【暗黒の狂詩曲】
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「泣いてるのか…」
腕に当たる冷たい雫は俺のものではなくて、サキュバスのもので。闇一族でも同じように涙を流すのかと不謹慎ながら考えた。
「馬鹿言わないでちょうだい」
「すまん。闇一族に涙を拭ってくれる人はいたのか?」
つい思っていることを口に出してしまった。闇一族に仲間意識はないと聞いたことはあるけど、実際はどうなんだろう。
「いなかった。玲奈を除いて」
「いたんだ」
「あの子は出身がこの地下世界だっただけよ。地上世界の人間となんら変わらなかったわ。だから他の仲間と明らかにちがった」
闇一族だったとしても女王は、心まで染まっていなかったのだ。尤もそれが、雅也さんの御蔭だということは本人から聞いたことがある。
「地上世界の人達は皆こうなのかと、憧れた時もあった。でも…」
「大半は平和な世界を恐怖におとしめた闇一族を警戒し、その血筋の人間は皆差別の対象となった」
「私達からすれば、この地下世界の平和を乱されたのに、地上世界の人間は英雄扱いされている。それが納得できない」
地上世界の平和。すなわち地下世界の破滅。相いれぬ世界でお互い平和にするとなると、不可能になる。
「闇一族であっても俺は、差別したくないんだ。たまたま闇一族だった奴なんていっぱいいるだろ?俺だってあんたのいうプリンスの血を分けているし…それに紅蓮の月になると、赤目になる」
「難しい血筋よね。地上世界の平和を保つ紅龍、地下世界の平和を保つ黒龍の血筋」
時々自分が何者か分からなくなる時がある。それに彼女といると、瑠唯ちゃん以上に落ち着くのだ。同族だからなのだろうか。こんな非常時だからだろうか。
「ハーフってやつだよ。和純叔父さんだってそうだったらしいし」
「……でも闇に染まりきってないんでしょ?私達みたいに」
「紙一重さ。今はまだ理性が勝ってる。でもあの月を見る度、理性を失いそうで怖い」
「月の光に見出だされて、闇の力が呼び覚ますとしたら、貴方は本当に寸で保っている。貴方の父親がそれを知ったらどう思うのかしらね」
彼女が意地悪で言ったつもりはないと思う。しかし、そのことは瑠唯ちゃんしか言えてない。前回のゲームで人は殺さなかったが寸前まで追い込んでしまったことがある。そんなことを親父が知れば、勘当されるに違いない。いや勘当ならまだましだ。最悪の場合、首を跳ねられるかもしれない。
「………」
「…でも、言うなればプリンスの兄さんだもの。もしかしたらって思うかもしれない」
「それはない。親父が最も憎んでるのは闇一族だから」
「…そうね。このゲームについても知らないのでしょうね」
「そうだとありがたい」
デスゲームに参加するなんて聞いたら、真っ先に反対するだろう。前回もこのゲームに参加したことは言ってない。すると、ガレージを叩く音が聞こえた。立ち上がろうとするサキュバスを制する。
「敵かもしれない」
「だったら…」
「…もし、俺が死んだらあんたが蒼太を探すんだ」
「はぁ!?言われなくてもそうするわよ」
「それは頼もしいな」
ガレージの壁にたどり着く。すると、女の子の声が聞こえた。
「サキュバス先輩〜。そこにいるのは分かってるんですよ」
その言葉からして、彼女はサキュバスと同じ闇一族だと判断できる。ガレージをガンガン叩いているその凶器はおそらく、短距離用武器なんだろう。
「開けないと、無理矢理開けちゃいますよ〜」
ここはサキュバスに任せるべきだろうか。いや、自分で名乗り出ておいてそれは男として恥ずかしい。ふと説明書の内容を思い出してみる。確か、1日5回しか印は使えない筈だった。ここで使うのはもったいない気がするがやむを得ない。拳に力を込める。
「今から5数える前に退け。でなければその壁ごとぶっ飛ばすぞ!!」
「なんのご冗談を」
「5、4、3、2、1、『爆破・粉砕波』」
拳の念を込めて、この物体の核を叩き潰す。そして音も立てずにガレージの壁を一瞬粉々にした。辺りを見渡せどさっきの声の主達はいない。どうやらカウントダウンの間に逃げていってしまったようで、こちらの思惑通り逃げてくれたのがありがたい。
「い、今の何…」
明らかに敵についての質問ではない。
「印の能力。もう少し温存したかったけど」
「私のために使ったの?」
「…結果的には」
「借りが1つできたみたいね。でも、ガレージの扉を壊してしまったから、ここに留まることはできないわね」
「…すまん」
腕時計を見ると、7時半を差していた。サキュバスの推理通り外側のマスが1時間ごとに侵入禁止区域が増えていっている。今の時間だとA1エリアからG1エリアが侵入禁止区域だ。となると、スタートから7マス塗り潰されていることになる。つまり、1日目の最後の侵入禁止区域までに、外側の24マスは全て侵入禁止区域になってしまう。
「ここからだとC4が1番いいわ。C5は交換所だけどあいにく私は自分の手札1枚のままだもの」
「同感。でも、気をつけた方がいいんじゃないか?ガレージを叩いてきた奴らも近くにいるかもしれないだろ?」
逃げたとは言え、瞬間移動が禁じられてる今では交通手段が徒歩か走ることしかできないだろう。
「そうなれば戦うまでよ」
「なんだか、あんたの知り合いみたいだったけど?それでも戦うのか」
「………」
肯定とも否定とも取れない態度を取られたが、ここにいてはまずい。他の参加者にも居場所が分かってしまう。考えるよりも早く、俺は彼女を引き寄せて、そのまま駆け足で西を目指す。
「強引なんだからっ…もう少しゆっくり走れないの?」
振り向けば肩で苦しげに息をする彼女。
「じゃあ、背中に乗っかるか?」
「無防備すぎよ。私が裏切って首輪の爆弾作用させたら貴方はジ・エンドなのに」
「わざわざ犯行を教える律儀な奴がどこにいるんだよ。あんた、まだ手札1枚しかないんだろう?だったらちっぽけなナイフしかないじゃないか」
「印が使えるならなんでもできるけど」
確かに闇一族なら、この世界がホームグラウンドだ。さらに彼女のクラスになれば、俺を瞬殺するなど朝飯前だろう。
「蒼太に会えなくなってもいいのか?」
「自力でいくらでも探せるわ」
「あの時みたいに、また襲い掛かる奴らもいるんだぞ?簡単に行くかな」
「それは貴方だって一緒じゃない。かつて死亡者リストに形成されてたのに、生きてるなんて、闇一族の格好の餌食よ」
「闇一族にも賞金稼ぎがいるのかよ」
地上世界でも闇一族の血筋を受け継ぐ人間を生け捕りにすると多額の金額が手に入れられる。実際のところ誰も捕まっていないが、女王の首にかかる賞金は、国家が1つ立つような膨大な賞金で、それを生業とするハンターが後を絶たない。
「賞金ではないわ。その魂が欲しいの。さっきの2人もそう。貴方を狙ってる」
「あんたじゃなくて、俺を!?」
「そう。紅龍の血筋は皆殲滅させたいもの。貴方達にとっての平和の象徴は、私達にとっては破滅の象徴」
「だから、親父を生け捕りにしたわけか…」
「そう。だとすれば蒼太も危ないわね」
彼はまだ闇一族の力どころか、能力者特有の【印】も発動できていない。そんな状態で狙われでもしたら、それでこそ危ない。
「じゃあ毒殺事件の犯人は…」
「さっきの2人よ。1人は明らかに男の子を狙っていた。もう1人は周りの目撃者に告げ口されるのを防ぐために川に毒消し草と硫酸を交ぜて殺した」
彼女のカードは確かハートだ。そして大量毒殺事件はA5〜A7で起こっている。だとすればA4地点からその現場を見たとしてもこの発言ならおかしくはない。ただ1点だけ疑問点はあるが。
「その男の子の特徴は?」
「マントにえんび服の夏服。そして威嚇するためピストルを持ってた」
マントにえんび服の夏服は蒼太しかいない。しかし、スタート時間もない時にピストルを持っているとすれば…。
「ピストルをその時間で持っているなら、間違いなくあの男の子はJOKERを持っているわ。加えて防弾チョッキも着ている。でなければ魔法玉の攻撃で死んでいたもの」
俺の顔から体温が消えていくのを感じ、真っ暗である視界が突如白くなり気がつけば、サキュバスに体を支えられていた。
「まさか、貴方…JOKER以外のカードなの?そしてその男の子が蒼太だったの?」
どうやら、俺と蒼太はこのゲームで死別する運命にあるらしい。だが、さらに気になることが1つ。
「蒼太はまだ死亡してない。そしてあんたはいつまでそこにいたんだ?」
「毒殺が終わった直後、あいにく男の子の姿は見失ったわ。ただ…黒装束を着た人間とすれ違った」
「黒装束だと?」
蒼太の服装は前の通りだ。だとすればそんな特異な服装をする人間は1人に特定できる。そう、輝樹と蒼太は接触した。
「そうよ。黒装束が何か?」
「いや、なんでもない」
その後のことは、多分サキュバスに聞いてもわからないだろう。今分かったことは、蒼太は魔法玉を当てられてどこかを負傷している。そして、輝樹がその場所に通り掛かった。輝樹の人間性を信じてみると、間違いなく蒼太と2人行動をしている。負傷したままでは、いけないと思った輝樹はなんらかの処置をする。もし重症ならば近くの医療所まで蒼太を運んでいるに違いない。あらかじめ持参したピアス型通信機の電源を点ける。
「何をするつもりなの?」
C4エリアの住宅地のテレホンボックスの中に入り、電波を合わせる。通信機が繋がる保証はどこにもないけれど、今話がしたくなった。幸い今回のルールは通信をしてもよいことになっている。
「こちら、TS。応答せよ」
やはりつながらないのだろうか。幾度もその言葉で輝樹を呼び掛けるも応答が全くこない。サキュバスに向けて顔を横に振るとため息をつかれた。
「やはりあのまま電波は切れてるみたいだ」
通信機の電源を切ると、サキュバスは何かを感じ取ったらしく辺りを見渡している。
「どうかした?」
「今の、誰に連絡したの?」
「昔の旧友」
「貴方も呑気なものねぇ」
輝樹のことについては言わない方がいい。そう思った俺は曖昧に頷いた。
テレホンボックスから出ると、参加者達が俺達を囲う。皆サバイバルナイフを片手に印を発動している。ナイフと肉弾では明らかにナイフの方が有利だ。印はあと4回しか使えない。さらに1日目が終わるのは翌日の12時だ。ここで無駄に印を消費したくない。だが、参加者達は俺達に近づいてくる。背中合わせになったサキュバスが何かを取り出す。
「合図したら、しゃがむのよ」
何かしら企てているのだろう。参加者の1人の刃先がこちらに向かう瞬間、サキュバスの合図が来て、すかさずしゃがみ込む。すると何かを打つような音が耳元で聞こえた。気になって立ち上がろうとする。
「馬鹿、ずっとしゃがむのよ。怪我しちゃうわよ」
その言葉の直後、地面に何かを打ち付けられる音が聞こえた。すると視界にはサバイバルナイフを握っていた筈の参加者達が地面に腹ばいになっていたのだ。どうやらサキュバスが取り出した何かによって、彼等は動けなくなってしまったのだ。参加者達が動かなくなったのを判断すると、ようやく立ち上がることを許可された。
「全員、殺したのか?」
動かない人間達を見て疑問に思う。
「麻痺させただけよ。殺せば誰のカードが誰に渡ったか明らかになる」
つまり、参加者を殺せば殺すほど、カードが増えてアイテムを得やすくなるが、裏を返せばカードをたくさん持つ参加者がいれば当然欲しがる参加者もいる。となれば、殺害数の多い人間ほど、参加者の標的の的になる。サキュバスはそれを防ぎたくて敢えて殺さなかったのだ。
「…でも、今度は容赦しない」
彼女がリュックサックに直す直前、穂先がしなやかにみえたので、鞭だと一発で分かった。この時ばかりは組んでいて正解だったと実感した。もし敵同士なら、俺も地面に叩きつけられた側に違いない。
紅蓮の月が赤黒くなる9時半以降に漸く、第一夜の休息の地、つまり住宅地内の空き家に着いた。彼女が言うには見張り役として、2時間ごとに交代しようということだが、すでに気疲れしていた俺は、とにかく寝ようと言った。
「じゃあ貴方だけ寝てなさい。死んでもしらないんだから」
とは言うものの完全な夜行性であるサキュバスは寝ずの番をするつもりらしい。さっきのお礼なら、テレホンボックスの件で事足りているのに。
「それはやだな」
「寝ててもいいのよ」
「女性に大変な役はさせたくない」
「…じゃあ、一緒に起きてる?」
女王とそれほど変わらない歳の彼女が一瞬だけ俺達と同じ世代の女の子に見えた。
(おかしいな、俺。瑠唯ちゃん一筋だったのに…)
小首を傾げるその姿に、不覚にも彼女が可愛いなと思ってしまい、曖昧な返事して、密室の寝室からは見えるはずのない空を一度だけ仰ぎ見た。
………be continued