【暗黒の狂詩曲2】

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タワーズキャッスルの屋上に着地する青龍だが、なかなか降りようとしない瑠唯を見遣ると顔が高揚していて、息も荒い。何事かと思った青龍は、彼女が意識朦朧としてることを確認して、人の姿に変わる。彼女を抱えて、寝室を探す。すると、雑用を終えて帰ってきた、和純と鉢合わせする。

「…瑠唯が熱を出した。寝室はどこだ?」

「わざわざ向こうから送ってくれたのですか?」

和純は一度だけ、景が入院した時に青龍の人の姿を見たことがある。

「瑠唯の寝室なら、3階の右奥にあります。できればそばにいたいんですが…」

「会議があるみたいだな。瑠唯のことは私に任せてくれ」

「いつも、ありがとうございます」

和純と別れ寝室に入り、瑠唯をベッドに寝かせる。すると瑠宇がやってきた。

「青龍!」

「すまん。そばにいながら」

「いや、そういうことじゃない。人の姿をしてていいのか?瑠唯にはまだ見せてないんだろ」

「…あぁ」

憂いに帯びるその横顔。輝樹とは違った静謐な顔立ちをした青年。彼本来の姿を見せてしまうのは、タブーらしい。

「彼女に別れを告げられた。例のゲームが終われば、元の主に返すと」

「そうか。あんたはどうなんだ」

「最初は礼の贈り物として、俺が彼女のもとに贈られた。だから、忙しいあんた達の代わりに小娘相手にお守りでもさせられるのかと思った。でも」

「ただの義理じゃなさそうだな」

目を見開く青龍。彼の真意を知っているのは、主であるアクアマリンと贈り主である礼のみだとばかり思っていた。

「………」

「あんたの気持ちはよく分かる。父性からくるものだろう」

「違う。礼があんたを愛したころの気持ちではない」

瑠宇の言いたいことをすべて言う青龍。礼が瑠宇へ抱く愛情は兄弟愛だったり、親子愛だったのは確かだ。

「狂おしいほどの感情が渦巻いてる。それくらい瑠唯を…」

「いい大人が何を言っている。瑠唯には輝樹がいるだろうが」

輝樹が死のうとしていることを、はたして瑠宇に伝えていいのだろうか。伝えてしまったらきっと彼女は愕然とするに違いない。

「…分かってる。分かりきってるさそんなこと。別れの前だからちゃんと気持ちを伝えたかったし、伝えた。でも俺の入る隙間なんてない…」

頭を抱え、泣き笑いする青龍。当時、礼もこんな気持ちだったのかと今更ながら心が痛む。

「ただ壊れていく瑠唯はもう見たくない。あの日から、瑠唯は太陽みたいな笑顔を失った」

「…例のゲームで?」

思い当たることがあるのだろう。去年、帰還した際、喜怒哀楽の表情から喜が極端に減っていたこともそうなのだろう。

「和純は気づいていた。竜騎士になるのを反対していたのは、仕事で悲しみを紛らせようとする彼女の痛々しさを見たくなかった。でも、あんたが反対しなかった」

つまり、瑠宇のせいで竜騎士になったと言いたいのだろう。

「反対しなかったわけじゃない。だけど、その悲しみに押し潰されたまま生きるなんて、あの子には耐えられないだろうと思い、それなら他のことで熱中させよう思った。そうすれば瑠唯の悲しみも和らぐ」

「時間が心の傷を癒せるならいい。でも、瑠唯は輝樹が思い出の人物になってしまうのが嫌だと俺に言った」

「それほど輝樹を愛していたのか」

「あぁ。輝樹がいれば何も要らないとな。瑠唯のすべては輝樹だった。あの太陽みたいな笑顔はすべて輝樹に向けられたものだった」

「じゃあ、本当に彼を失えば」

「後追い自殺もしかねん。でも絶対に俺が死なせない」

「後追い自殺なんてされたら、私や和純はどうなる。あいつは娘の気持ちに気づけなかった罪悪感を背負う。私だって」

「だから、させないのだ。家族がいるなら尚更な」

すると、瑠唯が体を起こす。視界に映るネイビーブルーの瞳と目が合う。

「青?」

気づかれたと思った青龍は観念したのか、ドラゴンに戻らなかった。

「瑠唯、青龍がここまで来てくれたんだ」

「ごめん。青」

「いや、別にその…」

「青龍、後は任せた」

「あぁ」

瑠宇が去ると、青龍と瑠唯だけになる。

「あのさ、青」

「喉が渇いたのか」

「違う。もっとおじさんだって思ってたよ」

「歳からしたらおじさんだろ」

「いや、まだ若いよ」

手を握ろうとする瑠唯。戸惑いながらそれに応えようとする青龍。

「駄目だな私は。すぐに体調不良になる」

「いくら気丈にしてても、精神面でがたが来ているのだろう。決戦まで安静にな」

顔を横に振る瑠唯。生真面目な彼女はそれが許せないのだろう。

「皆が死にそうな時に、呑気に寝てられるか」

「この状況下だからこそ、ちゃんと休むべきだ。ここ一年間ちゃんと寝れなかったんだろ」

目を見開く瑠唯。寝室を共にすることはなかったのでその発言に驚きを隠せない。

「何も知らなかったわけじゃない。聖がお前に急にいたわりだしたことで、検討がついた。あいつは、もともと自由奔放だったからな」

「聖にも苦労かけたな。なのに私は誰一人として救えない。ゲームを壊すために輝樹と協力している奏。聖が心配で毎日資料集めしている雅。そして聖を慕い、自ら危険なゲームに乗り込んだ蒼太。皆、役立っているのに」

「それは違うよ。瑠唯」

やはり娘が心配なのか、会議が終わったらすぐにやってきた和純。

「皆それぞれの使命を果たそうとしてるだけ。僕らもそう。だから、救えないだなんて言わないで」

「お父さん」

「瑠唯は例のゲームで、誰ひとりとして殺さなかった。聖くんに話を聞かせてもらった。あの状況下君は全くと言っていいほど、狂気に染まらなかったって」

「それは輝樹がいたから…」

「殺さずの誓いだったよね?」

実は竜騎士隊に入る前夜に、和純と1つだけ約束を交わしていたのだ。それが【殺さずの誓い】だ。例え、揉み合いになっても人を殺してはならない。和純から言われたことを、例のゲームでも果たしていたのだ。

「でも、輝樹も聖も狂気に染まった。自らの目的のために自分を失った」

「だったら2人とも自分達のようにならないでほしいと思ったんじゃない?」

綺麗なままでいてほしいの意味を改めて噛み締めると自然と涙が溢れる。

「2人共馬鹿だ。自分以外のために自分が犠牲になるようなことをして」

「そういうものだよ。瑠宇のために僕は一度礼さんに殺されかけたことがあるからね」

「あの礼さんに?」

深く頷く和純。

「僕は闇一族の血筋だから、そのような人に瑠宇は渡せないって」

カッターシャツを脱ぎ背中を見せる。一筋の赤い痣が刻印のごとく刻みつけられている。

「あの人も紅龍になりたくないって言ってたんだ。紅龍になる前、自分が人でいられなくなる苦しみとか悲しみとかいろいろグチャグチャで…」

「殺されかけたのに、恨まなかった?」

「恨めなかった。初代の四龍は死にかけていたし、瑠宇を奪えばこの人は孤独になってしまうと思った」

「でもお母さんを奪ったんだよね。言い方は悪いけど…」

「礼さんを想う人がいたから。彼女なら絶対に彼を手放さないと思えたから、やっと自分の気持ちに正直になれた」

つまり、景がいなかったら瑠宇と結婚できなかったということだ。

「じゃあ景さんとお母さんは仲が悪い?」

「ううん。亡くなった雅也がパイプ役となってくれたから、それはない。会議に出席する時も険悪ではないでしょ?」

会議の風景思い出すが、険悪な雰囲気は全くない。むしろ三ヶ国同士仲は良好だ。

「雅也さんって、玲奈さんのフィアンセだった…」

「サキュバスに殺された。いや、サキュバスは致命傷は与えなかった。ただ致死量に達する出血量だった。助かるかもしれないのに雅也は、重傷の景さんのドナーになった。聖くんと雅ちゃんと景さんは雅也さんによって救われた」

景があの時死んでしまったなら、聖と雅が生を受けることはなかった。また礼が完全に和純の息の根を止めたなら、自分自身も生まれなかった。

「なのに、死ぬような真似をするなんて…」

「信じられない。確かに君が正しい。でも必ず死ぬわけじゃない。死ぬような思いで目的を果たすだけだ」

首を仕切りに振る瑠唯。

「輝樹は、あのゲームの主催者の息子だった。それが許せなくてゲームデータを壊し、自分や主催者達を殺して、呪われた血筋さえも断ち切るって…」

「中川夫妻の子ではないことは知ってたよ。でも、それって本当なの?」

「輝樹本人が言ってた。母親は望まない交渉を強いられ、産み落とした後に惨殺されたと」

その凄惨な事実を聞いて、和純は絶句する。

「彼女は輝樹と同じくゲームデータを断ち切ろうとした人だ。でもそれが主催者側のリーダーの気に障った。だから屈辱と絶望を与えた」

ただし一つの疑問が残る。

「でも、万一母親が産み落としたとしても、リーダーはその子ごと殺さなかったのが疑問だね。気に障るならすべて断ち切るイメージがあるけど」

和純に言われてはっとする瑠唯。

「確かに。母親が妊娠したと同時、いや辱めを与えた後でも殺害できた筈。となると」

今は亡き馬熊が輝樹を庇ったのか。いやタナトスの発言は絶対だ。庇ったところで馬熊共々殺されるのがオチだ。

「人間としての情があった」

「だったら危険なゲームに参加させるわけないだろ。普通の親なら」

「今まで地上世界に息子がいて、自分が地下世界にいたら逢いたくなるものだよ?例え憎い参加者であってもその間にできた子供は自分の子供に間違いないんだから」

「…だとしても許せない。すべての巨悪の根源を生み出したタナトスだけは、許せない」

「すべての巨悪の根源?」

思わず口を滑らせてしまったことを後悔する。それはまだ知らせてはいけない内容なのだ。

「…って輝樹が言ってたんだよ前」

「そうなの?」

「うん」

腕時計を見て、ため息をつく和純。

「こんな時間まで話ちゃったね。ごめん。今日は何もせずゆっくり休むといいよ。玲奈には欠勤すること伝えておくから」

「ごめんなさい」


申し訳なさそうにする瑠唯の頭を撫でる。

「今まで無理しすぎたんだよ。玲奈も心配していた」

「………」

「瑠唯、ゲームが終わったら竜騎士やめたら?竜騎士だって、ゲームのためでしょ。もういいじゃないか。無理して続けることないよ」

「今、責任ある役職に就いてる。だから簡単に辞められない」

「律儀で真面目なところが君のとりえだけど、もっと肩の力抜いた方がいいよ」

「…でも」

「ごめん、僕だけで君を辞めさせることは無理だって分かってる。でも自ら、犠牲になってほしくない。それは君にも言えることなんだよ」

真剣な眼差しを向ける和純。

「瑠唯は自分の本当にしたいことを押し殺してる。でも、それじゃあいつか本当に壊れてしまう」

うなだれる瑠唯。

「本当は、もっと自由に生きたいのにね」

「聖が羨ましかったよ。あんな頑固な礼さん相手に物怖じせずに、自分のやりたいことを貫けるの。輝樹だってそうだ。自分のやりたいこと見つけて。私なんて誰かの影にしかなれなかった」

自分の気持ちを吐露すると抱きしめられる。

「僕の知らないところで、たくさん苦しんだね。ごめん、本当に気づけなかった」

「お父さん達のせいじゃないよ。お母さんとお父さんは私を支えてくれた。だけど、怖かった。本当の気持ちを言ったら優しいお父さんが離れていくんじゃないかって。馬鹿だよな。もう20になるのに」

「そんなことないよ。ちゃんと言ってくれた方が嬉しい」

ベッドのシーツを握りしめて、ぽつりぽつりと言葉を漏らす。

「1年前から人とすれ違うたびに、びくびくしてた。いつかあのゲームに参加してたことがバレて、人殺しだと罵られないかって。聖だって、毎日のように悪夢を見るって言ってた。悪夢でもよかった輝樹に会えるなら。でも、今日スカイプで顔を見るまで私は全く輝樹と会えなかった。それがどういうことか怖くてたまらなかった」

自分の心から輝樹だけが離れていく感覚が、耐えられなかったのだ。

「それは…瑠唯が諦めてしまったからだろう?俺はそう思いたい」

生存をこの目で知るまで、彼は死んでいたと思っていたし疑ってもなかった。

「そうは思いたくない…輝樹はいつだって私を大切にしてくれた。愛想も洒落っけもない私を可愛いって言ってくれた」

輝樹と過ごした日が走馬灯のように駆け巡る。

「成人式を迎えたら正式に結婚の約束もしていた」

「結婚まで話が進んでいたの?」

「お互いの両親に挨拶しようとした矢先に、あのゲームの日になった。聖を責めたかったよ。どうしてそんな大切な時に、輝樹を誘うのだと。でも聖はもっと大切なもののためにやり遂げたいなんていうから。あいつ、普段は親父なんか大嫌いって言うくせに。礼さんの亡くした記憶を取り戻したいって言うから…」

最後まで言葉が出てこず、涙をぼろぼろと流す瑠唯。

「輝樹も私も協力するしかなかった。危険なゲームなら尚更。それ以来結婚の話は打ち切りになった。聖は責任を感じてた。中川夫妻に殴られたなんて言ってるけど、本当は聖が殴ってくれって頼んだ。そして父親に知られたら殺したいほど自分を憎いと言ってくれって」

会議の際、確かに輝はそう言い放った。でもそれはすべて聖の行為だった。

「輝さんは、輝樹に対してすごく負い目を持ってた。棗さんと再会した時にはすでに輝樹がいたんだ。奏もそれに気づいていたし、棗さんも気づいてた。それでも輝さんなりに輝樹と接した。だから奏は、輝樹と血を繋がってないことを本人に言えなかった。それを聖も知ってるから、なるべく両親としての気持ちを貫いてほしかった」

息子を失った後の向けられる憎しみは、両親としての気持ちに相応しいと思い、聖はそう仕向けたのだ。

「礼さんも鈍感だよな。聖は自由奔放だけどその一方で、気の回る奴なんだ。蒼太を執事にした時も、ずっと蒼太の味方だった。警戒心の強い蒼太が唯一無防備になれる奴だった」

「………」

「いままで言わなかった私が悪いと思う」

「離れたくなかったからだよね。だから2人が死ぬような真似をすることが許せないのは」

「うん。元の3人でいたかった。学生時代の頃のように」

しかし輝樹も聖もそれを望んではいなかった。

「離れていても関係は壊れないと信じてた。でも、今はもう同じ未来さえ描けなくなった」



別離の時を心のどこかで予感していた。二度と3人が同じ道を歩むことはないことを。










………be continued


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