【暗黒の狂詩曲】

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※蒼太視点

医療所から僕達は肩を寄せ合いながら、目的地である時計塔に向かう。

「蒼太くん…」

「何でしょう」

「今、何時かな」

「11時を過ぎたころです」

「例のゲームまであと1時間もないか」


肩に寄せられた体重が重たくなる。

「輝樹さん…!?」

手に尋常でない汗を感じる。まさかとは思うが、彼の額に手を当てると尋常でない熱を感じた。

「今なら、医療所に引き返せます」

「断る。僕は真実を知らないまま死ぬのだけは嫌だ」

「命より大切なことなんですか!?」

自分の命なんて、どうでもよかった。早く時を過ぎ去ればよかった。以前の僕なら絶対にこんなことを言わない。

「…あぁ。目的を果たすまではね。だからどんな状況であれ、僕はやめない」

「ですが、このままでは本当にまずいですってば!!」

「僕に賛成しないなら、一人で聖に会いに行くがいい!!」

どすの利いた声に思わず硬直する。あくまでも、彼は一人でも、時計塔に行くつもりだ。むしろ僕が足枷になっている。

「そんなに聖に逢いたくないのなら…」

「逢いたくないのなら?何だと言うのだい」

「どうして、あの時返事をしたんですか?本当に逢いたくないなら通信を切ったままでもよかったのに…」

「…何を言ってる?君こそ、会いたいくせに」

「確かに会いたい。会いたいです…」

「…ごめん。返事した理由は…本当は決別したかったから」

目的は別であれ、輝樹さんもBTも自分の命と犠牲にして、このゲームを壊すつもりだ。

「なら、お付き合いしましょう。貴方の目的を果たせたなら」

「解消しようか?パートナーを」

彼が目を覚める前に、別の人からパートナー変更を要請された。

「いえ、僕の願いが叶うまでは…」

「分かった。今日中に聖に会おう。そして…その後は君を聖に托す」

「じゃあ…」

「今後は僕単独で動く。異論はないね?」

パソコンさえも、単独で取り返すつもりらしい。しかし僕は奏くんとの約束もあるのだ。

「すみません。あの…パソコン」

「パソコン!?君はどこまで僕らの内部情報を知ってるわけ」

「…貴方がゲームを壊そうとしてること、瑠唯さんのエントリーを除外するために、ウイルスを捲いたこと。後は…これ以上は」

「これ以上?僕の何を握っている!?」

肩の力が強くなる。

「…嫌です」

残酷な事実をいつか知らせる時が来る。しかし、今調べたらショック死してもおかしくないほど、彼の容態はおもわしくないのだ。

「何故…何故隠す!?」

「今言えば貴方の目的は終焉を迎える」

「つまり、君は誰かに僕の過去を聞いたってわけだ。BTか?」

彼の瞳が海の色から、紅の色に変わる。

「………」

「何も言わないなら肯定の意味と、取る」

声色が1トーン低くなる。柔らかな印象から突然、冷たげな印象に変わる。

「…場合によっては、首輪を爆発するけど」

殺すと遠回しに言われている。

「今聞いたら、貴方が時計塔に行く理由がなくなりますから」

「知的好奇心が大きい僕だから、直接言うより自分で確かめた方がいいってこと?」

視線を外さないまま頷く。目を反らせばすぐに殺されてしまいそうな凍てつくような視線を感じるから。

「………」

「………」

「確かにそうだね。君の口から聞かされるより、自分で探った方がいい。どんな結末であれ、自主的に探ったことになる。ごめん…。君なりの気遣いだったんだね」

彼の瞳が青に戻ったので、感情の高ぶりが収まったと判断する。その証拠に肩にかかる力が和らぐ。

「でも、彼から僕の過去を聞いてもよく逃げなかったね…」

ほとんど予想はついてる。でも確証はできてないのだろう。

「それは貴方が僕から、逃げなかったからです」

「今の時点じゃあ、一般人なんでしょ?」

「…はい」

「危害を加えない限り、僕も友好的に行きたい。パートナーなら尚更ね」

「迷惑かけてごめんなさい…」

すると、クスクスと笑われた。

「お互い様だよ」

「輝樹さん…」

「ねぇ、蒼太くん」

「はい」

「ちょっと疲れちゃった…」

さっきの感情の高ぶりで体力の消耗も激しかったのだろう。今の地点では、F4エリアの宿泊所が一番近いし、休憩する場所として相応しい。彼の肩を支えながら、宿泊所に向かう。

宿泊所エリアに着いた時、探知機を見たが幸いそこには誰もいなかった。宿泊所の扉を開けると、豪華なシャンデリアが見え、エントランスの隅に彼を寝かせた。リュックから支給されたペットボトルの水をタオルに浸し、軽く絞る。額にかかる髪を下ろしてから、濡れタオルを乗せる。

「世話をかけるね…」

「時計塔に行くにはまだ距離があるみたいですからね」

「君の好きな魚料理、作れなくてごめんね…」

「そんなこと、気にしないでください」

申し訳なさそうな顔をされてしまう。

「今は安静にしてください」

「…君、いい執事になるよ」

「こんな時に冗談は、やめて下さい」

彼はいつになく穏やかに笑う。

「だって、勇気もあるし行動力もある。それに聖に忠実なところも…」

「僕は貴方が思っているほど、素晴らしい人間じゃないです。向こうの世界では、引きこもりだったし人間不信だし…」

「人間不信?よく言うねぇ。君ほど素直な人間はいないよ」

「馬鹿なんですよ。人のこと信じて、でも簡単に裏切られる。そしてまた人のこと信じての繰り返しで…」

首を横に振る。

「馬鹿じゃないよ。君はそれほど強い人間なんだ。能力はなくても充分僕より強いよ。僕は真実を探ったら、皆が逃げていきそうで怖かった。だから自分から逃げた…」

彼は確かに聖からも瑠唯さんからも逃げている。でも、真実に向き合えば話せると言った。きっと確証が得られなくて、知らせば疑われるだろうと予想したからそのような行動に出たのだろう。

「僕も…現実から逃げてました。以前はパソコンの向こう側だけが僕の世界だった。それだけが唯一だと思ってた。変わらないことがいいことだと思ってた…。でも、それだけじゃ、何も起こせないとこの世界に飛ばされてから知りました」

あの頃の自分はいつ死んでもよかったと思っている。生きていることがひたすら苦痛だった。

「きっと本当は、どこかで変わりたいと願ってたのだろうね」

「…かもしれません。状況が状況ですけど」

「それは、言えてる」

ほぼ同じタイミングで吹き出した。

「やっぱり君は笑顔の方がいい」

「…瑠唯さんにもそう言ってたんでしょ」

「いや、今は知らないけど瑠唯はよく笑う子だった」

今の堅苦しい彼女を知っている僕からは、その姿は想像できない。

「元気にしてる?瑠唯は」

「…元気だと思います。でも、貴方が言うような印象はなかったです」

「…笑顔が消えた?」

「全く笑顔がないというわけではないですが、すごく生真面目で、威厳がありました」

「………」

真面目で、でもどこか脆くて、いつ糸が切れてもおかしくないほど彼女は張り詰めていた。

「…ひ…聖は?」

「豪快で強引。でも繊細で優しい方です。弱さをなかなか見せてくれないのが、難点です」

「よほど内面を見せてるんだな、あいつ」

「どういうことですか?貴方の方が遥かに付き合いは長いのに…」

「前半は確かにそうだけど。弱さとかそんなのなかった。むしろ真面目な男で、堅物って感じ」

「あの聖が!?」

どっからどう見ても自由奔放な彼にそんなイメージを抱けない。いや、責任感の強さ、忍耐力は強いと思う。

「眼鏡をかけてていかにもがり勉で、勉強しかできないって感じだったけど、意外と体育だけはできたな。あれは見た目で損してる」

「眼鏡掛けてたんですか!?」

「少なくともあのゲームの時まではね。まさか、今の彼は素顔なわけ?」

「はい」

「よほど追い詰められた状況だったわけだね…。そうか、成人式に龍達の宴をするわけだから。あいつ、なりたくないって言ってた。いずれにせよ、今回がラストゲームになりそうだね」

「紅龍になればエントリーから除外されるのですか」

「まあね」

つまり礼さんも紅龍になったから、エントリーから外れたのだ。

「ラストゲーム…」

「多分ここを出る頃には、あのゲームが始まる。デスゲームを最後まで生き残る前提なら、君もあのゲームに参加しないと、相当きついよ」

「…あの、トランプのカードですが」

「確かに今回は今までと違うみたい。前回は純粋に殺し合いだけだったから、僕らは誰も殺さずにいられたけど。それを逆手に取るようなルール。本当、あの中に僕の実の親がいると思うだけで寒気がするよ」

ふと、体を起こす輝樹さん。

「できれば馬熊さんがいいな。BTの本名ね」

僕が彼の立場だったとしても、主催者の中で両親がいるとしたら、介抱してくれた医者がいい。でも、彼は違う。彼の愛した人は母親だが、彼は父親になれなかったのだ。

「馬熊さんって言うんですか?」

「そうだよ。第167回優勝者。彼の愛した人は…主催者に殺されたみたいだけどね」

彼の内情は、輝樹さんも聞いていたのだ。

「あの人は、愛した人の最期を見れなかった」

データ上より彼女が死んだことを知っても、最期の瞬間は知らない。

「瑠唯にとっても…」

「そうはさせない。僕、聖と約束しました。輝樹さんを連れて帰ると」

「つまり、2人は死ぬ気??」

「え?2人までは生きて帰れるんですよね」

すると、決まりの悪い顔をされた。何か言い間違えただろうか。

「あ、確かにそうだね」

これ以上、深く追求しなかった。しかしこれが最大の悲劇を巻き起こすことを、僕はのちのち知ることになる。

『AM11:30。諸君、ごきげんよう。今年も皆楽しみなあるゲームを開催する。やる気のあるプレイヤー、やる気のないプレイヤー、それぞれだろう。さて、楽しい楽しいゲームの前に、侵入禁止区域エリアの発表だ』

「いつ聞いても、慣れないなぁ…」

上体を起こし、壁にもたれる輝樹さん。それでも耳を傾ける。

『A2エリアが禁止区域になる。つまり、外枠エリアに諸君が行けば、首は吹っ飛ぶ。楽しいあのゲームは、12時の全体放送で説明する』

放送がそこで途切れる。

「あのゲーム…?」

「僕の推理によれば…トランプカードが関係してるだろうね。君はどう推理する?」

「カードはJOKER2枚合わせて、54枚。ゲーム開始時点での参加者は44人。必然的に10枚あまりますよね。てことは、その10枚が使われる可能性が高いです」

「そうだね。アイテムシューティングみたくどこかにトランプカードを散布する手もある」

しかし、あの『やる気のある人、やる気のない人』という言葉がひっかかる。

「うーん。それだったらわざわざ含みを持たせた言葉を言わないと思います」

「つまり、プレイヤーとは別にカードを持ったモブモンスターがゲームの時に、散布されるわけか。そうだとしたら、【殺さずの誓い】を信条としてる僕達としては厄介なことになりそうだな」

「えぇ」

モンスターとなれば、無差別に殺しかかる。つまり戦わなければ逆に殺されるのだろう。

「なら、信条外しちゃう?」

「聖が…」

「なら、相談してみれば?」

「輝樹さんがそばにいることを告げるのは?」

「御自由に」

ピアスを譲られた。すぐに聖へ連絡する。


『こちら、ST。こちらST。応答してください』

するとすぐに返事がきた。

『おぅ!こちらST。あぁ、お前とイニシャル一緒だったなぁ。輝樹は?』

アイコンタクトをされる。どちらとも言えない表情。つまり明かすも明かさないのも僕次第だ。

『支障がなかったら、貴方がどこにいるか教えてもらえませんか?』

『研究所』

つまり、ここからかなり近くに彼、あるいは彼のパートナーがいるのだ。

『蒼太は?』

『研究所に近い場所にいます』

『1人か?』

『いえ』

『パートナーの了解を得たら、研究所の門前に来てくれ』

僕は紙に、聖の言葉を書写していく。

「どうします?」

「研究所…。分かった。行こう」

意外な言葉に目を見開く。

『その声、輝樹だよな。なぁ、お前のパートナーって輝樹だよな!?』

『うん。今、了解を得たよ』

『そっかぁ。予想通りだ』

その予想について、詳しく聞きたかったが、時間が時間だったので、最後にこう言った。

『聖…、心配かけてごめんなさい』

『元気そうでよかった。待ってるぞ』



僕は再び、輝樹さんの肩を支えつつ研究所に向かう。


あの時、僕は輝樹さんが泣きそうな顔をしていたことを知らなかった。自分の葛藤うんぬんより、僕の気持ちを優先していたなんて、考えてみれば分かるのに、聖に会えるそのことだけしか頭になかったのだ。









………第二夜へ続く


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