【暗黒の狂詩曲】

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『ただいま午前9時30分。10時にA6エリアが新たに侵入区域エリアとなります』

医療所のエントランスからアナウンスが聞こえてくる。輝樹さんが手術室に運ばれてかれこれ1時間が経つ。やはり、体内に毒の転移が広がりすぎて、それを取り除くには時間がかかるのだろうか。

腕時計が刻む針の音が、やけに耳に響く。幸い探知機に赤い点が、ない。しかしいつ来るか分からない。輝樹さんもいないこんな状況に襲い掛かれば、一溜まりもなく僕は殺されるだろう。

しばらくすると手術室の赤いランプが消える。さっきの医者の手で意識がないまま、輝樹さんが運ばれていく。

「あの…先生。彼は…」

彼に縋り付く。輝樹さんを助けられるのは僕ではなく彼なのだ。彼は他の医者達に輝樹さんを乗せた担架を集中治療室に運ばせる。

「あと5分遅かったら、だめだった。毒が首まで転移してた。誰にやられたの?」

「僕の知らない人です」

君がしたの?とは聞かれなかったのがせめてもの救いだろう。輝樹さんが刺された状況をすべて説明する。

「…そう。君をかばって」

「彼は闇一族を怨んでました。そして僕は闇一族の子孫です。彼は闇一族を憎んでたハンターから僕をかばいました」

「そう…」

「集中治療室にいる彼は、いつ意識を取り戻しますか?」

「分からない。それは輝樹くん次第だ」

「あの、昨日も気になっていましたけど、どうして輝樹さんを知ってるんですか」

目を見開く医者。触れられたくない何かを抱えているのだろうか。

「君が優勝したら教えてあげるよ」

それは暗に絶対教えたくないと言いたいのだろう。僕が優勝する確率は0に限りなく近いのだから。

「なら、これだけは答えてください。どうして彼や僕に優しくするんですか?他の主催者は僕らをゴミを見るような眼差しを向けてくるのに」

すると眼鏡を外し、僕の隣に座る。

「かつて、僕も君達と一緒の立場だった」

彼も僕達と同じ参加者だったのだ。

「大切な人を奪われてね。その人を取り返すのが僕の願いだった。でも、優勝した時はすでにその人は死んでいた。彼女は傷だらけで最後まで主催者に抵抗したんだと思う」

かつて僕ら以外にも、ゲームにたいして激しい怒りを抱いた人がいたのだ。

「僕はその人が死んだ本当の理由を知るためだけに、主催者側になった」

何も好き好んで主催者側になったわけではない。やむを得ない理由で、憎まれ役を演じなければならなかった。

「その人は貴方の恋人でしたか?」

目は見開き、やがて鋭利な瞳に苦悩と憐憫を拭くんだ表情が宿る。

「そうだよ。彼女が参加したゲームの前日に優勝者になって、このゲーム自体を壊滅したら、結婚しようって…。でも、その約束は主催者側に潰された」

「だったら輝樹さんは憎いはずですよね。主催者側の血筋なら」

「負けたよ君には。実はね彼女は輝樹の実の母親だった。でも、彼は僕の子ではなくて、誰かの手によって、強姦されてできた子なんだ」

その言葉に戦慄が走る。血筋そのもの以前に、それではあまりにも輝樹さんも輝樹さんの実の母親も可哀相すぎる。

「じゃあ…輝樹さんは望まれて生まれたわけじゃなかったのですか?」

「それは生んだ母親のみが知ってることだよ。彼女の忘れ形見だけは大切にしたかった。でも世間がそれを認めてくれなかった。だから、施設に預けるしかなかったんだ…」

そして、中川夫妻が輝樹さんを引き取り、去年のゲームが行われる前日まで、実の子として育てられた。彼らの実の子ではないと知っていたにせよ、この生い立ちを聞けば正気でいられるはずはない。

「何度も主催者側に抗議した。でも私の手ではどうすることもできなかった。去年偶然彼がここに来た日、直感で分かったよ。昔愛した人の子だってね。身なりも顔立ちもすべて彼女そっくりだった。だからこそ、彼には生きてほしかった」

医者の言い分は分かる。でも一つだけ納得できない部分がある。

「だったら何故、今回のエントリーを阻止して下さらなかったのですか!?主催者側の貴方ならデリートも可能だった。聖も巻き込まれずに済んだのに!!どうして悲劇をまた繰り返すようなことをするんですか」

気がつけば彼の肩をきつく掴んでいた。

「タナトスの言葉は絶対。だから僕は抵抗できなかった。真実を探るため、僕は生きていてほしいと願った輝樹くんを見捨て、彼が守りたい聖くんも巻き込んでしまった」

それを輝樹さんが聞いたらどう思うのだろうか。僕が能力者なら、彼を1発ぐらい殴れたかもしれない。それぐらい彼が憎くて腹立たしくて仕方ない。

「でも、心のどこかで期待してる自分もいる。彼らがもう一度参加すれば、このゲームを終わらせてくれると」

「………」

きっと彼は僕らと同じ側に立ちたかったのだろう。でも何事も変えがたい大切な人の真実を知る代償として、どうしても主催者側に立たなければならなった。

「でも、どうして」

「優勝者は、1つ願いを叶えてもらえるけど、このゲームの出来事は一切思い出せないように、主催者から操作される。それはつまり彼女が戦ったことを忘れる。彼女にとってのすべては、この狂ったゲームを終わらせることだったから。それだけが彼女のすべてだった…。だから支えたかったし、支えつづけた。その記憶だけは何事も変え難ったから、主催者側にならざる得なかった」

このゲームの真実をかいま見る。つまり、輝樹さんは願いも叶えてもらえなかったし、主催者側にもなれなかった。さらに、主催者側の血筋ゆえに再度参加させられるという悲劇的な出来事にあたったのだ。そう思うとより一層彼が可哀相で悲しくなる。

「輝樹くんの選択。正しかったと思うよ。願いは叶えてもらうんじゃなくて、自分で叶えるものだって言ってた。ここだけの話だけど、タナトスは自分で瑠唯さんをエントリーさせなかったとおっしゃったけど、あれは嘘なんだ。輝樹くんがウィルスをパソコンに送り混んで阻止した。聖くんのエントリーもデリートしようとしていたんだ。残念なことに、そのパソコンは主催者側の判断で没収されたけどね」

人為的に操作されたのではなく、あらかじめ聖も瑠唯さんもこのルールのしきたりを倣って、エントリーされていたのだ。それを阻止するために輝樹さんはパソコンを操作していた。

「でも、誰1人としてそのウイルス源が分からなかった。だからパソコンが用無しとなった」

つまりどこかに捨てられているか、アイテム交換所に安直されてる可能性が出てくる。

「もしかしたら、そのパソコンが見つかれば、ゲームそのもの自体を破壊できるかもしれない」

しかし、タナトスの発言は絶対的な力を持つと彼は言った。もしそれを実現してしまったら謀反の罪で殺されてしまうに違いない。

「死ぬ気ですか!?」

「彼女が死んで、一度も生きた心地はしなかった。このゲームが繰り返される度、参加者は、本来迎える未来さえも奪われ安らかに眠れず、屍と成り果てる。私はもうそんな状況を見てられないんだよ。処刑人の2人は狂ってる。タナトスだって…」

すると、医者の一人が彼を呼び出す。

「…ごめん。外せない用事ができた。輝樹くんのこと言うか言わないか君に任せたよ」

それだけはどうしても頷けなかった。それを聞かされた赤の他人である僕でさえ、胸に痛みが重くのしかかってるというのに、当事者である彼に言えば、どうなるか分かったものじゃない。しかし、これが彼の求めていた真実ならどうだろう。時計塔にそのことを細かく記した資料を手にすれば、いやでも想像できてしまう。言わなくても言ったとしても結果的に彼を苦しませてしまう。

すると、医者とは明らかに違う人物に肩を叩かれ、思わず身をちぢこませる。

「怖がらないで」

振り向くと、初老手前の穏やかな笑みを浮かべる男性の姿があった。

「さっきの、聞いてましたか?」

「いや、ついさっきここに来たからなんにも」

あのことは、僕と医者の秘密だ。例えこの人に戦意が無くても聞かれたならまずい。とりあえず聞いてなかったようなので安堵する。

「君はどうしてここにいるの?」

「…パートナーがいま病室にいるので」

「裏切り行為も可能なのに」

「何が言いたいのですか」

「ここに留まるのは危険だ。彼には悪いけどパートナーを組み直そう」

「相手の方は了解なさいましたか?」

「いや、パートナーはこのゲームの序盤に自殺した。人殺しにはなりたくないってね」

全体放送で聞いた死亡者の名前を思い出す。

「あれからずっと1人きりさ」

「貴方には、お気の毒ですが、お断りいたします」

「メリットはあると思うよ」

それからメリットを伝えられたが、さっきのことで頭が一杯なので、もう一度丁重にお断りした。

「…どうしてもだめみたいだね」

「先約がありますので」

「そういえば、昨日徳川くんを見掛けたよ」

その瞬間、左脚の痛みも忘れて、立ち上がる僕。

「どこですか?」

「寂れた商店街。そこはもう侵入禁止区域になってたけどね」

商店街からどこへ行ったかは聞けなかった。だが彼は確かにそこにいたのだ。

「ありがとうございます」

「…彼に会えるといいね。僕は安全な場所に行くよ。また会う日まで」

こんな僕に対して良好的な関係を築こうとしてくれた、彼に対してほんの少し申し訳ない気持ちになった。そして、その足で、輝樹さんがいる集中治療室に向かう。暗闇の中から微かに見えるガラス越しの彼。初めて見たときから線の細い人だと思ったが、か細い今の状況では、消えていきそうな儚さを醸し出されていた。

「輝樹さん…」

彼の声を聞きたくてガラスの壁に、耳を当てる。しかし聞こえてくるのは、彼の体に取り付けられた機会の人工的な音と、注意して聞かなければ分からない規則的な呼吸音だけだった。ガラスの壁の右隣りにあるドアに手をかけると、呆気なく開いたのだ。僕は彼の手を握る。

「輝樹さん…起きて…」

彼の手が異様に冷たかった。毒を抜いたということは大量の血液も抜かれたはずだ。ベッドの横たわる彼の顔に血の気は通っておらず、むしろ人形のように恐ろしく白い。

能力者であれば、自分の気を相手に送ったりできる。でも僕には特別な能力も印もないのだ。だからこそ歯痒かった。とにかく自分の手と彼の手をすり合わせるしかできなかった。


「ごめんなさい…僕が能力者だったら貴方をこんな目に遭わせることはなかったのに」


この時、改めて自分が役立たずで足手まといで、人の迷惑をかけることしかできない人間だと痛感した。

「ごめんなさい、僕が闇一族の血筋じゃなかったなら…」

最後まで言おうとすると、眠っていた筈の輝樹さんが目を覚まし、手を伸ばされ口許を押さえられた。

「これ以上…自分を責めなくていいから」

その手を自分の手と重ねて、そっと頬に移す。

「良かった。生きてる…」

「君のおかげだよ。あの時、君が逃げ出したら僕はお陀仏だった」

人工呼吸器を外し、起き上がろうとする彼を、押さえ付ける。

「まだ、だめです。安静にしてなきゃ」

「…今、何時かな」

「9時45分です」

「時間がないようだ。先を急がなければ」

押さえ付ける僕をはねつけて立ち上がろうとするも、やはり貧血ぎみなのかふらつく。彼を支えながら反論する。

「何をそう焦るんですか。貴方は大量に血を抜かれたんです。だから…」

「だからって、このまま動かずじっとしてろと言いたいのかい?」

「当たり前です。ただでさえ本調子じゃないのに無理は禁物です」

「しかし、今日を逃せば一生真実には辿り着けない。聖達にも一生顔を合わせられないだろうね」

その真実を医者から聞かされた僕は、それを今ここで伝えるべきか、真実を握るキーワードがあると言われている研究所あるいは時計塔に行ってから彼自身が知るべきなのか迷った。しかし、このゲームをする前にかつて彼の恋人だった瑠唯さんによれば、探究心旺盛な人だったらしい。それに医者経由で知った、彼自身は自分の手で真実を知ることを求めているという言葉を、信じれば、今ここで言うのは彼自身のプライドを傷付けてしまう。だからその時、僕は真実について何1つ彼自身に、言わなかった。














………be continued


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