【暗黒の狂詩曲】
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※蒼太視点
ランプに火をつけると、トンネルの中に入る。探知機には相変わらず1つの赤い光を示している。
「僕の後ろに掴まってて」
彼の腕に掴まり、前に進む。すると、前方にまがまがしいオーラを感じる。
「来た」
腕を強く掴むと、それが合図と認知した輝樹さんは、掴まれてない方の手で瞬時に魔法玉を投げつける。その魔法玉が地面にたたき付けられると、爆発音が広がる。
「相変わらず紳士のかけらもないのね」
その声は、昨日診察室で襲い掛かったあの女の人に違いない。思わず全身が震える。
「貴女ごときに言われたくない」
すでに次の魔法玉を生み出している。威嚇攻撃にしては、やりすぎな気がするが、彼女相手だとやむを得ない。
「後ろの坊やを差し出せば、貴方の命だけは助けてあげるわ」
「しつこい女は嫌いです」
「貴方もあきらめが悪いわよ」
「外せない約束があるんでね、彼とは」
「ふふふ。今頃、姉が抹殺してるかもよ」
その発言に目を見開く。輝樹さんは眉ひとつ動かさずに、クスクスと笑う。
「何故、それが分かる?」
輝樹さんは、彼女が誰だがまだ分かってなかったようだ。もちろん僕もだ。
「パートナーですもの」
「なるほど。敵にぽんぽん情報を与えるとは、貴女も相当馬鹿ですね」
「馬鹿は貴方よ」
突然魔法玉を数発、放たれる。足手まといにならないように、ナイフで魔法玉を切ろうとする。
「無駄よ」
ナイフで切ろうとしても、魔法玉は切られることはできない。必然的に僕に向かって集中的に魔法玉を放たれる。
「一般人相手に卑怯な真似を!!」
「一般人、何ほざいてんのよ。徳川蒼太は、私達がかつて仕えた徳川爽の息子よ!」
何故、それが彼女に分かるのだろうか。恐怖で足がすくんで動けなくなる。
「と、徳川爽の息子だと!?」
「そう、貴方は何も知らずに、彼と組んだのよ。馬鹿だと言った意味は分かったかしら?」
とにもかくにも、輝樹さんは魔法陣を出して、僕に集中的に向かう魔法を、消し去る。
「私達が彼を狙った理由が、理解できたかしら」
「………」
「驚いて何も言えないようね。考えがまとまったら、また会いましょう。いい答えが聞けると期待してるね」
何事もなかったのように、去っていく彼女。しかし、輝樹さんにしてみれば、衝撃の事実を知ってしまったゆえに、すぐには頭の整理ができないのだろう。トンネルの出口を抜けるまで、終始無口だったのがその証拠だ。
トンネルの出口付近で、彼の腕から離れ、立ち止まる僕。
「パートナー解消しますか?」
すると、何とも言えない表情を向けられた。
「驚いたでしょう?僕があの闇の統領の息子だったなんて」
「…騙したの?」
彼の表情が、険しくなる。
「…騙したと言えば納得しますか?」
「納得するわけないでしょ。ちなみに一般人だというのは?」
「それは本当です。貴方にある印が僕には存在しない」
「………」
「貴方が闇一族を憎んでると、聖から聞きました。だったら今ここで、僕を殺しますか?」
我ながら恐ろしいことを言っている。でも、精神と体は冷えきっているのだ。彼にとっては、なんともやりきれない気持ちなのだろう。深海の瞳が揺れている。
「僕を殺して、気が済むのなら構いませんよ」
「断る。確かに闇一族は大嫌いだ。でもパートナーを組もうと提案したのは、僕の方だ。今更君が闇一族だったとしても、聖と会うまでは変更はできないよ」
「…ごめんなさい。僕が統領の息子なばかりに苦しませました。これ以上いたら、貴方にまで被害を及ぼします」
すると、離れたはずの手を握られた。
「こんなか弱い手で何ができるの?血筋で判断はできないよ。君は君だから」
その言葉をどれだけ待っていただろうか。その言葉にどれだけ期待しただろうか。また涙が出そうになる。ふいに抱きしめられた。聖とは違う甘い花の香りがした。
「つらかったんでしょう?最初、僕を見たときも、怪物を見たような顔してたもんね。怖かったよね」
皆の前では強がってても、本来の警戒心は拭い去ることはできなかった。聖はそれも承知の上で僕に接してくれたこともよく分かる。でも、第三者の彼に言われるとは思わなかった。
「親は選べないもんね」
その言葉は、僕だけに向けられたものではない。まだ見ぬ本当の親を持つ彼自身に向けられたものでもある。
「中川夫妻には数えきれない恩恵はある。でも、知ってしまったんだ。僕は奏の本当の兄ではなくて、赤の他人だってね。誰にも明かせなかった。明かせば、聖も瑠唯も皆、離れる気がした」
「とにかく、行かなくっちゃ。貴方の真実を探さないと…」
闇一族の末裔だとしても、首領の息子だとしても瑠唯さんも聖も仲間として扱ってくれた。だとしたら、輝樹さんが何者だとしても2人なら関係なく、いままで通り友人として接するだろう。
「そうだね…。そしたら、聖にも瑠唯にも言える気がする」
するとゆっくりと離される。
「さて、時計塔までまだ時間はあるみたいだし、君の好きな魚がある倉庫に行こうか」
「は、はい」
魚のある倉庫はいまいるF5に隣接したF6にある。再度他の参加者がいないか探知機で調べる。どうやら数人が確認された。
「ピストル返すよ」
つまり自分の身は自分で守れという意味だ。受け取ると、輝樹さんはこう言った。
「これからは、僕だけの力じゃ君を守ってあげられない。僕は聖みたいに人を守れる強さはないからね」
「ぼ、僕頑張ります」
すると頭を撫でられた。
「無理しなくていいよ。君は自分を守るために最低限のことをしてくれたら、いい。無理に頑張らないでよ」
「あ、足手まといにはならないようにはします」
「じゃあ、魚探すの手伝ってね」
「はい」
倉庫の中にいる参加者に気づかれないように、細心の注意を払って、必要な食料をリュックに詰め込む。そして何事もなかったかのように、倉庫を出ると、昨日会うことのなかった人達に囲まれる。
「かかったな。徳川蒼太」
「おや、お仲間かな」
倉庫の中にいた人達も僕達を囲う。どうやら彼らはグルらしい。
「予想した通りだ」
「闇一族ハンターの方ですか?あの人達は」
「結構知ってるんだね裏事情を。ちなみに君の父親が捕まれば1億ペルー。君はその5割程度くらい。聖で500万ペルー。瑠唯だと1000万ペルー」
聖や瑠唯さんよりも僕の賭けられた金額の高さに驚く。それくらい憎しみの度合いも段違いだというのだ。
「つまり、彼らが闇一族の血筋だと知ってたんですか」
「さっき言ったよね。闇一族だろうとなんだろうと関係ないって。聖も瑠唯も僕にとっては特別だから。軽蔑なんてしない」
「それを聞いて安心しました」
初めて僕は人にピストルを向ける。
「僕を狙うなら、狙えばいい。けど、彼には指一本触れさせません」
「えっ…」
まさか対抗するわけないだろうと高をくくっていた参加者達がどよめく。
「気でも違ったのか!?」
「僕は正気です!!これ以上近づくと撃ちますよ」
とはいえピストルを構える手がガタガタに震える。人を殺すことに躊躇するのは、まだ良心があるということだろうか。狙う人に、対して抱く気持ちとして正しくないかもしれない。
「だから、今すぐ離れなさい。離れないとみせしめのために一人殺しますよ。貴方達の仲間を」
「うああああああ」
錯乱した参加者の1人が、僕目掛けて、サバイバルナイフを投げつける。この距離からして、避けることはできない。なのに、当たる感触を感じない。
「ぐぅ…」
なんと隣にいた、輝樹さんの腕にナイフが刺さっていた。つまり僕を庇ったのだ。それを目の当たりにして動揺して、ピストルを何発も撃ってしまった。
「蒼太くん、やめるんだ!!やめるんだ!!」
「へっ」
制止の声を聞くと我に返る僕。その隙にまたピストルを奪われる。
「あっ…」
抱き留められた。僕の視界を防いだままそのピストルを連発する。
「輝樹さん?」
「闇一族ハンターの皆さん。僕も貴方達と一緒です。闇一族のせいで大切な人を失った。でも、貴方達は同じことをしようとしている」
「このゲームに友情や愛情は負の要素だと、身を持って教えてくれたのは、あんただよな。前回優勝者の中川輝樹」
蔑みの目で見られていることは、実際見なくても分かる。
「確かにこのゲームは、そういう感情を引き裂くのがお好きでしたね。生憎、僕はそういうの嫌いなんですよ」
それは、監視している主催者側にに向けられた言葉ではないのかと、後ほど思った。
「ちなみに僕に賭けられた金額、教えて差し上げましょうか」
ちらりと辺りを見渡すと、後ずさる参加者が後を絶たない。知らないところで、さぞかし身の毛が弥立つほど恐ろしい笑みを浮かべている。
「貴方方の国家が1つ建ってもおかしくない額ですよ。貴方方が狙う闇一族の金なんて取るに足らないでしょう?」
彼の脇で探知機を見ると、誰ひとりいなくなったことがわかる。それを確認する前に、体重がこちらに傾けられた。そういえば、彼は右腕を負傷していたのだ。生暖かい液体を口にすると、鉄の味がした。
「どうやら、毒が塗られてるようだ。昨日の川に浸したナイフに刺さったみたい」
「すみません、僕のせいで…」
顔を見上げると、明らかに苦痛に顔が歪む輝樹さんの姿がある。昨日、現に毒が原因で殺された参加者もいるくらいだ。このままだといくら輝樹さんと言えども、死んでしまうだろう。
「輝樹さん、僕に乗っかって」
「何馬鹿なこと言っているんだ!これくらい自分で処理できる!」
「昨日のお返しがしたいんです!!」
すると、観念したのか僕の背中に、乗っかる。鳥のように軽いというのは、こう言うことだろうか。
「軽いんですね」
「…食べてないっていいたいの?」
「いえ、僕よりずっと大きいのに」
「胃下垂だよ。胃下垂」
「しゃべってて、平気なんですか?」
「むしろ、左足完治してないのに、背負うなんて考えなしにもほどがある」
「それくらい言えるなら、治療すればすぐに治りますよ」
「君も案外毒舌だねぇ。ちなみにここからだと、500m北にある昨日襲撃された医療所が近いよ」
治療が先か死ぬのが先か、分からないのに余裕そうな彼に驚きつつも、僕は確実にあの医者のいた場所に足を進めている。
「ねぇ、蒼太くん」
「なんでしょうか」
「左足が痛くなったら、遠慮しなくて言ってね。共倒れだけはしたくないから」
そうなれば、僕らを信じてくれた全員が報われない。
「わ、分かってます。なるべく動かない方がいいですよ。若いと血液の流れが早いですから、毒の回りも早いですから」
「…ん。医療所に着いたら起こしてね」
気がつくと、僕に身を委ねて寝息を立てる輝樹さん。それだけ気を許しているのだろう。ずり落ちそうになる彼をもう一度乗せて、痛む左足をかばいつつ、進んでいく。探知機には幸い僕達以外の参加者を、探知していない。それを機に医療所に急ぐ。するとあの医者が出迎えてくれた。
「大丈夫だったの?あの時襲撃されていなくなったから」
「僕は大丈夫です。でも、彼を助けてください」
輝樹さんを下ろすと、顔面蒼白になる彼。それもそのはず毒が首まで回っていて体が変色していたのだ。このままでは本当にまずい。
「早く…早くしてください!!」
「分かった。君は休憩室で待ってくれ」
医者は輝樹さんを担ぐと手術室に入る。手術室の中は覗けないようにされていて、不本意だけど、僕は休憩室に残る。
(どうか…聖と輝樹さんが会うまでは無事に生きてほしい)
祈ることでしかできない自分に、猛烈に腹立たしくなり、泣きながら唸った。誰かのために泣いたり悔しがったりするのは、これで何回目だろう。そして自分の中にこんなに激しい感情があったなんて、この世界に入る前までは知らなかった。
(父さん…僕は彼らのために何ができるの?)
この世界にいないはずの父親に、心の中で問い掛ける。父親に仲間がいたかはいまとなっても分からないが、どうしてもそう思ってしまったのだ。
……be continued