【暗黒の狂詩曲】
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※蒼太視点
味噌汁の匂いで、目が覚める。するとベッド脇のテーブルに和食一式が並べられていた。
「あれ…」
ベッドの隣に座る輝樹さん。
「おはよう。今、6時になったところだよ」
窓に映る風景は相変わらず漆黒の空で、時間の感覚が分からない。輝樹さんの腕時計が唯一時刻を知る手段。
「今のところ、近くに他の参加者はいないみたい。でも次の放送時間を過ぎたらここを出る準備をするから、ご飯食べよう?」
「は、はい」
ここには僕と輝樹さんしかいない。となると、この料理を作ったのは輝樹さんだろう。恐る恐る味噌汁に口をつけると、馴染みのある味で安心した。
「…おいしい」
「ジパング人の君に言ってもらえると嬉しいな」
「輝樹さんも、ジパング人でしょ」
「ジパング人には変わらないけどね、国籍は水晶国」
「…輝樹さんは食べないんですか?」
輝樹さんの手が止まっていたので、そう言うと、クスクスと笑われた。
「いや、話の間は食べない習慣だからさぁ」
「…すみません」
「ううん。うちが厳しいだけだから」
逆に自分の親の甘さにため息をつく。
「いえ、僕の父とは違いますから」
「あのさ、もう一度聞くけど君はどこ筋の徳川?俊也さん?それとも純平さんの子孫?」
知識欲旺盛なところが羨ましい。でも、ここは教えてもいいところだろうか。逆に聞きたいこともある。
「じゃあ…輝樹さんはなんでエントリーされちゃったんですか?」
「情報の交換条件かな?」
首をあからさまに傾げられる。
「はい」
「実はね、僕もその原因を探ってるんだ」
「考えられるのは、主催者達と関係してることぐらいでしょうか」
すると、腕を組み唸り出す。
「やはり、そう考えるのが普通だよね。あのゲームは主催者達のトトカルチョからなるものだし。でもさ、聖は関係ないよね?」
聖自身に関係するのであれば、やはり父か礼さんが主催者側だったからと予測できる。いや、礼さんが主催者になる理由が思いつかない。
「聖はともかく僕がエントリーできたのは…多分父も主催者側だったからだと思います」
「となると、僕の本当の両親は別にいるってことかな?」
輝さんも棗さんもこのゲームを知ってはいたが、主催者側ではない。もし主催者側の血筋で輝樹さんが選ばれてしまったのなら、彼らが実の父親と母親ではないと証明される。
「受け取りがたい事実かと思いますが、そうとしか思えません」
「…やはり、そうとしか考えられないよね」
肩を落とし明白に落胆する輝樹さん。こういう時、どうやって彼を元気づければいいのか分からない。ふと、聖のことを思い出す。
(聖ならなんて、言ってあげるんだろうか)
そう考えているうちに侵入禁止区域の放送が流れた。
『ただいま午後6時30分です。次の侵入禁止エリアはB7です。B7にいる参加者は直ちに出て行きましょう』
放送が終わる頃に、輝樹さんは僕の分も食器を持って行き、キッチンで洗い物を始める。急いで駆け付けようとするも、左足がギブスに固定されてるためうまく進めない。
「あぁ、いいよ。君の分までやっておくから」
「でも…」
「とにかくすぐに終わるから待っていて」
急いで洗い物を終えると、輝樹さんは僕のギブスだけを魔法で切り裂く。突然のことに目を見開く。
「流石、BT。もうほとんど傷はないようだね」
「あの人の名前ですか?」
なんで知ってるのかは、言わなくても分かる。前回彼と医者は会ったことがあるだろうから。
「まあね。念のため包帯で固定するから」
輝樹さんはリュックサックから包帯を取り出して、僕の左足が痛まないように巻き付けた。
「これでズボンを履いても、違和感がなくなる」
「それは大切なことなんですか?」
「怪我してるって分かると標的になりやすいからね。カモフラージュも大切なことだよ」
ズボンをはかせると、ワイシャツに着替えてマントを羽織る。そして、輝樹さんは僕のリュックサックも一緒に背負う。
「今からB4にある倉庫食料を調達しにいく。そしてその後に、研究所に行く」
地図を確認する。今回はまずB6経由でB4エリア食料倉庫に寄り道してから、来た道に戻りそこから逆L字型に進むようだ。
「あの…他の参加者と出くわした場合どうされますか?」
食料倉庫なら他の参加者と遭遇する確率も高くなる。その際、足手まといにならないか不安になる。
「向こうが攻撃しない時は、見なかったことにする。攻撃してきた場合は、威嚇攻撃だけはする。その間、君は僕の後ろに隠れていてくればいい」
「…はい」
「無理に戦う必要はないから」
「…助かります」
そうこうとしているうちに時計の針が7時を差す。輝樹さんに支えてもらいながら、外に出ると、血の色の雨がいきなり降ってきた。
「…なんでしょうかこれ」
「地下世界の雨だよ。赤い雨は地上世界で言う土砂降りの雨。黒い雨は時雨だ。でも、害はないから安心して。ごめん、マント貸してくれる?」
どうやら輝樹さんは、僕のマントで雨合羽がわりにするみたいだ。差し出すと僕の頭と輝樹さんの頭はすっぽりと収まる。
「いいマントだねぇ。誰からプレゼントされたの?」
「瑠唯さんからです」
その言葉に懐かしむように微笑む。
「瑠唯からかぁ。実はこのピアス瑠唯にもらった物なんだ」
通信型ピアスとは別に紅色に光るピアスが輝く。
「瑠唯は、あぁみえてよく尽くしてくれた」
真面目だが、尽くすタイプには思えない。やはり恋人である輝樹さんと僕とでは、接し方が違うのだろう。
「…そうなんですか?」
「堅物で怖いイメージにとられがちだけど、本当は誰よりも女らしい子だよ」
聖がこのゲームに行くと言った時も、泣きながら反対していたし、輝樹さんの話をする彼女がふと女の子らしくなるのも知っている。
「だからこそ、彼女をエントリーさせないように細工したんだ」
「瑠唯さんは参加したがってました。貴方を連れ戻すために」
「…本当、悪いことをしたと思う」
乾いた笑みの中に、後悔の念が込められていた。
「彼女の気持ちを無下にした」
どちらにせよ、3人が地上に帰ることはできなかったのだろう。聖は自分が地下世界に残ることを望んでいた。でも輝樹さんもそうだった。だからこそ瑠唯さんと聖を地上に行かせるために無茶な真似をしたのだろう。
「…そう思われるなら今度こそ、生きて帰ってください。貴方の帰りを待つ人がいるのなら尚更」
「君は、強いんだね」
「…強くなんかありませんよ。戦えないし」
「戦う戦わないの問題じゃないよ」
「………僕には、いませんから」
帰りを待つと言っても、父親がいつ死ぬか分からない。それに純平さんと春代さんも父親繋がりの人だ。当然、僕だけになっても待っていてくれる保証はない。
「みなしご?」
「父親が亡くなれば身内はいません」
「だったら、聖のところへ行けばいい。彼なら変わりなく君のそばにいてくれるだろう」
「…あの。貴方は確か聖の執事でしたよね」
輝樹さんの足が止まる。
「過去の話だよ。現に今は違うし、僕は聖から大切な人を奪った。だから昔にはもう戻れない」
まさか、瑠唯さんのことではないだろうか。いや奪ったという言葉の表現はおかしい。現に彼と彼女は恋人ではなくあくまでもいとこなのだ。それに瑠唯さんは輝樹さんを優先しているし、恋人だと公言している。
「彼女は貴方さえいれば何もいらないって言ってました。聖も…」
「どちらにせよ、逢いたくないよ」
「でも向こうは会いたがってました」
「どちらに従うつもりだい?」
いきなり真顔で迫られる。こういう性格だったけ?と悠長に考えられる隙を与えさせない。
「………」
「ごめん。君は聖寄りだってこと最初から分かってる。聖が会いたがるのも、君が聖に会いたいのも分かってる。でも…」
「無理に会えとは言いません。彼に言えない事情があるなら尚更です」
「察してくれてありがとう。聖に会うとしても、研究所を先に行かなければならない。どうも引っ掛かかることがあるから」
「分かりました」
いつの間に、食料倉庫らしき建物が見えた。もう一度時計を見ると7時15分を差していた。辺りを見渡すと、影が1つ見える。僕はすかさず輝樹さんの後ろに隠れる。
「どうかした?」
「だ、誰かいる気がして」
「ふうん。ならそこでじっとして」
影に不敵な笑みを浮かべる。その不気味な笑みに怖じけついて、気配が消えた。
「…あれは、いったい」
「眼力。目だけで威嚇できる技」
威嚇攻撃はこのことなのだろうか。いや、影はまだ攻撃すらしかけなかったが。
「君が見つけた影は、付け狙った輩かもしれない。足止めも外れるころだったしね。さて食料倉庫に入るよ」
「は、はい」
つまり、これからも付け狙われるとすれば厄介この上ない。こちらから戦わないなら尚更だ。
まだ外出するには早い時間なのか、幸い倉庫の中には僕達以外の参加者はいない。輝樹さんは事前に得たいアイテムを書いたメモを確認しながら次々と自分のものにする。米やパンや油やバターは分かるのだが、小麦粉には首を傾げる。凝った料理でも作るのだろうか。アイテムを得た後、明らかにリュックサックが膨らんで重そうだったが、本人は涼しい顔で戻ってきた。
「あのさ、蒼太くん。昼食は何が食べたい?」
昨日の夜はドライカレーだった。欲を言えば、魚料理が食べたいが、そんな贅沢なことは言ってられない。
「輝樹さんは?」
「僕は何でもいいよ。好き嫌いないしね」
「じゃあ魚料理。煮魚でも焼き魚でもいい。とにかく魚が食べたい…です」
今日まで食に不自由したことはない。でも、この世界に来て、日本の魚料理が恋しいなと思ったのだ。
「…だめですか?」
小首を傾げると、口許を押さえてクスクス笑う。
「君、並の女の子より可愛いことするんだね」
「だから、僕は男です」
むしろ輝樹さんの方が、女性的な顔つきをしているし、男の僕でも見惚れるような美しさを持っている。その手さえも繊細な印象を与える。
「どうかした?」
「瑠唯さんって面食いだなって思ったんです」
「そうなの?」
自分で自分の容姿の美しさに自覚していない。普段はフードを着用しているから、逆にほとんどの人に気づかれてないのかもしれない。
「まあ、自分の顔をどうこう言われても、元は両親から受け継いでるからね」
今更だが、奏くんも綺麗な顔立ちをしているが、輝樹さんとは違い、男性的な顔立ちをしている。
「主催者側に僕に似た顔立ちをしてる人間はいなかったけどね…。その話はここまで。魚があるのは南の方だから進もうか」
元来た道に向かうと、アナウンスが聞こえる。そろそろ8時に近づいてくるのだろう。もう一度腕時計を見ると、リュックサックのサイドポケットから地図を取り出す。
「外側に回ると、怪しまれるからここはルート変更しない。いいね?」
頷く僕。敵の気配をレーダーで確認する。どうやら今のところは光ってないので、僕達以外はいないようだ。敵がいない間に、次の倉庫に向かうしかない。若干痛みが残る左足にむちを打って、前に進む。
それから1時間ぐらい歩くと、トンネルらしきところが見えた。地図を広げてコンパスを地面に置く輝樹さん。
「どうやらここは、抜け道みたいだね。E5辺りに彼女達は、昨日得たカードをアイテムと交換するから遭遇すると厄介だしね」
僕達がいる地点はD5の抜け道エリアらしく、E5をすり抜けて、F5に行ける道のようだ。しかし、いきなりレーダーが光り出す。光りは2点だ。リュックサックにレーダーを仕舞い込む。
「どうやら南から50mに参加者がいるようだ。さて、トンネルを抜けるかそのまま、正規ルートをたどるかどうする?」
「どちらにせよ、進むしかないのなら、近道にもなるトンネルを使いましょう」
「そうだね」
自己持参のランタンに火を付けると、僕等は、暗いトンネルの中を進む。もし、参加者が戦う意思を持ってしまった者なら、圧倒的に能力者でない僕をパートナーに持ってしまった彼の方が不利だ。どうか参加者に会いませんようにと心から願った。
………be continued