【暗黒の狂詩曲】
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※聖視点
あれから俺達は結局夜中の2時まで起きて、気がつくと、すでに朝の7時になっていた。朝食用の食糧を探しに向かった矢先のことだった。サキュバス以外の刺すような視線を木陰から感じる。
「どうやら、目が遭ってしまったみたい」
俺より先に察知していた彼女は、恐怖に震えて後ずさる。
「大丈夫か?」
手を差し延べようとすると、払われた。よほど恐ろしい殺気に違いない。もう一度殺気のあった方向に体を向けたが、今度はその気配さえも消えていた。
「サキュバス…立てるか?」
「え、えぇ」
なんとか自力で立ち上がる彼女だが、若干恐怖の色が現れていた。
「あんたが怖じけづくなんて、よほど怖い奴なんだな」
「…黒いローブをかぶってた。でも目つきだけは鋭かった」
闇一族の連中だろうか。だがある人物が脳裏に浮かんだ。
「…まさか」
「どうかしたの?」
黒いローブを被っている人間は、知り合いに1人だけいる。しかし、そんな近くに彼がいるはずないのに。百面相みたく表情を変える俺に、彼女は何かを察したのか、こう尋ねてきた。
「貴方の知り合い?」
「確証はない。あんた達の仲間にも黒いローブを着込んだ奴はいるだろうし…」
輝樹だとすれば、物陰に偶然隠れていた俺は見えてなかった筈だ。彼は純粋に闇一族を憎んでいるし、彼の弟もしかりだ。つまり、サキュバスだけを見て敵だと察知して、牽制のために眼光を鋭くさせたのだろう。
「…待てよ」
「何か思い当たることでもあるの?」
どうやら考えてたことが、言葉として漏れてしまったらしい。
「…あいつが単独行動なら、睨みつける必要はないと思う。いくらあんたでも怯む理由にはならない」
サキュバスは明らかに戦う意思はなかった。それに、また戦意のない参加者には手出ししないはずだ。
「つまり、貴方の思い当たる人間は、誰かと一緒ってわけ?」
「俺の推理が正しいなら、通り過ぎたのは、旧友とあと旧友が護るべきか弱き存在だな」
言葉をなるべくオブラートに包むも、サキュバスには通用しないようだ。
「つまり、蒼太と、貴方のお友達が組んだってこと?」
「やはり、そうだったのか。輝樹のやつ水臭いなぁ」
輝樹の名前を出してもさして驚きの表情を見せない。優勝者の名前の情報は闇一族達にも浸透しているのかもしれない。
「となれば、睨まれたのも当然ね。普通はそういう反応をするのが正しいもの」
つまり、警戒心もなくパートナーを組んだ俺の方が非常識らしい。
「貴方、本当に雅也そっくりね」
「闇一族にさして驚かないところか?本当にそっくりなのは、妹の方だよ。あの方言、家族の中じゃあ誰も使わないのに」
「性格の話よ。危険を顧みずに人のために何かをしようというその姿勢が、そっくりだと言うのよ。見てて危なっかしいわ」
ひょっとして褒められたのだろうか。
「何よ。締まりのない顔して」
褒められたのは、久方ぶりでうれしい気持ちが顔に全面に現れていたのだ。
「ははは。あんたも大概だぜ。俺はあんた達の宿敵である紅龍の息子なんだから」
「…貴方と礼は根本的に違う」
頑固で融通の利かない親父とは、折が合わない。それは今回の件だけで充分分かっていた。
「礼は義務感とか責任感とか感じてたけどね。やはり紅龍になると意識も違うのかしらね」
「さあな。でも、やたら四龍のつながりは大事にしてた。俺はまっぴらごめんだけど」
するとクスクスと笑われた。
「貴方、今までよくこちら側に染まらなかったわね」
「家族と友人が、いたから」
しばしの沈黙が流れる。立ち止まると危険なのでどこか話せる場所はないかとお互い探す。するとブランコや滑り台がある地点を発見した。どうやらここは、公園エリアらしい。そこにあるベンチに腰掛ける。
「家族も友人も私には縁のない話ね」
「時々思うよ。爽さんは誰も身を委ねる人がいなかったから、思いの行き場が暴走してしまったと」
「力になれなかったのよ。私達じゃ」
「あんた達のせいじゃないぜ。爽さんは、ずっと親父ばかりを見てた。なのに親父はつい最近まで忘れてた。忘れてたなんて酷いだろ?」
「確かに残酷な人だと思った。許せないとも思った」
「そういう点では、あんたと俺は似ているな。他の戦友達は皆、爽さんを敵視してるけど、俺はそうは見れないんだ」
「息子の蒼太がいるから?」
「それもある。でも、親父の幸せのためにこれ以上束縛して苦しい思いをさせないように、元の世界に帰したんだよ」
「すべては、礼のためにやってきた行為だもの」
それが例え、世界を脅かす大事件だったとしても、母親の兄を遠隔的に殺してしまったとしても、彼を全面に責めることができない。
「闇一族に入れとは言わないわ。でも、地上世界は貴方にとっては息苦しいところかもしれないわね」
「かもしれない」
ため息が出る。紅龍の息子でなければ、負うこともなかった重荷。そして、紅龍の息子であるが故の好奇の含んだ視線。毎回それに嫌気がさしていた。
「でも、染まれない。蒼太をそちら側に行かせることになってしまう」
「それをプリンスは望んでないのなら、闇に染まらず一般人のままの蒼太は愛されてきたのね」
「爽さんの所業で、いろいろと言われのないことを言われたり、軽蔑されたりして、ふさぎ込んでいたらしいが、俺から見れば、素直でいい奴だ。屈折もしてないしな」
すると、またクスクスと笑われた。
「にしても不思議な縁ね。紅龍の息子と闇一族の息子が巡り会うなんて」
「爽さんが危篤にならなかったら、一生、蒼太の存在を知らなかったと思う」
「礼はそれについてどう思ってるのかしらね」
一度彼と親父が会った時は、敵意剥き出しだったそうだが、それなりに爽さんのことも蒼太のことも気にかけている。どんなことが起ころうと家族は家族なのだ。
「…いろいろと誤解してる。爽さんは酷いことを敢えて言って、親父を追い出したんだ。でも、母さんが待ってることをあらかじめ知ってたと思う。再会した時は、俺の両親は恋人だったし、親父と同じ会社に勤めていたらしいから」
「プリンスもあの事件さえなかったら、闇一族には染まらずに済んだのに…」
「あの事件?それって親父と関係してる話?」
うーんと唸り考え込むサキュバス。早く聞きたいが、どこで誰が聞き耳を立てているか分からないので、慎重に出方を待つ。
「今は言えない」
どうやら、彼女も同じく周りを警戒しているようだ。しばらくすると、いつもの侵入禁止区域エリアの放送が流れた。どうやら、昨日無差別毒殺事件があったA6地点が、その区域に追加された。
「さて、ここからだとB4が一番近い食料倉庫になりそうだけど、外側に回るのは無理そうね」
外側のエリアはほぼ全域が、侵入禁止区域になっているので、一歩でもその場所に入ると、首に付けられた時限爆弾が爆発してしまう。仕方ないのでそのまままっすぐ、東方向に向かう。
倉庫の中には、朝にも関わらず油系が全部なくなっていた。仕方がないので少量のパンだけを取ることにして、さっきの公園エリアのベンチでいつもより遅い朝食を摂ることにした。
「にしても、この辺には誰もいないんだな」
「私達が早起きだけなのよ」
さっき手に入れたパンをちぎってサキュバスに渡す。ほうばる彼女を見て、ふとこう言った。
「こうして見てると、普通のレディなんだけどな」
「闇一族だからって食事はするわよ。なんだと思ってるの?」
「そういう意味で、言ったわけじゃない。闇一族って戦闘一族のイメージがあるからさぁ」
「それはあながち間違ってないわ。貴方が生まれる数年前は実力主義で、闇一族同士の戦争が地下世界であったくらいだからね」
その話については、かの有名な国民書の【紅龍】シリーズにも記載されていない。
「つまり、その戦争は玲奈さんも参加したわけ?」
「あの子はすでに、地上世界にいたから参加してないわ。でもそれが幸いであの子は闇一族出身ながら誰も殺さずに済んだのよ」
逆に言えば、サキュバスはその手で何人かの闇一族を闇に葬っていることになる。
「賢い貴方なら分かるけど、私はプリンスの部下になるために何人かの輩を闇に葬り去った。言っておくけど貴方はそういう人間と手を組んだのよ」
いつもなら怖じけづくのに、状況が状況なのか逃げ出すこともできない。
「闇一族を闇に葬り去るとすれば、親父も母親も同罪だろ。俺もその両親のもとで生まれたのだから、ちっとも怖くないよ」
「つくづく変わってるわね」
「ははははは」
「もう少し私が若ければ、お相手できたのにね」
それは戦闘のパートナーとしてだろうか、はたまた人生のパートナーとしてだろうか。どちらにせよ、初めて他の女性から好意を持たれてしまったのだ。
「今のは忘れてちょうだい。目指すべきベクトルが違うから、同じ夢は抱けないから」
「あんたがそうしたいのなら、聞かなかったことにしておくよ」
内心残念だったことは、胸の内に秘めておこう。乾ききったパンをほうばる。殺人ゲームの中で、友情はまだしも愛情なんて抱いたら、後が辛くなる。ましてや、同じ目的に目指していないのなら尚更だ。パンを食べ終えると、再び地図を開く。
「今日は蒼太に会いに行く。これ以上離れ離れになれば、あいつの命が危ぶまれる」
「となれば、外側エリアはないわね。まだ彼が死亡者リストにあげられてないもの」
とすれば、蒼太は俺を探しにくる。しかし、パートナーが仮に輝樹だとしたらどうだろう。輝樹は昨日自分からは逢いたくないと言い放ったのだ。行動できる権利は、確実に能力者である輝樹のものだ。となれば、俺達の気配を察知すればするほど、離れていく可能性が出て来る。
「うーん」
「だったら、貴方の最初の目的を目指すしかないわね」
そう。当初、蒼太がこの世界に来るまでは、真っ先に親父の記憶のありかを探しに行こうとしていた。
「研究室、はたまた時計塔…」
「研究室はいろいろと危険よ。狂暴なホムンクルスが安置されてるから」
流石、地下世界の住民だ。地図に載ってない情報も知っている。
「参加者以外にも何か出て来るのか」
「そうよ」
となれば、時計塔を目指すしかない。公園エリアから時計塔エリアに向かうには、最短距離でも南に1.5Km、西に500mある。またその道中には、アイテムとカードを交換できる場所がある。ただし、死亡者は10人と変更されていない。また、殺害者は9人全員を毒殺した。その殺害者はカードと引き換えにアイテムを取りにくるだろう。だとすれば遭遇してしまうかもしれない。
「別のルートにした方が楽かもよ」
「時間が過ぎれば、過ぎるほど殺害者は有利になる。となれば近道する他ないわ」
すると、サキュバスの鞭が鳴り響く。
「サキュバス!?」
「まさか先輩が、紅龍のご子息とパートナーになったなんて、意外ですわね」
昨日襲撃してきた黄色い声の女性とは、若干違うが、悍ましいオーラを感じる。振り向こうにも振り向けない。
「利害の一致よ。他意はないわ」
「どうでしょうか。貴女は情にほだされやすいでしょうから。さて、紅龍のご子息さん、こちらに顔を向けてもらえないかしら」
素直に応じるわけにはいかない。サキュバスとは違い明らかなる殺気を感じる。
「質問に答えてくれたなら、顔を向けても構わない。昨日、参加者9人を殺害し、徳川蒼太を襲撃したのは、ティファ・ラフォーレ。それはあんたなのか?」
そうだとしたら、女でも許さない。蒼太を傷つけたのは事実だから。
「残念ながら違うわ。でも、関係者には間違いない」
予想以上の情報を貰った。とすれば彼女も闇一族の可能性が高い。
「つまり闇一族か」
「お察しの通り。さて質問に答えたのだから顔を見せてちょうだい」
拳を隠して、こちらに顔を向けるといきなりナイフを投げつけられた。反応が鈍ったため頬に痛みが走り、血が流れる。その素顔は、俺達と年齢が変わらないボブヘアーのかわいい女の子なのに、目つきだけは異様に鋭い。
「やはりそうだったのね。我等闇一族を破滅へ追い込んだ徳川礼の子息!!」
「いきなり何すんだよ!!」
さらにナイフを投げつけられるが、今度は避け切る。するとサキュバスが向こうに攻撃する。
「感情に振り回されてるのは、貴女の方よ。ティビィ」
「ティビィ?」
聞き慣れない名前に首を傾げる。
「ティファの双子の姉。ティビィ・ラフォーレ」
「余計な情報流さないでくれますか?貴女と違って、私は彼が心底嫌いですから」
上司である筈のサキュバスに、鋭い目つきで噛み付く。
「礼を恨む気持ちは分かるけど、この子は関係ないわよ」
「血の繋がったものはすべて排除するのが、私の努め」
「となればプリンスも滅ぼすという原理になるわよ」
「ちっ」
口論では、やはり年上のサキュバスに軍配が上がる。悔しいのか不機嫌な顔になるティビィ。
「私がいる間は、貴女であっても彼を攻撃するのは禁じるわ」
「じゃあサキュバス先輩を殺せば、彼を殺していいって解釈させてもらいますよ」
「生憎、俺はやられるために来たわけじゃない。いくら女の子だからって次に会った時は容赦しない」
「ふん」
ここで俺達を攻撃しても無駄だと判断したのか、ティビィは足早に消えていった。にしても、頬の傷が痛む。
「容赦ない子だよな…」
「貴方が紅龍の息子だからよ。あの子は闇一族第一の子だから」
やはり、闇一族と紅龍の関係は険悪なのだ。お互いがお互いを破滅させるまで、この2つの最悪な関係は永久に終わることはない。そう思うと、ますます、四龍なんてくそ食らえだと思ってしまった。
………be continued