【暗黒の狂詩曲2】

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※蒼太視点

アーサーさんと別れてから僕達は、トンネルに入って遅めの昼食をとっていた。幸いか、モブモンスターにもラフォーレ姉妹にも会ってない。

「輝樹が殺したモブモンスターは、すべてホムンクルスだったな」

研究所の死骸を思い起こすとそうなる。となれば、僕が殺したモブモンスターもその類で、今所持しているカード数は僕が5枚で、聖が3枚ある。輝樹さんが直接彼に渡したのは1枚だけだ。初期所持が1枚なら、3枚はおかしい。

「ねぇ、聖。貴方は誰か人を殺しちゃったの?」

「違う。信じないなら手を切っても構わない。輝樹の真実を知った今ならな」

「………」

「蒼太。お前のカードは、JOKERだな?」

急に体が強張る。いつ、カードを見せるような失態をしてしまったのだろうか。

「分かりやすい奴。あの時、一緒に生きていけないって言った時の、動揺といい今の態度といい。やはり、そうみたいだな。お前は輝樹の元へ行け。俺はサキュバスのもとに行く」

「僕に死ねと言ってるの!?」

これまでの優しさが嘘だったかのように、彼の瞳は冷たさを帯びる。しかしその奥に燃える炎が上がる。

「それを覚悟で来たんだろ!?反対を押し切ったなら、やり遂げろよ。輝樹がどうしてお前に託したか分かるか?お前なら、ゲームを壊してくれるって希望を抱いたんだ。あいつの思いを無駄にするんじゃない。俺はそれを阻止するためにサキュバスの元に急ぐ」

すると、耳元に鋭い痛みが走る。気がつくと、もう1つピアスが渡された。

「聖?」

「俺は自ら封印を解いてしまった。もう、お前の知る徳川聖はいない」

金髪の髪色が漆黒色に変わる。そして、翡翠の瞳が紅蓮の月に染められたかのように緋色に変わり、目つきが鋭くなる。

「蒼太…もう会うことはないだろうな」

「聖ぃい!!どうして…」

「JOKERが共存できるのは、JOKER。残念ながら俺はJOKERではない」

つまり、このまま最終時間まで一緒にいても無駄だと言うのだ。

「分かりました。貴方がそういうなら仕方ありません。短い間でしたが、ありがとうございました」

言葉の最後は、たまらず背を向けてしまう。

「出来ればこんな時にお出会いしたくなかった」

「同感だな。蒼太、お前は生きて帰れよ」

「…うん」

もう一度振り返る勇気はない。どういう気持ちでこう言ったのか確かめるのが怖い。

「聖…僕を見捨てないでくれて、嬉しかったよ…。さよなら…」

最後は、涙でちゃんと言えたか分からなかったがとにかく逃げるように、駆けていく。事実上断絶された関係。一番心を許した人からの絶交。哀しみでどうにかなりそうだ。だけど、ゲームは情さえ断ち切らせてしまうのだ。

「データを知るには情を捨てろ…かぁ。なるほどよく出来たゲームだ」


神経が研ぎ澄まされる。目を一度閉じる。目的地は時計塔。涙をマントて拭き取ると、カードを見る。僕の手札は、JOKER、ダイヤ2、ダイヤ10、ダイヤ9、ハートJ。よくてワンペア。これでは、交換所に行ってもパソコンどころか武器さえも手に入れられなさそうだ。

「本当、スカだな。お前のカードは」

この声色は、聞き覚えがある。いや、聞き間違えるわけがない。すかさず銃を向ける。

「モンスターを殺したことで、躊躇がなくなったみたいだね。ははは、お前も堕ちちゃえばいいのさ!」

目と鼻の先にいたのは、なんと僕だ。

「ど、どういうこと」

すかさずもう一人の僕が銃を向ける。しかも向こうのピントは僕の脳天に向けられていて、銃を放たれてしまえば即死だ。すかさず彼の銃口に親指を押さえ込む。

「何のつもりか知らないけど、無駄だよ。お前の手のうちは知ってるからね」

すると、水平蹴りをされ足元を掬われ、地面に倒れる。僕に化けたなら威力は変わらない筈なのに、鈍痛が向こう脛に襲い掛かる。

「いっておくけど、僕はただの一般人のお前と違う。ただ、もう一人を殺す邪魔をされたのが気に食わない」

「まさか、もう一人って…」

「徳川聖。お前の姿格好ならあの馬鹿なら騙されるだろうからね。だが予想外だな。しかし、お前の死は決まったも同然」

ライフルが頭に向けられ、引き金を引く音が聞こえる。ライフルを放たれた時、その隙をついて僕も彼目掛けてライフルを放つ。致命傷には至らなかったが、つまり彼の利き手に銃弾が当たり、ライフルを彼から離すことに成功する。

「ちっ…」

「ただのでくのぼうだと、お思いで?」

「一人で何も出来ないくせに、減らず口を叩くとは!」

「言っておくけど、君は所詮僕のコピーだ。つまり僕を超えることはできない」

冷笑する自分に、よほど悔しいのか歯ぎしりするもう一人の自分。

「それに聖は、君ごときで殺されるほど、馬鹿でもないし愚かでもない」

ライフルを向けると、突然もう一人の自分が笑い出す。

「ははははは。それで僕に勝ったつもりか。やはり、できそこないはできそこない。僕はお前と違って制限がないんだよ」

すると、利き手でない方の手でナイフを持ち、足目掛けて投げつけられる。ただし、それをナイフを向かってくるナイフにタイミングを図って俯せの体勢のまま垂直に突き付ける。

「足が不利だと思った。その通り。でも、簡単にやられるわけにはいかない。例え、自分であろうとも」

すると耳元のピアスが赤く光り、もう一人の自分が急に苦しみだす。このピアスの光が弱点なのだろうか。

「やめろ!!目を向けるな!!」

意味が分からない。しかし次第に彼から精気が失われていく。ピアスを外しても彼は依然として苦しみ、悶え、そしてあげくのはてには事切れる。事切れた彼の正体は僕の影。つまりドンペルゲンガーの類だ。いったい彼の身に何が起こったのか、理解に苦しむが、近くに落ちていたカードを拾うと何事もなかったかのように、その場を後にする。

ちなみに彼のカードは、スペードのJ。ハートのJとJOKERを合わせて漸くスリーカードだ。しかしこれでも機密情報を握る輝樹さんのパソコンを得るカードの役としては物足りない。となれば、他のモブモンスターを殺さなければならない。すると、背後からいきなり首を絞められた。

「なっ…」

「ただの坊やかと思えば、少々侮ってたわね」

「ティファー…ラフォーレ!!」

「ふふ。だがここまでよ。貴方の持つカード全部私の物になるのよ!!」

指の力が加わり、さらに息苦しい状況になる。この体勢からすれば、圧倒的不利なのはこちらの方だ。

「さっきは、邪魔が入ったけど、これで遠慮なくやれるわ」

すると、魔法の力でホールド状態になり、体が痺れて、自由に動かせなくなる。

「何故、僕を付け狙うっ…」

「何故ですって!?貴方が闇の統領である徳川爽の正当なる後継者だからに決まってるじゃない」

だからと言って、殺人紛いな行動をされてはたまったもんじゃない。力が入らないと分かりつつ握り拳を作る。

「貴女の目的はなんだ…。僕を父親のように闇一族にするつもりですか?」

「その通り、破滅すれすれの私達一族の救世主となってもらう。そして、姉が聖を狙うその理由は」

闇一族を壊滅寸前に追いやった、地上世界では平和の象徴である紅龍の正統なる後継者だからだ。

「聖は紅龍にならないと言ったっ…闇一族にとっての破滅の象徴なら、四龍なんて糞食らえだと…」

その言葉に驚いたのか、指の力が弱まる。その隙に僕は彼女の手に自分の手を添えて、首から離す。

「紅龍の息子のくせに!?」

「サキュバスさんと組んだのも、その経緯があったからです。すみません」

その言葉と同時に僕は、ナイフの持ち手の方で彼女の鳩尾をつく。

「くっ」

その場に倒れ込む彼女。その隙に時計塔に向かう。すると、白い何かが見えた。

「馬、馬熊さん?」

振り返ると、馬熊さんとは違い、血まみれになった別の男性だ。後ずさる。しかし、手首を捕まれて、逃げることさえ叶わなくなる。

「徹哉の名前を何故、知っている?」

「お知り合いなのですか?」

幸い彼の手持ちには、武器が見当たらない。首輪もない。とすれば処刑人の類だろうか?

「答える義務はない」

「あの…輝樹さん見かけませんでしたか?」

彼の表情が一変する。その変化を見逃さず畳み掛けて、聞くしかない。

「輝樹さんともお知り合いのようですね。もしかして、貴方は…」

「タナトスではない。被害者側の兄だ」

「…じゃあ輝樹さんの叔父にあたりますよね」

「あぁ。お前は」

「徳川蒼太です。輝樹さんとは直接の関係はありません。ですが、ついさっきまでパートナーでした」

すると顔を近づけられる。暗くて見えなかったが、近づかれて輝樹さんとは違った精悍な顔立ちをしていることが分かる。

「お前が、輝樹の言ってた蒼太か」

「はい。貴方は処刑人の方ですか?」

「残念ながら違う。お前達が狙うモンスター側だ」

さきほどのホムンクルスと違い、見た目からして、人間の筈なのに。

「事情はどうか知りませんが、見逃していただけませんか?」

「見逃すと思うか?」

口角が弓なりに歪む。モンスター側は無作為に参加者を殺すためにあるものだ。自分の言うことがおかしいのも分かる。

「…カード。奪われたら貴方の役目は終わるでしょ?」

「馬鹿ではなさそうだな。なら、お前のカードを教えろ」

素直にカードを見せる。すると、盛大に笑われてしまった。

「馬鹿正直に見せるなよなぁ」

「あ、はははは」

「カードとしては申し分ない。1回だけ見逃してやる。ただし、次会ったら容赦なく殺す」

「はい」

交渉は成立した。一礼すると、目と鼻の先にある時計塔に向かう。


『ただいま1時30分。二日目からは、1時間ごとから、1時間半ごとに侵入禁止区域エリアが増えます。今からB2エリアが禁止区域となります。イベントゲームに関係なく、プレイヤーの皆さんの侵入はできません』

この音量の大きさからして、侵入禁止区域エリアの報告の放送は時計塔から行われていると推測できる。つまり、監視コンピューターがいるのはあながち間違っていない。

(けど、次の禁止区域が反時計だとすれば、残り時間は後3時間しかない)

輝樹さんがJOKERでなければ尚更一刻も早く再会して、そこを出ないといけない。

時計塔の中に入ると、巨大な歯車がいきなり襲い掛かってくる。軌道を反らすため、ライフルを連続で撃つ。しかし、歯車は遅くなるどころか、スピードが増してこちらに向かってくる。マントを脱いで、布を軌道ルートに置く。するとマントがいきなり鋼鉄化して歯車が鈍い音を立てて、地面に落ちる。

「た、助かった!?」

「流石、瑠唯チョイスのマントだ」

「その声は、輝樹さん」

「聖はどうしたの?」

螺旋階段から輝樹さんが降りてくる。

「黒髪になって、赤い瞳になって…サキュバスの方に行きました」

すると、背後から羽交い締めされる。後ろを振り返ると、白衣の彼だ。

「だ、騙したのか!?」

「残念。そいつはお前の探している輝樹ではない」

首を見てみると、輝樹さんにあるはずの首輪がない。

「まさか…モンスター側!?」

「容赦なくやらせてもらうぞ!!」

すると、3メートル先のドアが開く。

「待て!」

「輝樹さんが2人!?」

「何馬鹿なこと言ってるの。そいつは僕の影さ」

ピストルを向けられる。しかも同じ顔した2人が僕の方向に向けている。

「聖なしだということは…単身で来たわけか。さては裏切って殺したか」

「裏切って殺した。確かに君は別れた間に1枚カードを増加したようだからね。ふうん、忠実さを装ってとんだペテン師だね」

「流石、史上最凶のローパーの息子」

「さあ、どうする?嬲り殺しがいい?銃殺がいい?それとも、聖の目の前で殺してやろうか?」

首輪なしの輝樹さんから放たれた言葉に、僕と輝樹さんは唖然とする。

「何を驚いてるんだい?君の深層心理でしょう?【キキ】」

「その名前を言うな!!」

頭を抱え込む輝樹さん。やはりアーサーさんが言ってたことが正しかったのだ。

「タブーだったんだね。これは失敬」

彼の瞳が赤く染まり、顔つきが変わる。

「大変、不愉快だ。影は影らしく消えてくれ」

「消えるのはお前だ!!!」

お互い銃弾を放つ。無意識のうちに僕は輝樹さんを突き出して、銃弾を受け止める形になってしまった。

「そ、蒼太くん!??」

放たれた銃は僕の心臓部分を貫いた。血がどくどくと流れる感覚を覚える。バタリと倒れ込む僕に駆け付ける輝樹さん。白衣の彼は驚きを隠せないようで、その場所から動けないようだ。

「て、輝樹さん、お怪我はありませんか?」

「何故、僕を庇った!?あれは僕達の戦いだった」

「なんでか分からないです…。でも、貴方を連れて帰る約束だけは果たしたかった……」

急に眠気が襲ってくる。これが死ぬ前の兆候だというのだろうか。でも、影なる彼の動向も気になる。

「輝樹さん、僕は聖を殺してません…。信じないなら一思いに殺してください。そのピストルで」

「信じると思うかい?」

影なる彼は、不気味の笑みを浮かべながら何故か、去ってしまった。本物の輝樹さんはピストルを持つも、表情に迷いが出ている。

「にわかには信じられない。彼の言う通り僕は、君を疑った。いや、今も疑っている」

「…だったら、殺して。聖のいない場所で。あの人が悲しまないように」

バタフライナイフを僕の首に突き刺そうとする白衣の彼を、止める輝樹さん。

「君は僕に運命を委ねる気かい?しかも、狂気に惑わされた僕にだよ」

「馬鹿なのは、自覚しています。輝樹さん、聖を守って……」

目の色が徐々に戻る。どうやら理性が狂気を消失させたようだ。安心して目を閉じると、何故かスースーした感覚に襲われた。



















………be continued


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