【暗黒の狂詩曲】
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※蒼太視点
「僕の本意ではなかった。かくいう君は」
「僕の意思で来ました」
「…能力者でもない君がこのゲームに参加するなんて自殺行為だよ」
それは、このゲームに参加する前から何度も聞かされてる。現に今日1日で明らかに僕が狙われていた。
「一体何の目的で…」
ここは正直に言うべきだろうか。彼が聖にとって敵であれば、その情報を漏らすわけにはいかない。僕はありったけの力を込めて、彼を睨みつける。
「…やはり信用はされてないみたいだね」
お互い無言の牽制をかける。一発触発の可能性もある。彼は視線を僕に向けたまま自分の耳元に触れる。
「何をされるつもりで」
「チューイング。どうやら僕と同じ不本意ながらもこのゲームを参加しなければならなくなった彼からの通信が流れた」
「…まさか」
すると、首を傾げられた。
「まさかって何?君は僕のこと知ってるのかい」
今日、初めて会った人物のことなんて知るわけがない。むしろこっちが聞きたいくらいだ。
「じゃあ質問します。僕の名前は知ってるのですか?」
「正式には分からない。訛りがない分ジパング人だと思う。川辺で倒れてた。とすれば、ハートルートかダイヤルートの人になるね」
「………」
ハートルートとダイヤルートに死亡者が9人以上出た。そしてジパング人以外当てはまらないとなると、僕の名前がより限定される。
「まあ、探ってほしくないなら探らないけど…」
「あの…」
聖と初めて出会った時の言葉を思い出す。常に黒装束を身に纏うのは彼しかいないと。モリモリマウンテンにいた時、たまたま黒いフードを被っていたので、彼に間違われた。彼が輝樹さんなのかもしれない。しかし、黒装束を着ていたのは、彼だけではない。最初のスタート地点で、何人か身に纏っていた。
「ん?」
「ただの憶測ですが、もし違うなら否定してください」
「うん…まぁ何を憶測するかは分からないけど」
牽制する目が、ふと穏やかな眼差しに戻る。
「貴方は…中川輝樹さんですよね」
完全なる間違いなら、僕はこの人とこれ以上パートナーになるのはやめておきたい。というのも、輝樹さんの名前を出せば、彼の関係者だと思われる。それは後々僕にとって不都合が生じる。すると、彼は黒装束からロケットペンダントを取り出す。
「答えはこの中にある」
ペンダントを開くとそこには、輝樹さんと瑠唯さんと聖が3人仲良く写ってる写真があった。学校の黒板が背景にあるのでスクール時代のものだろう。
「…やはり、そうでしたか」
「君は、なかなかの切れ者だね。どこで分かったの?」
「チューイングの話からです。初期装備で通信機能はありませんでしたから。また、貴方が耳を触れたからピアス型の通信機だと一発で分かりました。それを身につけていることも、聖から聞きました」
「じゃあ君は聖の関係者ってことだね」
「…はい」
「今ので、君の名前は完全にわかった。君は徳川蒼太くんだね?」
聖と苗字が同じで、かつ僕の話から彼と接したことがある人なら、その答えが自然と導かれる。
「はい」
「…聖の弟?」
「いいえ、従兄弟です」
「誰の子だい」
現世にいる聖の従兄弟は瑠唯さんと、女王とフラットさんの間にいる子のみだ。だとすれば、誰の子だと聞かれてもおかしくない。なぜなら僕はこの世界の時代にいる筈がない人間だから。彼の思考が停止すると同時にいきなり、診察室の窓を突き破って誰かが襲い掛かる。
「やっと見つけた!」
残念ながらそれは聞き慣れた声ではなく、金切り声だ。幸いガラスの破片が飛び散る前に、輝樹さんが僕を抱えて、回避してくれた。とはいえ完全に逃げられる体勢ではない。
「夜分遅くに物騒ですね!」
「坊やを渡しなさい。前回優勝者の中川輝樹!」
「よくご存知で。ですがお断りします」
「ならばこれでも喰らいなさい!!」
彼女の手の平から放たれる魔法玉に見覚えがある。そう、川辺の時に僕の左足に放ったそれと同じだ。つまり、彼女が僕を襲った犯人なのだ。
「気をつけて!!輝樹さん」
「ご忠告どうも、蒼太くん」
僕を抱えたまま、輝樹さんは彼女から放たれる魔法玉を避けていく。しかし、壁際まで追い詰められては、避けようがない。彼女の口角が上がる。
「さて、茶番もこれくらいにして、そっちの坊やを引き渡すがいいわ。そうすれば今回は命だけは助けてあげる」
「何を今更。大量の参加者の命を奪っておいて、その言葉を僕が信じるとお思いで?」
首を傾げる僕に耳元で説明してくれた。
「君が目覚めるほんの数分に、放送がかかってたんだ。参加者の殺害者は名前を挙げられる。そして僕はその現場にいた時、彼女を見掛けたからね」
「やはり…」
すると、銃声が鳴り響く。彼女からだろうか。いや違う。僕を抱えながら輝樹さんが銃を放っている。弾道がゆっくりと上向きに弧を描く。
「威嚇にしては、生温いわね」
向こうに放たれた筈の弾が弾道が猛スピードで、こちらに向かってくる。いくら輝樹さんでもこればかりは避けられない。彼は僕に弾が当たらないように、彼女から背を向けて庇う。
「かかった」
一瞬何が起こったか分からなかったが、彼からできた僅かな隙間を覗き込むと、彼女の足元に全ての弾が地面に突き刺さるように落ちている。さらに、彼女はその場から動けないようで、苦虫を潰したような顔つきで僕らを見ている。
「くそっ。流石は、優勝者。簡単には思い通りにはいかないようね」
「何のつもりで、彼を狙ってるか知りませんが、しばらくそこで無力さを嘆けばいい」
最後の言葉に僅かながらの嫌味が含まれている。やはり彼は輝樹さんであの奏くんのお兄さんだ。彼女が麻痺している間に、輝樹さんは僕を抱えたまま、診察室の窓から外へ飛び降りる。その後、追手は来なかったので、休めそうな場所を探すことにした。にしてもこの格好は恥ずかしい。
「…降ろしてください」
「このまま誰かに狙われても、助けてあげないけど」
黙って乗っかったままの方が彼にとって手間が省ける。敢えて精神的にダメージを与えた方が、僕も従いやすくなることを彼は知っている。やはりそういうところは兄弟一緒なのだ。
「そういうところ、奏くんにそっくりですね」
すると、盛大にため息をつかれたのが背中越しに分かる。
「君はどこまで、僕の関連者と関わりがあるの」
「奏くん。徳川兄妹…」
「瑠唯は?」
敢えて瑠唯さんの話題を触れないようにしてたのに、自分から話されると面食らってしまう。
「…知ってます。貴方のことについて悔やんでました」
「やはり、そうか」
急に降ろされる。まさか、さっきの言葉で、これ以上僕と関わりたくなくなったのだろうか。
「瑠唯に聖にはまだ言えないことがある」
ほとんど独り言のつぶやきに僕は聞き逃さなかった。しかし、それが何なのか今、聞き出すのは酷な話だろう。親密な関係だった聖や瑠唯さんでさえ言えないのだから、他人の僕になど言える筈もない。
「…聖は貴方を連れ戻すと言ってました」
「彼ならそうするだろうね。でも、今の僕は彼に顔向けできないよ」
エントリーの件で負い目を感じているのだろうか。いや、診察室で聞いた話だと彼も自らエントリーしたわけではない。つまり、彼も聖と同じように誰かの手によって強制的に参加せざるえなかった。だが、聖の立場になれば、そんなことなど知るはずもない。
「彼は貴方がエントリーしたとしても、責めることはしないと言ってました」
「聖らしい言葉だ。でも、僕は…」
「僕は聖に会いに行きます。もし、貴方がそれを本当に望まなければ、僕1人で行きます」
「無謀だよ。一般人の君じゃ、聖に会うどころか、誰かに殺されるだけだ」
「確かにそうですね」
だから会いに行くことを拒まないでほしい。すると、彼の通信機から音声が聞こえてくる。
『こちらST。応答せよ』
その声はまさしく、僕が探し求めていた聖の声だ。Sは【セイ】のS。Tは【トクガワ】のTだ。しかし、輝樹さんは返事をしようとしない。
『なあ、輝樹。どうして通信を拒む。お前の目撃情報があったんだ。お前は確かに生きてる。そんなに俺と話をするのが嫌か』
悲痛なる声に輝樹さんはうずくまり、ピアスの通信機の電源を切ろうとする。だが、切ると切った音が聞こえてしまうため、逆に生存確認をされてしまう。
『俺はお前に謝りたいことがあるんだ。前のゲームで崖に降りようとするお前を止めてやれなかった。もし、あの時…』
「あれは僕の意思だよ。自分の責任だと勘違いされたら困る」
『やっと、答えてくれた。なぁ、輝樹。お前はどこにいる』
輝樹さんの生存確認が出来て声が、明らかに明るくなっていく。1年もの間声すら聞けなかったので、そうなるのも無理もない。
「互いの場所に、敵が周りにいないわけではないだろう?簡単に教えるわけにはいかないよ」
『確かにそうだな。じゃあ、これだけは答えてくれ。蒼太はお前のそばにいるのか?』
「誰だよ蒼太って。とにかくもう二度と掛けてこないで。迷惑だから」
輝樹さんは話の途中で、強引に通信機の電源を切る。その行動が不可解でつい一言言ってしまう。
「どうして…」
「今、彼に会えば不都合が生じる。死亡者である筈の聖。そして優勝者である筈の僕が揃えば、それを付け狙う奴ら達の格好の餌食となる。そうなったら君は確実に死ぬよ?」
聖にとってのウィークポイントを挙げたら真っ先に僕が浮かぶ。彼らがそれに気づいてるかどうか知らないが、少なくとも今日、僕に襲い掛かった女の人は知っている筈だ。となれば、再会するとしてもゲームの後半が適切だろう。気がつけば、腕時計の針が11時50分を差している。あと10分で日にちが変わる。日にちからして真夏の筈なのにまるで、蒸し暑さがない。少なくとも地上世界はジパングと同様に夜でも暑かった。ここは季節の概念もないし、腕時計がなければ今が何時なのかさっぱり分からない。覚束ないながらも足を進めていくと、ガレージの扉が壊された家にたどり着く。自然破壊ではない。人がいた形跡だと判断してもいいだろう。
「どうやら誰かが破壊したみたいだね。でも、人の気配はないみたいだ。今夜はもう遅いし、ここの家にお邪魔するしかなさそうだね」
僕の左足はすでに限界だ。これ以上歩くのはとてもじゃないが出来そうにない。玄関のドアを開けると僕は倒れ込んだ。すると、そのまま僕の体を抱え上げて、寝室らしき部屋まで運んでくれた。
「…すい…ません」
「謝るのは僕の方だよ。聖に会いたがっている君を阻止してしまった」
それは、僕が危険な目に遭わないためやむを得ず選んだことだから、彼ばかりを責めることはできない。それにほとんどの道中で僕を背負いながら、歩いてきたのだから、それを責めるのは酷だと思った。
「でも、最終的に会わせてくださるなら何も言いません」
「分かった。聖に会うまで君を死なせやしない」
手を握りしめながら約束してくれた。それだけで僕は満足したのか、ありがとうと言う代わりに笑顔で頷く。すると頭を撫でられた。
「奏も君みたいに素直な子だったら、もっと友人が出来ただろうに」
お世辞にも彼は友人が多いとは言えない。常に斜めから物事を捉える彼と、真っ正面から物事を捉える僕では性格が違う。でも、彼の感性は本物だと思うし、そこに好感を得た。
「でも人と違う観点から見れるのは、いいことだと思います」
「もう少し君と奏が長い間、接したなら本当にいい友人になれそうなのに」
「友人になるのは理屈なんかいらないって、聖が言ってました」
彼がくれたあの言葉で、僕達は本当の友人になれたのだ。
「聖らしいよ」
「あの、貴方から見た聖さんはどんな人でしたか?」
「聞きたい?でも今日はだめ。話すと長くなりそうだし。明日、僕と君がまだ生き延びていたら話してあげるよ」
「その言葉を期待していいですか?」
「期待してくれるなら、応えてあげる」
眠る前に見た、彼の笑顔はどんなものを包み込むような笑顔だった。聖と瑠唯さんは彼からこの優しい笑顔を何回向けられたのだろうか。そう思うと何故か僕だけ取り残された気がして、うれしいはずなのに、寂しさも抱いてしまうのだ。その劣等感にも似た感情は、こういった他の人なら素直に受け止められることでも、僕を蝕むのだ。そういった面では、聖が言ったように奏くんと僕は同類項なのかもしれない。
………be continued