【暗黒の狂詩曲】
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※第三者視点
真夏の日差しが照り付ける昼近くの時間に奏は、城の寝室から国立図書館に出向いていた。世間では夏休みが始まったばかりで、里帰りする生徒、スクールの自習室で進路のために勉強する生徒がいるため、この時期に図書館にくる生徒は少ないので彼にとっては、好都合だ。今日は、あのデスゲームについての資料を借りにいくために、わざわざこの炎天下の中向かっているのだ。
町のはずれに館らしき建物が、そびえ立っている。実はここが俗にいう国立図書館なのだ。図書館の扉を叩くと、中から老婦人が現れた。
「お久しぶりです。操おばあさま」
「相変わらず固い挨拶だなぁ。奏は」
「………」
「いま、透が昼ご飯を作ってるから食べていくか?」
普段なら、透のご馳走を食べてからゆっくり話したいが、今はそれどころじゃない。
「いや…時間がなくて…倉庫裏の本なんだけど…」
「あぁ、棗も言ってた例の本か」
「ありますか?」
「あるけど、お前に必要な本か?」
あのゲームを知ってはいるが、まさか奏が関わっているとは夢に思ってないだろう。
「データ収集が僕の趣味ですから」
「スクールの課題ぐらいあるだろう?」
「課題はテスト前にすべて済ませました。復習も忘れてませんからね」
「流石あの2人の息子だな。感心するねぇ」
「からかってないで、早く貸してください」
「分かった。そこで待ってろ」
玄関に導かれてそこで待機する奏。ちらっと腕時計を見ると、11時45分を差していた。
(おそらくメインゲームは、今日のはずだ)
時計から目を離すと、黒い風呂敷に包まれた書物を操から渡される。
「お前のことだから、心配してないけどこれは門外不出の書物だ。いいな」
「えぇ」
丁重に受け取るとそのまま、クリスタルキャッスルに戻る。その寝室に戻ると、ベランダに瑠唯と青龍がいた。
「先輩…」
「おかえり、奏。例の資料は見つかったのか」
「キュー」
「えぇ。ただし機密事項なので、これには触れてもらいたくありません」
すると、瑠唯の顔つきが険しくなる。部外者扱いされるのがたまらなく不愉快なのだ、
「異論ならゲーム後にいくらでも聞いてあげますから」
「キューキュー」
どうやら、青龍も納得がいかないらしい。
「ドラゴンを連れ込むのは、いい加減やめて貰えませんか?仕事道具としては、大切かもしれませんが」
無関係であろう彼には、この情報に携わってはもらいたくない。例え、平和の象徴である四龍だとしてもだ。
「仕事道具以外でも、青は私の大切な仲間だ」
「じゃあ、何故兄さんを恋人に選んだ?同じ龍系なら青龍を恋人としてもよかったかもしれないのに」
そうすれば、今ほどきつく傷つくこともなかった。その気遣いを込めて言ったのに、瑠唯はますます険しい顔をする。
「輝樹がそういう物差しで私を見なかったからだ。伝説の銀龍の娘、伝説の戦士達の娘。そんなの、母さんや父さんが成し遂げただけだろう?私は何もしなかった。なのに勝手に物差しで図られて、どれだけ理想に近づくために、苦労したか…。あいつはそれを取り払ってくれたんだ」
「じゃあなんで青龍と、いつも一緒なんですか?仕事ならともかく」
デスゲームそっちのけで、話が進む。それはまずいと考えた青龍はやむを得ず声を発することにした。
『今はそれを口論する場合じゃないだろう。輝樹が生きてるうちに、やり遂げなければいかんだろうが』
聞いたことない声に思わず、顔を見合わせる瑠唯と奏。すると青龍が盛大なため息をついた。
『すまん。ずっと隠してた』
「青…」
「今更驚きません。そうですね、貴方の言うとおりです」
まるで壊れ物を扱うように、慎重に風呂敷から書物を取り出す。そこには『The death game』と血の色で題名が書かれたおどろおどろしい書物が現れた。
「作者名は不明…」
ページを開くと、ゲームの主催者の名前が真っ先に挙げられる。礼が参加した年代を重ねて第150回から見ると、あることが分かった。徳川爽の名前が参加者ではなく、主催者側として挙げられていたのだ。
「…やはり、蒼太がエントリーを許可されたのはこのためだったのか」
「おそらくは。にしても、あんな秘密主義な主催者側のゲームのデータを、よく本として出せましたよね」
奏が、あのゲームのデータを知れたのは、もはや奇跡と言っても過言ではない。
『つまり、作者も参加者側だった』
その言葉で納得する2人。
「でも、何のためにこの作者は、書籍として残したんだろう」
「答えは一つしかないでしょう。作者も僕らと同じ考えで、このゲームを壊滅させるためにデータ収集をしていた」
「その作者の名前さえあれば、協力を要請できたかもしれない」
首を横に振る奏。
「それは無理ですね。参加者だとすれば情報を漏らせば、間違いなく主催者側からなんらかの制裁を受けるでしょうから」
「………」
『この書籍、何年に書かれた?』
本の一番最後のページを見ると、20年前になっていた。その証拠に、第167回で終わっているのだ。
「やはり、何者かによって、作者は殺されたようですね」
「20年前…確か私達が生まれるちょうど1年前。タナトスだけはメンバーチェンジしていない。つまり…輝樹はタナトスと血が繋がっているわけか」
輝樹自身に偏見はしない。だが、タナトスが父親だとすれば輝樹としては、複雑な気持ちになる。
「まさか、タナトスが父親だなんて。兄さんが知ったらどう思うでしょうね」
輝樹は、このゲームを心底憎んでいた。でも自分の実の父親は、ゲームを続けている。2人が出会えば当然、衝突は避けられない。
「でも、主催者側はタナトスを除いてメンバーチェンジしてる。となると、母親は…」
「参加者だったってこともありうるわけですね。タナトスと恋愛するなんて、よほど狂人ですね」
「いや、望まない形で…ってこともある。口封じのため辱めを受け、そのまま殺された」
「タナトスに無理矢理された?情報漏洩を防ぐために…だとすれば、その参加者も兄さんもお気の毒としかいいようがありませんね」
拳を握りしめ、眉間にしわを寄せる奏。
「母さんも父さんもそれを知った上で、兄さんを育てたとすれば…」
「生まれてきた輝樹にも、養育者の中川夫妻にも罪はない。罪があるのは、元凶であるタナトスだ」
「まさか、兄さんはそれを知ってしまったから…地下世界に残った?」
前回のゲーム、瑠唯は3日間ずっと輝樹のそばにいたのだ。しかし、奏の言うように、その真相を知ったかと思えば、そうではない。いまでさえ探し続けているのだから。
「…違う。私達はずっと一緒だった」
「ますます、兄さんの目的が分からなくなった。いったい何のために…」
瑠唯が考えられるただ1つの方法。
「ゲーム壊滅のためのデータ収集。あいつはそのために残ったのかもしれない…」
「佐伯先輩より、データを優先した」
「…残念ながら、そうみたいだな」
肩をがくりと落とす瑠唯。青龍は、それを複雑な胸中で見ていた。
『瑠唯…』
「青。私だけだったのかな。輝樹を想っていたのは」
『あいつの思惑はどうか知らんが、それはない』
「データを優先したにせよ、それは貴女を二度と危険な目に遭わせたくなかったからだと思います」
「だったら、どうして連絡を嫌がる。罪悪感があるにしてもおかしいだろ!?」
「きっと悟られたくなかった。結果的に貴女を見捨てる形をとってしまったことを」
「輝樹の馬鹿野郎…」
ベッドのスプリングを拳で叩き、それ以降ずっと険しい顔をしていた。青龍には、その瞳の中で哀しみも見えていた。
『奏。もし、輝樹達の位置が判別したらまた連絡してもらえないか。俺は瑠唯を別の場所に連れていく』
顔を上げる瑠唯。その顔は納得がいかない顔だ。しかし、そうでもしないと瑠唯の心はまた壊れてしまう気がしたのだ。
「どうして。ゲームに関わったらいけないのか!?私だって…」
「佐伯先輩」
低く落ち着いた声に何が言いたいのか、すぐに分かった。首をぶんぶん振ってから、瑠唯は立ち上がる。
「頭冷やしてくる」
「気持ちの整理がついたらいつでも帰ってきて構いませんから」
頷く瑠唯。その後、青龍の背中に乗り上空を目指す。誰にも見えず、誰にも聞こえないところまで上昇した時、ふと瑠唯が呟いた。
「なぁ、青」
『ん?』
「私、輝樹に何をしてやれる?」
『………』
輝樹の名前を出す度に、青龍が黙るのだ。長年いたが、最近そういう態度をされるので、気になっていた。
「青は、輝樹が嫌いか?」
『嫌いじゃないさ。とても仲間思いのいい奴だ。だからこそ巻き込みたくなかったんじゃないか』
「でも、1人で抱えてほしくなかった。あてにされてなかったんだよ私は」
輝樹のことには、悲観的になる彼女を見て身近にいる彼としては、苦しくなる。
『俺に話してくれるのは、有り難いが、前のお前はもっと明るかった』
「すまない。青にまで心配かけたみたいだな。これでも隠してたつもりだけど」
『………』
「ゲームが壊滅したら、アクアマリンさんにお前を返却しようと思う」
その言葉に目を見開く青龍。一度だって瑠唯の口からそんなことを聞いたことはないのに。
『…そうか』
ことのほか悲しげな声だった。ただの義務感で、そばにいるのだと信じきっていたから、瑠唯は軽い衝撃を受けた。
『いつか、その日が来るだろうなと思ってはいた。お前と初めて出会ったときは、ずっとそばにいられると思っていた』
「青…」
『嬉しかった。お前が懐いてくれたこと。頼りにしてくれたことも。でも…お前の心は常に輝樹がいた。それが少し寂しかった』
ずっとしゃべらないふりをしていたのは、自分の本当の気持ちを悟られたくなかったからだし、それを他の誰かに聞かれるのも嫌だったからだ。
『彼との仲を、応援しようと思った。でも本当は複雑だった』
「すまない。お前の優しさに甘えてばかりだったな…」
『いい。礼もそのつもりで、一人っ子のお前に俺をプレゼントしたんだから。これは俺自身の私情だから』
「…負担かけすぎちゃったな」
『いや、俺にとっては心地よかった』
「青。あんた…私のことが好きなのか?」
瑠唯の言葉にきょとんとする青龍。
「だって、返却期間はあんたが向こうに帰りたがったらってことだし。でも、ずっといてくれたから」
『何を今更。輝樹以外の気持ちには本当に鈍感なんだな。聖も気の毒だ』
「じゃあ聖も?」
深く頷く青龍。半分冗談で口説かれていたから、まさか本気でないだろうと高をくくっていたのだ。
『輝樹を失ってからは、自分が瑠唯を支えてやりたいと俺の目の前で、言ってきたからな。あれもなかなか健気なところがある』
「聖は、罪悪感だけで私を見てたわけじゃなかったのか」
振り返ってみれば、いつもお調子者で、豪快に笑う彼がいた。でも、心が壊れてしまいそうになったとき、献身的に助けてくれたのだ。
「でも、はとこだろ?」
『まあな。最後はもう諦めてた。瑠唯は輝樹しか見ないと。あいつなりに見切りをつけたみたいだ』
「………」
『俺も諦めようと思った。でも、もう会えなくなるなら、言っておこうと思った』
瑠唯が輝樹にしか気持ちが動かないのは、分かりきっていた。だから黙ったまま去ろうとも思った。だけど自分がいたことを、彼女に刻み付けたくて、あえて告白したのだ。
「ありがとう…」
そのありがとうを聞いて、青龍は一筋の涙を流した。瑠唯は、彼のプライドのためにも、涙を見ないように背を向けた。
「ありがとう青。あんたの本当の名前だけ、最後に教えてくれないか」
『アクアマリン・レーネッド』
聞き覚えのあるその名前に、瑠唯はあわてて振り返る。
「あ、あんた…」
『プリンス・アクアマリンの弟だ』
「えっ…」
『兄が主人ってこと。実は礼しか知らない話だけど、俺は龍人族らしい。今は龍の姿しかお目にかかってないが、別れの時は本来の姿でお前と会うつもりだ』
プリンス・アクアマリンの顔を思い出して見る。年上の割には幼い顔立ちで、若々しいイメージがある。
「じゃあ…本当の歳は」
『38歳。礼からはロリコン、ロリコンってからかわれるけどな。あいつだって10歳も違う女と結婚したくせに、よく言うな』
「す、すまない。てっきり同世代かと。年上相手に敬語も言わず…」
『反ってその方がフェアだろ?俺としては助かったが。年上扱いされたくなかったし』
「………」
『とにかく、お前はあのゲームを壊滅することを考えてくれればいいから』
話を切り上げる合図だ。きっとこのことは、今後も青龍と瑠唯、そして彼を彼女に提供した礼しか知らない秘密事項になりそうだ。
「…分かった」
しばらく上空にいたが、気持ちに整理がついたのか、奏のいる場所に帰ることを青龍に命じると、すぐに向かってくれた。着いた時には、離れていた時間の短さに驚きを隠せない奏がいた。
(なんとしても、このゲームを終わらせよう)
思惑は違えど、その気持ちだけは、奏も瑠唯も青龍も皆、同じだった。
………be continued