから、彼に聞いてね』

どうやら、輝樹も聖と同じように葵を試していたようだ。

『それなら、大丈夫です。実はまだパスワード解読が出来ていないので、お恥ずかしい話ですが、ヒントをください』

『11問目で止まっているの?後の3問は、すべて昨日得たUSBをよく見たら分かる。奏も手こずってるようだから、ヒントを与えた。もう少しでゲームが始まるようだ』

そう、輝樹はタナトスの動向が分かる段階までたどり着いていた。

『残念ながら、そのゲームから電子機器の充電がが一切使えなくなる。どうやら僕らの動向がバレたみたいだ。つまりパソコンで解析できる時間は限られる』

となれば、頼みの綱が地上世界にいる奏一人となる。

『奏さんにはお話しましたか?』

最後まで読む前に返信する。

『話した。やるだけのことはやってくれるそうだ。一人で解析をさせるのは酷だから、今まで解析した分のデータは添付して送信した。しかし、奏のデータを万が一タナトスに壊された場合。タナトスの暗殺計画を続行する。ただしその暗殺には関与することを禁じる』

つまり、当初彼が計画したことを遂行されてしまうのだ。

『貴方だけに罪は被せたくない』

『君はすでに聖と婚姻届を出した。ゲームを終わったら、2人だけであの無人島に住みなよ。だから』

スクロールバーを下に進める。

『聖が君と会う約束した明日の8時からは、僕は単独で行動に出る。その前に爆破装置を解除する方法を探し当ててくれ。今回の爆破装置は前回より構造が難解だから、くれぐれも取り扱いにはご注意を』

データ解析をしても、いずれはタナトスに見つかる。となれば爆破装置を解除して生き残る方を選ぶべきだろう。

『まさか、前回もデータを切られたのですか』

前回1時間あれば、タナトスのゲームを食い止めることができただろうと彼は言っていた。そしてその死亡者と認定されたであろうはずの聖と瑠唯は今なお生きている。輝樹の爆破装置解除があったからである。となれば、輝樹の考えていること、つまりデータ解析の失敗を爆破装置解除でまた次回リターン化することだ。ただし今回は、タナトスそのものを暗殺する。となれば、輝樹が願う真の生存者はJOKERを持つ葵と持たない聖になる。

『正解。別の方法として爆破装置解除を奏から提案された。でも、今回は奏も爆破装置解除が不可能な機能を搭載されてる。だから、僕達だけでも死亡者扱いになれば、聖を生かせられる。それでいいよね?』

その内容に返信しようとした瞬間、パソコンの電源を遠隔操作強制的に切られてしまった。タナトスが計画したゲームの始まりを暗示していた。

『参加者の諸君ごきげんよう。今日はやる気のない君達とやる気のある君達にプレゼントを贈ろう。昨日取り逃がしたゴーレム2体。そして処刑人と戦ってもらう。やる気のない君達には、鉄槌をやる気のある君達にはご褒美を。そうそうご褒美とは、我々が繰り出したモンスターと処刑人を殺害すれば、彼らに殺害された参加者のカードすべてが君のものになる。ただし今回はハイリスク、ハイリターンとなる。開始時間は今日の12時、そして終了時間は翌朝の8時。その時間帯、君達が持ってる印は無限に使用してくれて構わない』

間隔を空けて、話を続けるタナトス。

『1つ忠告がある。私の芸術を壊そうとしている一部の不遜者の君達の通信機器はすべてこちらが強制終了した。それ以降、印で起動すれば、君達の首輪を爆破する。そうJOKERを持つ君達も例外ではない。君達は確かに優遇されているが、このゲームに参加した以上、私の支配下にあることを忘れてはいけない。では、また会おう』

これを別の場所で、どのような思いで輝樹は聞いているのだろうか。そう思うと胸が締め付けられる。今すぐにでも連絡をとりたい。でも連絡をとってしまえば葵、輝樹の首輪は爆破してしまう。

(輝樹さん…。聖…)

パソコンをそっと閉じると、聖から渡された制御ピアスを外そうとすると、食糧を片手に優が制止する。

「だめだよ!何してるの」

「通信機能を断ち切られて、どうしろというのですか。止めないでください」

「輝樹くんから保護を頼まれた以上、何がなんでも暴走化は食い止める」

「じゃあ、次回もゲームをしろと!?」

何がなんでもタナトスの野望を食い止めなければ、悲劇の輪廻は繰り返される。

「違う。無駄死にしないでほしい。確かにさ、僕と君達の目的は違う。でも生きていなければ目的は果たせないよ」

「………」

優の言うことは正論だ。しかしさっきの放送で混乱している葵はすんなりとそれを受け入れられる状態ではない。

「生きてこその目的じゃない?だって、輝樹くんだって前回生き残ったから計画だって進められた。確かにタナトスに断ち切られてしまった。でも違う方法はいくらでも考えられるでしょう?」

「違う方法?」

「データ以外でタナトスのゲームを断ち切る方法がある。一度、主催者側のテロがあったじゃない?その爆破で一時期だけど、タナトスの放送が遅れた」

タナトスのデータは指令本部にある。優の案は指令本部自体を爆破することだ。そうなればゲームのデータの素は大破される。そしてあのデータは1日や2日で構成されたものではない。大破されたデータを再構成するには長年かかる。そしてそのデータを司るパソコンが大破されたら、ゲーム自体も消滅する。

「しかし、手榴弾ごときであの指令本部を大破できますか?」

倉庫で交換できる手榴弾は、あくまでも対人用で建造物を爆破させるものではない。

「勝負はゲーム中ではない。今はここまでしか言えないよ。どこで監視されているか分からないしね。明日話すよ」

優が話を終えると、ただならぬ気配を感じたのか、ライフルを東側に向ける。するとこちらの殺気を感じたのか、両手をあげる人影が見えた。

「誰?」

「私よ。サキュバス。他の2人はどうしたの?」

サキュバスと分かりライフルを降ろす葵。足音を立てずに2人が近づき合う。

「作戦のため、2人は別ルートにいます。しかし、聖が」

「…言わなくても分かっている。輝樹くんだけでは心許ないわ。彼のことを任せてくれないかしら?貴女達が別々にいるなんてよほどのことがなければ有り得ないし」

闇一族のサキュバスなら、闇化した聖の対処ができるだろう。しかし不安要素が1つある。

「聖はもう二度と元には戻れないのでしょうか」

闇化した人間は、地上世界に戻っても契約上闇一族のため、いくら善行をしてももとの真人間には戻れないと書物に記されている。実際爽がそうなのだから。

「完全に闇化したなら、元には戻れない。でも心ごと染まらなければ真人間として生きてゆける。玲奈のように」

「心ごと染まるというのは…」

「そうね。地上世界の人間を殺そうとする心かしら。私はあの件で本当に人を殺してしまったから」

雅也を殺害するまでは、心まで闇に染まりきってはいなかった。

「本当はプリンスを止めたくて、やむを得ず闇一族になったの。けどプリンスも死ぬなら、私は生きる目的を失う」

それほどサキュバスは爽を愛していたのだ。

「実は今、この時代に父さんが来てるんです。でも危篤状態でいつ死ぬか分からない状態で…」

「そう」

「サキュバスさん、貴女ならゲームをどうされたいですか?ゲームに乗っ取って自分の願いを叶えるか、あるいはそのゲーム自体を壊すか」

ゲームについての件で食い違えば、共闘は難しくなる。サキュバスはしばらく考えて口を開いた。

「ゲーム自体を壊すのは、実質無理ね。壊す行為が見つかれば首が吹っ飛ぶ。でも、願いを叶えることに対してはそれほど興味ないわ。プリンスが元気なら真っ先に再会を望むけれど。ただタナトスと参加者達がどう動くか見ておきたい。私は生きて帰れる術を持たないから」

死に行くようなことを示唆する言葉に、黙って聞いていた優が口を開く。

「闇一族も諦めるときは諦めるんだね」

「私が優勝しても、このゲームを壊す術を知らないから無駄なのよ。あんたはどうなの」

「僕は生きて帰りたいよ。でも、参加者のメンバーを見たら生きて帰れそうにないけれど」

体を竦ませて、おどけてみせる優。

「そう。生きて帰りたいと願う人を優勝者にすればいいと思う。私の立場で言うべきじゃないけど」

「生きて帰りたいと思う人は、きっとその後の優勝者としてではなく殺害者としてレッテルを貼られ続けるこれからの自分に耐えられる強い心の持ち主だけだと思う。たいていの人は罪悪感に苛まれ続けながら生きるのは耐えられない。1日目に組んだパートナーが自殺したけど、きっと彼も耐えられなかったんだと思うよ」

「………」

「貴女は生きたいの?それとも死にたいの?」

優から葵に視線を移される。

「一人で生き残ってしまうくらいなら死にたい。でも大切な人と生き残れたら、レッテルも悲しみも苦しみも分かち合える気がするから生きたい」

「聖のことかしら?」

「はい。できれば輝樹さんも生き残ってほしい。でも…彼がそれを望んでいるかは分からない」

「確かにタナトスのゲームを壊すと今回のゲームで最初に発言したのは彼だもの。きっと自分を犠牲にしてまでタナトスを殺すだろうね」

輝樹の悲愴とも言える決意。

「だとすれば、僕の知らないところで作業を続けてるかもしれません。自分の命と引き換えに…」

「そこまでしてゲームを終わらせたいのねあの子は。まるで、プリンスのように」

「父も?」

「闇一族のデータを調べたら、何十年も前だけどその資料を見たわ。輝樹くんは20手前でこのゲームを破壊しようと考えてたそうだけど、プリンスは主催者になった5歳から、破壊しようと思っていた。できれば礼を巻き込まずにね」

だが礼は爽を助けたい想いで、単身でこの世界に来てしまった。爽としてはうれしさもあり、来てしまったが故に計画を反故にされた悔しさもあったにちがいない。だから爽は愛しいはず礼さんを憎んでしまったのだ。そう思うと、一概に爽を責めることができない。

「じゃあね。もう会えるか分からないけれど」


サキュバスが去った直後、鎌を二本持ちした、ローパーガールがいきなり襲い掛かる。突然のことに面食らい、気がつけば肩から強烈な痛みが走る。

「戦わないと殺すわよ。お嬢ちゃん」

「くっ…」

ピストルを持とうとするその手を切り付けられる。鮮血が流れ利き手を使うにはあまりにも不利だ。しかしこのまま何も抵抗しなければ間違いなく殺される。輝樹も聖もいない状況下、絶対不利の中、葵は左にナイフを構える。

「ふふふ、無駄よナイフごときで」

(一か八かやるしかない)

耳に着けていたピアスを両方共外す。偶然、外界の紅蓮の月が瞬間的に紺碧色の月になる。それと同時に彼女の瞳の色も紅からライトブルーに変わる。すかさずナイフを投げると、そのナイフが彼女の意図のままローパーガールに向かう。しかしローパーガールもナイフごときでは屈服しない。すぐさまナイフを業火で灰にしてしまう。つまり、人間もろとも灰にしてしまうほどの暗黒魔法が使える。

「さてと、死ぬ覚悟は出来てるかしら?」

手の平から、業火を3つ発生させる。

「残念だけど、このゲームはあんた達人間ごときに壊されるようなものじゃないわ」

「人間ごときですか。まさか貴女は」

「そうよ。私は人間ではない。それにこのゲームが壊されない理由はご存知?」

会話をしながら業火を投げつけるローパーガール。

「人々の欲望によって成り立つから」

「その通りよ。人々の欲望を打ち消すことは不可能。奴らにとっては純粋な動機であれ、不純な動機であれこちらが願いを叶えてやるのだから文句は疎か、壊そうだなんておかしいわ」

その言葉で逆に正気に戻ってしまい、業火の火の粉に当たってしまう。いくら防弾チョッキを着ているといえども、暗黒魔法ゆえに防ぎ切れず中程度の火傷を負ってしまう。

「ふふふ。さては貴女JOKERね。一般人なら間違いなく再生不可能の火傷を負わせたのに」

「傷物にされたくありません。ましてや人でないのなら尚更」

「自分達がたまたま人間に生まれたからって胡座をかいているあんた達が許せないのよ」

「だからと言って、無作為に人を殺すなんて」

「人を殺す?やる気のない人間共を掃除するだけよ。臆病は伝染する。やる気のない人間が1人でもいたら、断ち切るまでよ」

「おかしいよ。自分で参加しておいて言うのもなんだけど」

「うるさい!!」

至近距離で火炎玉を投げつけられるも、今度はそれを目力だけで、消滅する。

「何っ!人間の分際で私の技を打ち消すとは」

百戦錬磨の処刑人と恐れられたローパーガールとしては、屈辱的な出来事なのか、驚きを隠せない。

「分際だなんて、酷い言われようですね。なら質問です。どうしてローパーを兄さんと呼んでるんですか。あの人は人間でしょ」

質問に対して目を細めるローパーガール。そして一度攻撃をやめる。

「関係的にはあの人が先輩なの。私はタナトス様に彼を兄さんと呼びなさいと言われたからそう呼んでるだけ」

「タナトスには絶対服従というわけですか」

「創成主だから。私に勝ったら後継者がなくなるわね」

「タナトスは貴女にゲームの後継者を頼まれた。それは賢明ですね。ですが、それを聞いてしまえば僕は出来なくとも、彼なら殺しかねないですね。人為的に通信機能を切ったのもそれを未然に防ぐためだったとすれば、合点がいきますね」

左手に銃を構える。

「このゲームが開始されてからまだ5分も経っていない。となればカードはまだ持ってませんね。持っていたら自動的に貴女を殺さなければなりませんね」

その感情を持たない冷え切った瞳に、ローパーガールは本当の死神を見た気がした。








………be continued


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