【暗黒の狂詩曲】
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現在時刻AM7:45。
見てD4エリアの指令本部の最上階の指令室のソファに腰掛けて、コーヒー片手に優雅な時間を過ごす一人の男性。
「死亡者10人。例年と変わらずスローペースなことですね」
目の前にあるモニターを眺め、呆れ笑いをしながらため息をつく。
「タナトス様」
黒いフリルのドレスを着飾る女性。
「御機嫌うるわしゅう」
「おぉ、ローパーガール。こんなところで油を売ってもよいのですか?」
タナトスと呼ばれる男性は、ローパーガールの方に体を向ける。彼女はにっこりと微笑む。
「昼になれば、恒例のゲームが始まります。それまでの時間は、暇なんですよ」
黒いフードを身を包み、淡々とした口調で言うもう一人の男性。
「兄妹揃って、どうしたんですか」
「退屈な朝に優雅なティータイムをして過ごそうと思いましてね。ほら、貴方の好きなダージリンを手に入れましたよ」
ダージリンのパックを見せるローパーガール。
「処刑人としては気を抜きすぎだと思うが」
「兄さんは相変わらず堅いんだから〜」
「お前がふざけすぎなんだ」
「堅物〜」
兄妹喧嘩の傍らで、モニターを眺めるタナトス。彼等の喧嘩も日常のBGMと化しているのだろう。
「確かにガールの言うことは正しいです。どうだ。ローパー。君も一緒にお茶しませんか」
一見優男に見えるタナトスの発言は絶対だ。断ればどんな些細なことでも、何されるか分かったもんじゃない。
「タナトス様がそうおっしゃるなら仕方ありませんね」
渋々了承すると、ローパーガールは万歳三唱を繰り返す。そして、指令室でデスゲームとはミツマッチなティータイムが始まる。
「それにしても、徳川聖が生きていたなんて驚きでしたわ」
「あれは簡単なことです。誰かによって首輪の装置を解除した」
「じゃあ佐伯瑠唯も生存してるってこと?私あの男みたいな女だぁいきらい」
すべてにおいて対極の位置にいる彼女が、生理的に受け付けないようだ。
「性格も生真面目ですし、能力者としても高い。こちらとしても、厄介なプレイヤーでしたね」
冷静に相手を分析するローパー。
「利用価値なら徳川聖の方が高い。でも驚いたのはそこじゃないんですよ。君達」
クッキーを片手にコイントスし始めるタナトス。
「まさか、徳川爽の息子が自らエントリーするなんて。これも何かのご因縁としか思いません」
「しかしあの子供は、能力者ではありません」
「普通、あんな強大な力を持つ親の血を引き継ぐなら、それ相当の力を持ってもおかしくない」
「あの子には可哀相ですが、あのイベントでジ・エンドでしょう。こちらからすれば、処理する手間が省けますが」
口角を上げるローパーガール。
「アンティークの素材としては、抜群によいでしょうね。彼は」
これまで比較的綺麗なままで屍となったプレイヤーは、この指令本部のどこかにアンティークとして飾られている。もちろんそれは、ローパーガールとタナトスの趣味だ。
「アンティークの素材を集めるのは、楽じゃないですわ。皆ばったばた死ぬけれど、どれも飾られるような代物じゃありませんもの」
当然、首が吹っ飛んだり、体ごとバラバラになったり内臓が破裂している死体もある。それは火葬場行きだ。
「あら、だったら前回の優勝者が私の好みですわ。男臭さを感じさせないその美貌かつ繊細な姿は、アンティークとして飾るのには最高の代物ですわ」
「あれは、だめだ。私の趣味に合わない」
終始穏やかな顔をしていたタナトスだが、輝樹の話題に触れられると、不愉快そうに顔をしかめる。
「そ、それは申し訳ありません」
急いで謝るローパーガール。
「まあ素材だけを見れば申し分ない。けど、彼だけは嫌悪感しか抱けませんからね。あの時と一緒で」
前回のゲームでタナトスは、輝樹を見たときから沸き上がる嫌悪感と既視感に苛まれていた。それならいっそ彼の顔を見ずとも他の誰かが抹殺してくれればいいのにと思い、敢えてもう一度エントリーしたのだ。
「ゲームを終わりにするとか、なんとかほざいてましたものね。人間の分際で」
「はははは。人間は他人を蹴落として、自分だけ幸せになろうと思う気持ちがどこかしらあります。このゲームプレイヤーは如実に顕れてますよ」
だからこそ、優勝者への報酬目当てに参加するプレイヤーが後を絶たないのだ。
「ところで、前回の願い事は叶えてさしあげましたか?」
「…ふっ。当たり前でしょう。エントリーされるはずだった彼女の名前がないのはそれ故ですよ」
そう、輝樹は瑠唯をエントリーさせないでくれと願ったのだ。いや、本当は聖もその願いに入っていた。
「自らが犠牲になるとは。人間の考えることは理解できないですね」
「つまり、聖くんは見捨てられたのかしら?再びデスゲームに投下するなんて」
「逃亡者に、日常などありませんよ。優勝者になるまでずっと」
「となれば、あの3人が共に生き残ることはないと言いたいのですか?」
息を乱し、つかつかと指令室に入ってくるBT。
「出すぎた真似は、感心しないわよ。ゴットハンド」
「あまりにも酷な話です…」
「だが、タナトス様に加勢したのはお前の方だろ?」
蔑みと冷笑を浮かべるローパー。反論できないのか唇を噛み締めるBT。
「どうやら、貴方はとことん私の考えとは違うようだ。しかし、手腕は期待していますからね」
つまり主催者の駒として最大限に利用するとタナトスは言っている。
「殺されたくなければ、タナトス様に従い続けなさい。それがKON☆TON倶楽部の掟ですから」
「…くっ」
終始苦虫を潰しながら、BTは指令室をあとにした。
「相変わらずゴットハンドは馬鹿ね。主催者側にも関わらず」
「仕方ありません。彼はもともとプレイヤーでしたからね」
「プレイヤー!?初耳ですわ」
すると、パソコンのデータを立ち上げる。参加者名簿のページを開くと、彼らしき名前がエントリーされていた。
「馬熊徹哉。彼は、20年前にエントリーした。そして、記憶を失わないために、我々側についた」
「内部破壊でも目論んでそうですわぁ。まあ実際そんなことをすれば、惨殺してやりますけど」
「惨殺したら、君の好きなアンティークにはなれないでしょう」
「素材としても好きじゃありませんもの」
「確かに彼は私の好みの範疇外ですからね。その手で殺めるのもアリでしょう」
ふとモニターに視線を移すタナトス。木陰ですれ違うある参加者達を見て、せせら笑う。
「おや、ミスコンタクトですね。お互い気づいてないようです」
厳密に言えば、聖は輝樹とすれ違ったかもしれないと予測していたので、不正解だ。しかし、輝樹達は聖を認識できていなかったので、半分正解だ。
「昨日、中川輝樹は、徳川聖と通信してました」
通信した内容も、このメンバーに筒抜けなのだ。
「逢いたくないとな。罪人ぶってますね」
「再会した時が見物ですね。相手の女性は君達と面識がある方でしょうけど」
「サキュバスですね。もちろん知ってますわ。あの死にぞこないは」
「どうやら、ラフォーレ姉妹もいるようですね。彼女達ならタナトス様の期待を裏切りませんよ」
昨日の惨殺を監視モニターごしに観覧したタナトスならその意味はとっくに分かる。
「確か。彼女達ならデスゲームをうまく転がしてくれそうですね。直接我々の手で裁く手間もないくらい残酷に大量のプレイヤーを殺すでしょうから」
「ずたずたにやるなんて感心しないわぁ。魂を失ったら人形にして飾る私の趣味とは、対極ですもの」
毒殺事件の死体は皆、体が変色していてお世辞にもアンティークとしては向かない。
「サキュバスさんは私も飾りたいですね。あの年であの曲線美を保つなら、屍なら、永遠に美しいままですからね。想像しただけでぞくぞくっと来ますね」
法悦とした笑みに、共感するローパーガールと対照的に呆れるローパー。
「その趣味だけは、ついてゆけませんよ。死は平等ですがね」
「サキュバス先輩は、性格はアレですけどアンティークには最高の女体ですわ。ダッチワイフとしてお使いになられては」
「何をご冗談を。私はあちら方面ではすっかりだめになりましたからね。鑑賞用として、楽しめたら十分ですけど」
彼にとっては、闇一族も普通の人間も関係なく、屍が美しければ、最高のアンティークとなるのだ。
「さてさて、楽しいゲームが始まる前に、昨日の死体を火葬なさってください。処刑人の役目ですから」
「分かりました。証拠隠滅しにいきますわ」
ローパーガールとローパーは地下の霊安室に向かう。ただでさえ明かりのない建物だが、光さえ遮断する。
「相変わらず、兄さんは冷徹よね」
「お前達が残酷なだけだ」
エンバーミングをしてから、冷凍保存して腐ることのないように特殊加工して、アンティークにする。死は、誰も関係なく平等に訪れ、死ねば地獄に行こうが、天国に行こうが人の勝手だという考えを持つローパーには、理解できない趣向だ。
「ま、昨日の死体はアンティークとしては不向きなわけだし」
「1人に対して9人が殺害しようとした。自業自得だ」
「まぁ、私達の仲間が殺したって丸分かりよね。あの監視カメラじゃ。ところで、兄さん優勝者は誰に賭けたの?」
死体の話からトトカルチョの話に変わる。主催者側の醍醐味であるそれは、死体がどうこうよりも重要だ。
「誰が生きようが死のうが関係ない。仕事を真っ当するだけだ」
「ふんっ。相変わらず兄さんはつまんないわ。ちなみに私は、蒼太くんに賭けたわ」
優勝者としてもっとも程遠い参加者の名前を言われて、思わず目を見開くローパー。
「正気か?」
「私はいつだって正気よ。だって、彼のパートナーはなんてたって前回の優勝者。パートナーとして選択して大正解だわ。他の輩じゃあ、組む前に殺されてしまうもの。それか聖くん?あの子は無理よ。彼は今回も殺さずの掟みたいな馬鹿げた誓いを掲げてるから」
「ラフォーレ姉妹という線はないのか」
「それじゃああまりにもビターすぎて、つまらないわ。どうせなら、誰も予想しない人を賭けなきゃ」
ちなみに、指令室にいるタナトスと、半ば無理矢理選ばされたBTは前回優勝者の中川輝樹を賭けている。霊安室に着くと、松明に火をつけて、屍と化したプレイヤーの顔を一人ずつ照らす。
「おやおや、皆苦痛にねじまがった顔をして。ちっとも美しくないわ」
死体を運ぶためのカートに屍を無造作に積み上げる。
「こんな仕事、医者のBTにさせたらいいのに。あの人ったら本当、腕はいいのにヘタレにもほどがあるわ」
「俺達と違って、良心というのがある故だろう。その上、俺達は屍を見ても何の負の感情もない。適任者として申し分ないはずだ」
「確かにそうね。屍を見ても何とも思わないわ」
すべての屍をカートに乗せ終わると、さらに奥の部屋に向かう。そして、二重加工された扉を開けると一斉に屍の束を投げ捨てる。投げ捨て終えると、扉を閉めると、右横にあるスイッチを押す。すると、奥の部屋のバーナーらしき装置から、炎が現れ、死体達を燃やすのが、ガラス越しに見える。
「証拠隠滅も楽になったものね」
ローパーガール達が主催者になりたての頃は、このような焼却炉はなく、指令本部の建物の裏側にある土に屍を埋めていた。それゆえ、次の参加者が屍を見つけだしてしまうというハプニングが生じたこともあった。
「全くだ。反乱を起こす奴も少なくなった」
そういう参加者はすべて、このローパーガールが首を切断してきたのだ。あるいはタナトスがもつリモコンで、首輪の爆破装置を稼動して強制殺害も行っていた。
死体達が骨さえも残らず燃え尽きるのを確認すると、2人は再びタナトスのいる指令室に戻る。そこには相変わらずソファに腰掛けて飄々とした風貌で待つタナトスの姿があった。
「待っていたよローパー。ローパーガール」
………be continued