【暗黒の狂詩曲3】
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「プライバシーの侵害は許せません」
「でも、君はタナトスのプライバシーを侵害するよね」
「はい」
「しかし、戦力としては心もとない。まだ、参加者は半分ほど生存してるし。だったら僕が適任だと思うけれど?」
首を横に振る輝樹。
「ならば能力を明かしてください。こちらに利用価値がありましたら考えます。そうでなければもう一度撃ちますよ」
「そう」
絶体絶命の状況で微笑む優。一瞬にして輝樹の視界から消える。振り向いたと思うと拳銃だけを弾き飛ばした。対して驚かないのか何もなかったかのように、拳銃を拾う。
「一般人としては合格です。さて、今度は彼女にやってもらおうかな」
いきなり指名された葵はどきまぎする。
「ぼ、僕が相手するんですか?輝樹さんでさえ反応に遅れたのに」
その言葉に感心したのか目を細める優。
「へぇ、反応が遅れたって分かるんだ。傍から見れば一瞬にして拳銃を弾いたように見える。動体能力に優れているね」
「だからって僕は」
「島田さん、今の速度でナイフを投げてもらえませんか。もちろん頬を掠めるくらいの位置で」
サバイバルナイフを投げるように促す輝樹。
「いいの?彼女に傷がつくよ?」
「まあ見ててください」
ピアスを突然外され葵の耳に痛みが走る。何事かと思ったが、輝樹の言う通り一瞬で消えて、ナイフを投げる。しかし、葵には止まって見えるのか、そのままナイフの持ち手を垂直に弾いた。
「なるほど。敵の動きを先に読み取る能力があるわけだね。それは天性のものかな」
「…だと思います」
輝樹からピアスを貰い再び耳に着ける。
「聖の攻撃を素で避けられるくらいですからね。ちなみにこのピアスは能力制御システムなので、外してかつトランス状態になれば、どうなるか分かりませんよ」
優への警告とも取れる。
「だけど利用価値があると思って彼女を連れて、ここに来た。つまり彼女は徳川聖より使える人材だとみなしたわけだね」
「そう捉えてもらって、結構です。貴方は盾程度なら役に立ちそうですね。しかし主力戦は無理ですね。小技は豊富そうですが、決定打に欠けますね。シーフ系の印ですし」
なんと、優が消えてから拳銃を奪われる刹那ともいえる間に、うなじにある印を見破っていたのだ。
「相当素早いね君も。わざと奪わせたのかい」
「えぇ、確認のためですから。さてどうされますか?」
「ここまで苔にされ、ただ君達に従うのは癪に触るからね。1つ質問していいかな」
「構いませんよ。ただし聖がいない理由だけはお答えできません」
優の質問に対して牽制で返す輝樹を見て、葵はただ見守るしかできない。
「ゲームを壊そうと決めた理由は?」
「タナトスは自らの手を汚すことなく人を大量に殺した。そしてデータを調べたところ彼に反逆した男性達は斬首。女性達は斬首。もしくは強姦しました。そして、彼女達が子供を産んでから斬首した。そのことに憤りを感じたからです。これでよろしいですか」
お互い目を逸らさず牽制し合う。
「君にしては、随分と感傷的な動機だね。もって機械的な話かと思ったよ。ここから込み入る質問をする。何故その参加者とは全くの赤の他人なのに、そこまで入れ込むのかな?もしかして君の血族がいるのかな」
かなり際どい質問をされ、輝樹より動揺する葵。それを落ち着かせるように肩を叩く輝樹。
「それ次第で貴方の価値観が変わってもよろしいなら」
動揺を誘おうと持ち掛けた筈だが、逆に追い詰められる。
「なるほど。結構それってタブーに通ずるもの?」
「えぇ。参加者にはタブーな話ですね。僕自身も触れてはならなかった事実ですから」
「質問を変えるね。徳川さん。君はその情報を知っているかな?もし、知っているならその感想を述べて。正直に」
輝樹単体で口論するにはキリがないので、葵に矛先を変える。その戦術を目の当たりにして、なかなか賢いなと輝樹は感じた。質問された当の本人である葵は、正直に言うべきか否か輝樹の顔色をうかがう。
「ありのままに話してあげて」
意外な答えに耳も疑うも、それに素直に従う葵。
「その情報は知っています。感想としては、どうして憎いはずの参加者だけを殺し、その参加者から生まれた子供達は生かされたのだろうかという疑問が大きいですね」
「なるほどね。つまり輝樹くんはタナトスと参加者から生まれたと断定していいわけだね」
「葵さんを巻き込んでかつまどろっこしいことをさせて、結論はそれですか。随分と時間が掛けますね。もう一日と後少ししかないのに」
タナトスの息子であると敢えて言わずに、優の言動に批判する輝樹。
「いや一日あれば、破壊なんてできるでしょ?君は自分の可能性を知らなさすぎるよ」
「見ず知らずの貴方に言われたくありませんね。さも、僕を知ったような言い方をされると癪に障ります」
「雨宮さんから、君のことは聞かされている。もちろん藤波家からの情報だけど」
藤波と優は恋敵で、決して仲がよいとは思えない。
「疑ってるよね。もっと詳細を言えば彼は藤波くんのお姉さんの社員だったから、情報は容易く教えてもらえるんだよね。彼女の旦那と親交が深いので」
「それで、僕の秘められた可能性とやら教えてもらいませんか?生憎僕は気が長い方ではないんで」
気が立っているのか、目つきが微妙に鋭くなる輝樹。
「君は一度、絶対不可能であるタナトスお手製の爆破装置の首輪を爆破させずに壊したね」
「何故、その情報を?」
「雨宮さんが教えてくれた。当時死亡者と認定された筈の徳川聖、佐伯瑠唯が生存していた。その原因を独自の観点で調べたら、爆破装置の解除という結論が至った。そしてタナトスがKON☆TON倶楽部の総指揮を取ってから誰もなしえなかったことを君は独自で成し遂げた」
「データ解析の執着が人より少し強かっただけです。それだけで可能性とか簡単におっしゃらないでもらいたい」
賛辞とも言える彼の言葉をぴしゃりと打ち消すような発言をする輝樹。
「では、もう一点。君は優勝者である筈なのに、地上世界にも戻らず主催者側にもならないまま、前回のゲームから今までに至る時間、君は斬首されなかったし生きている」
斬首はされなかったが、死体だらけの独房で閉じ込められ、食事もろくに与えられなかった。普通の人間なら一ヶ月もせずに死んでしまう状況下、いくらか痩せてしまったものの奇跡的に生きている。
「だからそれも他人よりゲームを破壊したい執着心がなし得たことです。それを可能性だとおっしゃりたいなら、僕を化け物扱いしていると見なしますよ?」
すべての自分への賛辞をことごとく打ち消す発言をする輝樹。
「実は前回でゲームを破壊する予定でした。しかし僕にはできなかった。そうゲームの情報は常に更新されている。しかもそれを更新しているのがタナトス。実にコンマ数秒で僕は彼に負けたのです。だから、今回
は助っ人に来てもらいました」
「つまり、君達がしようとしていることは肉弾戦ではなく、情報戦ってわけか」
「えぇ。だから聖を置いていきました。肉弾戦なら彼に任せたけれど」
「まさか、また彼を生かそうとして離れたわけじゃないよね?」
またしても核心を突くような発言を放たれる。
「だとすれば?」
「あまりにも無謀だ。確かに彼は強い。でも彼は極めて状態が悪い。あの薬はそれを紛らすために処方させたもの」
媚薬としてラフォーレ姉妹みたいに悪戯に、所用させたわけではない。
「麻痺させたわけですか?」
「そういう見解もあるね。ただ彼のオーラが明らかに変調している。葵さん。君も例外ではない。力を正しく使えれば輝樹くんを護れるだろう。しかし間違った使い方をすれば、輝樹くんだけでなく自分さえも壊してしまうことを肝に命じた方がいい」
死神の瞳を直接見たわけではない。しかしさっきの所作からして尋常でないオーラを一瞬にして放出させた葵に、何かを感じたのだ。
「それがトランスという超現象ですか?」
「トランスとは、普段より数倍以上の力を出せる。しかしその反作用は、ノーマルな状態より力が強ければ強いほど、それに比例してきつくなる。そして最悪死に至るケースもあるのだ」
かつて、ハリルはデーモンにされた封印から解き放たれた時に、洗礼もしていないのに紅龍になった。それはまさしく彼女のトランスだったが、敵から受けた傷が致命傷だったため絶命してしまったのだ。それを書類で知っている輝樹は、どんなにトランスをしても、自分の限度以上の能力はださない。しかし、葵はどうだろうか。ほとんど気付かないうちに本能でトランスしているため、加減を知らない。優の言ったことがあながち外れてないのでぞっとする。
「限度を知れってことですか」
「要点だけを突けばね」
「まあね。輝樹くんがいるなら安心できるけど、決して葵さんを1人にしてはいけないよ」
「その点ならご心配いりませんよ」
「ならいい。おや、もうこんな時間か」
不意にライト式の腕時計を見る優。時計の針が11時を差していた。
「相当時間を食いましたね。1分1秒でさえ時間が惜しいというのに。どうしてくれますか」
「おや、君も相当議論に楽しんでいたようだけれど」
腕を組み、明らかにしかめる輝樹。
「こちらなりの誠意ですよ。曖昧に答えては、納得がいかないかと思いましたから」
「これはこれはどうも。今から、君達はどうするつもりだい?行動次第で同行しようかしないか決めるから」
「しばらくはここでデータ解析を続けます」
「しかし、ノートパソコンだと充電が切れたら意味がない。持ち運びには便利だけど、充電している間にタナトスがデータを更新してしまうよ」
すると、おかしかったのか吹き出す輝樹。
「そう。僕の最大のミスはそこだったのです。あと1秒でも長く保ってられたなら、戦況は変わっていた。そして、彼らの盲点に気づいたのは優勝して、囚われるまでの1時間の間です。実はここに」
なんの変哲もないトンネルの壁の一部をひっくり返すと、ソケットが現れた。すかさずプラグを挿す。
「残念ながらその時手元に、ノートパソコンはなかった。理由は言えません。しかし、もし手元にあったら、その1時間で今回のゲームを防げたかもしれない」
しかしゲームが終わった後にノートパソコンが手元になかったのは、ひっくり返すことの出来ない事実だ。
「だから今回は必ず、タナトスの鼻を明かします。もちろんタナトスも前回の状況を塔の中で見ていたことでしょうから、簡単に核まで行かせないように様々な罠を仕掛ける筈です」
「その邪魔をさせないように用心棒を僕にさせるしかないなら、君達は絶対的に不利になるけれど」
確かに攻撃に決定打に欠け、かつ印の使用可能回数が限られている優では、手詰まりになることが見えている。かと言ってデータ解析担当の2人のどちらかが抜ければ、タナトスに情報戦で大差をつけられる。もちろん外部から奏と爽もデータ解析をしているが、あくまでも輝樹達の補助的な役割に過ぎない。つまり、データの主格を壊せるのは輝樹と葵の2人だ。
「えぇ。貴方に死ぬ覚悟が出来ているのなら、用心棒をしてもらっても構いません」
「僕は君の駒かい?」
「申し訳ありませんが、その通りです。僕達は聖以外の人間を守るという義務はない。むしろ僕達は、聖さえ生きていれば後はどうでもいいんです」
「二度と、地上世界で暮らせなくなっても彼は僕らの主人です。離した理由は主人だから。そう僕達の危険が差し迫ったら、きっと自分自身で犠牲になるから。それを防ぎたくて僕らは敢えて離れた」
「もし、君達の知らない場所で彼が殺害された場合は?」
むしろその可能性の方が高い。状態が最悪である聖が、殺されずとも死んでしまうこともある。
「そうなれば、僕達だけでゲームを破壊します。その時、貴方はお逃げになられた方がいい」
その瞳は、普段の穏やかな彼とは程遠い身の毛もよだつほど、恐ろしく冷めたい光を放っている。
「本気で破壊するつもりだね」
「何を今更。脱獄だってしようと思えば簡単にできた。けど、そうすれば二度と参加できなくなりますから。優勝者は脱走者とは見做してもらえないし、記憶を消されますから」
情報を漏洩されるのを防ぐための主催者の対処法だ。
「そして僕は、その復讐を果たすために生を受けた。しかし、その見解がすべてではない。タナトスを生かしたままゲームを破壊できるのなら、そうしたい。でも本意ではない」
「でもタナトスは、それを予測して誰かに後継ぎさせるでしょう。心苦しいですがKON☆TON倶楽部のメンバーを殲滅しなければなりません。その役目を聖にはしてほしくない」
「できれば、葵さんにもしてもらいたくないな」
「貴方だけに罪を被せるなんてできません。簡単に説得できる輩ではありませんが…」
「だったら生け捕りにすればいい。そして終身刑があるトニーキャッスルに放り込めばいい」
クリスタルキャッスルでは、最大の刑罰がタイムスリップで、未来の世界を破壊されかねない。優の言う通り、トニーキャッスルに放り込むのが得策だ。しかし、主催者側に実の兄がいる葵としては複雑な気持ちになる。
「それが一番いい案ですよね…」
「まさか、君も主催者側に同じ血族がいるっていうのかい」
「この際だから言います。全くもってその通りです。確かに彼はたくさんの参加者を斬りました。それは決して許されない罪です。でもせっかく会えたのに…」
葵と輝樹は同じ目的を歩むためにデータ解析をしてきたが、微妙な箇所で相違の価値観が違うのだ。そのことに気づいた優はこう提案する。
「すまないけど、葵さん僕とパートナーを組み直さない?」
「また、それですか」
その発言も何回も聞かされてうんざりする輝樹。
「君達は同じ目的に向かってるけど、ある意見を聞かせてもらった時、その目的の結果が必ずしも同じとは限らないと思ったから。だったらデータ解析はそのまましてもらって、別行動をした方が効率的じゃないかな?」
「それで捗るなら、僕は構いません。しかし輝樹さんがデータの主格を持ってますから、万が一のことがあれば、情報戦では完全にこちら側の敗北が決定しますよ」
輝樹が生存した方が、ゲームの破壊ができる確率が高くなる。この発言は、もし彼が死ねば次回もまた同じ悲劇が繰り返されるだろうと考えた彼女なりの見解である。
………be continued