【暗黒の狂詩曲】
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※聖視点
10時に到達したと同時に、最初の目的地である時計塔に漸く着いた。灰色の雲さえも突き抜ける塔の高さに圧倒される。
「ここが輝樹の言ってた時計塔…」
「来たことあるの?」
「ある」
瑠唯と輝樹と俺が最後に会った場所だ。ちなみに、去年の指令本部がここだったのだ。懐かしくも悲しい思い出が胸に広がり、それ以上何も言えなくなる。そっと背中を触れられる。
「悲しかった?」
「…わざわざ気を遣わなくていい。俺は目的を果たすためにここに来たから」
「…そう」
時計塔の扉を開けると、エントランスの中央には、巨大な歯車が回っている。どこもかしこも、去年と変わってない。必ず、輝樹もここに来る筈だ。どうして、自殺しようと思ったのか、瑠唯を手放そうとしたのか聞きたいことがある。
「ねぇ…」
「ん?」
「ここ、前に来たことがあるなら仕組みとか分かるわよね?」
だいたいの構造は分かっている。どこに何があるかもしかりだ。俺達は階段を上ることにした。歯車の噛み合う音がこの空間を支配している。
「あのさ…あんたは行ったことないの?」
「地下世界イコール闇一族の住家と思われがちだけど、そうじゃないのよ。私達がいた拠点は、地下世界のほんの一部。そして地下世界全体は、このゲームを支配してるKON☆TON倶楽部の拠点。今回初めて参加した私が分かるわけじゃないのよ」
かつて、地上世界を揺るがした闇一族が所有する土地は、地下世界のほんの一部でしかなくて、本来支配しているのはKON☆TON倶楽部らしい。だとすれば、闇一族も支配されている方なのかもしれない。
「じゃあ、あんた達も?」
「支配されてるわ。闇一族であってもエントリーされれば拒否権はない。主催者のリーダーは、闇一族も地上の人間も人だと考えてないもの」
「闇雲ウイルスは…」
「おそらく闇雲ウイルスに人格を形成したのは、主催者側と言える。でも、それにプリンスは乗っとられてしまった」
爽さんが、このゲームに関係していたのは、間違いない。
「じゃあ、親父がそのゲームに参加してたっていうのは分かるか?」
「いいえ。礼が参加した時代、私達はまだ物心ついてなかった。リストは玲奈が持ってた筈だけど、主催者から外れれば記憶が消されるの」
「ゲームの機密情報が流れないようにか?」
「このゲームを破壊しようとしてた参加者がいるから。未然にそれを防ぐために記憶を操作するらしいの。でも、プリンスの記憶は未だ残ったまま。地上世界に帰ったら操られる前の記憶が一気に襲い掛かってくるかもね」
爽さんが親父を元の世界に帰したのが、幸せ以前に、凄惨な過去に巻き込むのを防ぎたかったと仮定する。そうなると2人は、19年前の大地震以前にこのゲームの現場で会ったに違いない。いずれかが主催者側だったから、一般人の蒼太がエントリーしても受理されたのだ。
「とにかくその真相を掴むには、この先を進むしかない」
階段が途中で途切れている。ここのためにわざわざ能力を使うのはどうかと思うが、いつ侵入禁止区域になるか分からない。悩んでいるうちに、サキュバスは黒い翼を広げて、続きの階段に飛び移る。
「サキュバス?」
「他の人に見つかってもいいデータなの?」
「そりゃ、困る」
階段から助走を付けて飛び移る。すると、ブザー音が聞こえる。
「まずい!!伏せろ」
半ば無理矢理、サキュバスの体に乗っかり、伏せさせる。機械が動く音がまだ地面から響く。
「い、いったい何?」
「主催者側がいる…。一度ここを出るしか方法はない」
「でも、時間が…」
「あんたの命の方が大事だろう」
立ち上がり、サキュバスを背に乗せると急いで時計塔を脱出した。
「どうして?あそこは監視を潜り抜けてまで行く場所でしょ!!」
さっきの行為が納得いかないのか、ひどくご立腹の様子だ。
「悪い。実はあそこ、前の放送してたところで、アンドロイドが2体いて」
「アンドロイドが何よ!」
掴みかかりそうになる彼女の手の平を握る。
「主催者側の作ったアンドロイドだぞ。それに…あれを操るには主催者側でもてこずるほど難解かつ強大な力を秘めてる。いくらあんただって無事じゃいられない」
「…私のことなんか、心配しないで!」
「一度失った命だろうか!粗末にするなら許さない!!」
「えっ…」
「雅也さんの分まで、生きろよ!!それくらいの覚悟で、殺した人の本来歩むべきだった人生の分までまっとうしてくれよ。でなきゃいくら俺でも許せないよ」
「ま、雅也がそう言ったの?」
その言葉にはっとする。
「………。雅也さんは、玲奈さんの気持ちを汲んでいた。本来あんたが手を出さなければ、雅也さんは死ぬこともあんたが一度死ぬこともなかった」
それによって、玲奈さんがどれだけの心の傷を抱えてしまったかは予測はできない。
「まあ、ある意味あんたのおかげで俺達は生を受けた。そう思うと憎むべきなのか、感謝すべきなのか、改めて思うけど複雑だな」
「………」
「けど、守るって決めたんだから、最後まで守らせてくれよ」
闇一族も地上世界な人間も関係ない。いま俺達はパートナーなのだから。
「………」
「時計塔はまた今度だ。今は早すぎたみたい」
不安がらせないように笑い掛けると、逆に困惑された。
「今の状況下で笑えるなんて、神経いかれてるんじゃない」
「え!?」
気がつけば、両方の手にサバイバルナイフを構えた銀髪の女がこちらに殺気立った目つきで見ている。
「貴方も大概しつこいわね」
「獲物をこちらに渡してくだされば、サキュバス先輩の命の保障させていただきますよ」
サキュバスもリュックサックから2本の鞭を構える。
「断る」
「理解できませんね。この男は私達闇一族を破滅寸前まで追い込んだ徳川礼の実の息子なのに。何故徒党を組むんでしょう」
「貴女に答えるまでもないわ」
鞭が地面に叩き付けられる。サキュバスも相当殺気立っている。ここで一度能力を使うつもりなのだろうか。
「サキュバス」
「いったんパートナーは解散してもらうわ。貴方は彼に会うがいい」
「死ぬ気か!?あんた」
「…さあね。これ以上いたら巻き込むわよ?」
しかし、パートナーになった以上こうなることぐらい予想していた。今更解散するわけにはいかない。
「上等!」
女性相手に気は引けるが、自分がやられるなら容赦しない。蠱惑的に微笑み、無数のナイフが投げつけられる。先ほどより、射程範囲が広くなっている。オーラだけではねつけられる数ではない。かといって、ナイフを落とす器用な芸当はできない。一方、サキュバスは鞭を振り回し、自分に向かうナイフをはねつけている。しかも、ティビィにそのまま近づいているのだ。
「流石、先輩。かつて幹部をしてただけありますわ」
「貴女があまりにも単純だからよ」
単純といいつつあんな短時間で、膨大なナイフを投げること自体ありえない。
「いまだに鞭使いなんて、古すぎですわ」
最後まで言い切る前に、左足を振り上げる。それを右手で受け止める。
「貴女の心理は丸分かり。動きも然別よ」
「くっ…」
つくづくかわされるのが、よほど気に入らないのだろう。左足を掴まれたままの姿勢で、足ばらいしようとするが、そのまま地面に突き落とされる。
「貴女1人では、無力に相応しいわ。どうして妹を連れてこないの」
「そ、それでこそ、先輩に言う理由はないです…」
「場合によっては、貴女のその首輪爆破しちゃうわよ」
お互い無言の牽制を掛ける。サキュバスの鞭使いは、素人の目から見ても正確だ。それに、雅也さんをその鞭で刺したのだから、加速すれば、ただの鞭が鋭利な刃になることも実証されている。しかし、その距離の近さでは逆に爆破されてもおかしくない。一方が動けば、もう一方も動く。相討ちの可能性も出て来る。ここは介入することなく、あくまでも傍観者になるしかないようだ。
「ふふふふふ。随分とリスキーな提案ですね。私の首輪が爆破すれば、この距離じゃあの衝撃で先輩の首も吹っ飛びますよ」
「この状況でも冷静なのは、感服するわ。いいわ、今度は、2人でかかってきなさい」
「その言葉、忘れませんからね」
すると、一瞬でティビィが消えてしまった。渇いた笑みを漏らすサキュバス。
「渡せば、よかったのかしら?」
「あんな鉄仮面女嫌だね」
「あなたぐらいの歳よ?」
見た目だけいえば、明らかに年の差からして違う。それに、サキュバスは母親と歳もそう変わらない。でも、殺人犯であれ彼女の方が人間臭くてかわいいのだ。
「見た目だけで判断するような男じゃないの」
「あらそう。でも時計塔が行けないとなったら行くべき道は?」
「リスキーな研究所だな」
「…今、何時?」
答えようとした瞬間、偉く大きな音のアナウンスが流れる。
『ただいま10時30分。11時よりA3エリアが侵入禁止区域エリアに加えます。尚、11時30分の放送は、本部放送となります』
この近さだと、時計塔で1時間ごとの放送が流れていたことになる。どうやら指令本部が別にあるようだ。
「………おかしい」
「おかしくないさ。このゲームのメインイベントが今日の昼から夕方まで行われるから。そのための本部の放送」
「メインイベントって」
「主催者側の趣味らしいよ。戦う意思を促進させるんだって」
前回は、侵入禁止区域以外の安全な場所で避難していたから、詳しくは知らない。
「今回はカードが関わるわね。トランプのカードの総数は52枚。そしてジョーカーを2枚加えると54枚。でも、参加者は全員で44人」
「必然的に10枚余る」
「どうやら今回は、その残った10枚のカードが動きそうね」
「多分な」
時計塔から脱出して15分の間に、俺達は研究所を目指す。暗黒の月か、時計塔と重なる。その風景の不気味さに、緊張感が増す。
「研究所の内部については?」
「いや…俺自身は分からない。内部構造はあいつのみにしか」
「じゃあ、ずっとは、一緒じゃなかったのね」
「最後の最後で、あの時計塔で再会した。でも、それ以来一度も会えなかった。連絡がついたのも奇跡的に近い」
「こんなこと言えば、酷になるけれど、その一年間貴方にとって…」
「地獄だった」
中川夫妻の憔悴と罵倒、瑠唯の自我が崩壊しかけたこと。親父との確執。そして、眠れない毎日。いつ自分が後追い自殺してもおかしくないくらい精神状態の中、生き続けてきた。しかし、あの日自殺しようとあの崖を目指した時に、偶然蒼太が現れたのだ。蒼太が崖から飛び込んだ時、気がつけば助けていたのだ。
「でも、蒼太が俺を必要としてくれた。最初は、親父に自分の行方を知られたくなくて、半分拉致みたいな真似をしたけど、それでもあいつはついてきてくれた。こんなデスゲームを一緒に参加するなんて…言って。あいつ、一般人のくせにやたら度胸あるんだよなぁ」
「本当、プリンスそっくりねぇ。プリンスはずっと礼を守りたかったのよ」
「じゃあ…闇一族になったのは?」
「礼を…こちら側に入れさせないためだったの。結果的にはよかったとは言い難いけど」
このゲームに関与していた。そして爽さんは闇一族になった。本来強大な力を持っていたのは親父の方で、闇一族側も利用すれば、地上世界を殲滅するなど簡単な筈だった。それを阻止するために、自分の兄には闇に染まってほしくなくて、自ら犠牲になったのだ。
「親父のために。じゃあなんで親父はその記憶がないんだよ…」
「…消された。そう言ったよね貴方。礼はこのゲームの参加者だったのは、本当よ。私プリンスから聞いたもの」
「いつ…何回目の時だ!?爽さんの記憶は残ってるんだろう?聞き出さなかったのか」
「プリンスは、案内係をずっとしてたの。今は機械音だったけど、闇雲ウイルス思念体事件の2年前までわね」
「外されたのは、何故…」
「時代追放されたから。あれをされると向こうもどうしようもないらしいの」
「じゃあどうして、親父はエントリーされない?どうして…」
「輝樹っていう子とおんなじことしたのよ。プリンスは、データを改ざんして礼をエントリーできなくさせたの」
つまり、爽さんもなかなかの頭脳派だったわけだ。無学の蒼太が頭がいいのはそこからきたと思う。
「つまり、直接やり合うのではなくデータで、誰も殺さずにこのゲームを終わらせるのね」
輝樹がなしえなかった本来の夢が叶えられる。奏が蒼太を利用価値があると言った理由。これは輝樹と蒼太の仕事になりそうだ。しかし、俺はそれを阻止するものを排除しなければならない。
「な、サキュバス」
「ん?」
「参加者以外なら、倒しても罰にはならないよな?」
一年前誓った約束を自ら破ろうとしている。でも、カードを得ないと有利にはならない。
「別に私に許可なんていらないわ。邪魔する輩はすべて排除するだけ」
「頼もしいねぇ」
「私を誰だと思ってるのよ」
強気な瞳に、彼女となら輝樹達の邪魔をせずに、このゲームに有利に進めるかもしれないなと思った。
………be continued