【暗黒の狂詩曲】

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※聖視点


『死亡者は…』

流れる全体放送にF4エリア、つまり宿泊所の寝室で耳を傾ける。すでに死人は10人も出ていた。商店街の銃撃戦にあった死体そして、A5〜A7地点の毒殺事件。少なからずこのゲームに乗った人間がいるということだろう。


『…以上だ』


幸い、蒼太や輝樹の名前を挙げられることはなかったので、一安心だ。いや一安心と思うのは不謹慎なことだろう。10人の命が一日足らずで、無くなってしまったのだから。こんなにも簡単に人は死ぬのだ。そのことに実感している筈なのに、ほとんど何も感じないのはどうしてだろう。そう思っていた矢先に毒殺の殺害者にカードが行き渡る。名前を告げられたが面識がないのかさっぱり分からなかった。しかし、商店街の銃撃戦の死体の彼は他殺ではなく自殺だったらしく、何も関係なくたまたまあの時通り掛かった俺の所有カードになった。ちなみにそのことについては俺以外知らない。どうやら殺害者のみ名前が明かされる仕組みらしい。この放送を聞いて、死亡者の中に俺の名前が挙がらなかったから蒼太は、少しは安心してくれただろうか。

ウォータークーラーに調達した材料を取り出す。一人で食べるのは寂しいので、さっき条件つきで契約をしようと言った割と美人な女の子と期間限定パートナーになることになった。彼女は今、宿泊所のキッチンで料理を作ってくれている。

「ゴツいおじさんかと思ったけど、割と若い声色なのね」

規則正しく包丁で野菜を切る音に軽やかで女性らしい声が混じる。

「今年で20だよ。あんたは」

「女性に歳を聞くなんて、なんて失礼な人」

「悪い悪い。で、あんたの契約の続き教えてくれない?」

包丁の音が止み、こちらに紅蓮色の瞳を向けられる。

「徳川蒼太」

「蒼太?」

「あら、お知り合いなの?彼と」

大きな瞳がより一層大きく見開かれる。ただ探す理由は分からないがとりあえず利害は一致している。蒼太を探したらパートナー制は解除されるので好都合だ。


「まあな。偶然俺もそいつともう1人を探している」

「ふうん」

興味がないのか彼女は何事もなかったかのように再び作業を始める。振り向いたその姿に見覚えがある。そう、現クリスタルキャッスル女王の佐伯玲奈。パートナーになったのはその姿が気になるからであったことは、内緒だ。でも彼女の名前は説明書にある参加者一覧にはなかった。おそらくそっくりさんであって女王自身ではないだろう。すると、彼女はエビチリとスープとごはんをテーブルに持ってきてくれた。

「とにかく、お腹が空いてちゃあ話にならないから」

「ありがとう。助かったぜ。いただきます」

早速エビチリを頬張る。調味料系が物をいうこの料理だが、明らかに必要な材料がなかったにも関わらず彼女のエビチリはちゃんとしたエビチリとなっていた。

「んーおいしい。あんた、いい嫁さんになれるぜ」

その言葉に今更はっとする。今日と同じ一年前の日に瑠唯ちゃんが、俺と輝樹のために手料理をした時、あまりにも美味かった。その時同じ言葉を言ったのだ。

「どうかした?」

「いや、なんでもない」

すると彼女はおもむろに説明書を開き、目を見開いた。その様子がただならぬことだと考えた俺はそのページを恐る恐る覗く。

『宿泊所の滞在可能時間は8時間。それ以上の滞在は参加者の首輪が爆破する。また他の宿泊所に行く場合も時間が加算させられる』

慌てて時計を見る。ただいま18時半だ。ここに辿り着いたのは13時半で、滞在時間は5時間だ。あと3時間しかない。

「どうする?」

「俺達は、今後宿泊所に行くことはできても休むことはできない。つまり野宿するしか方法はない」

「敵に無防備に寝顔を晒すのは、自ら殺されに行くのと同じ行為だわ」

彼女の言うことは正論だ。しかし、不眠不休で3日間いやゲームが終わるまでいられない。だからどこかで確実に休める場所が欲しいのだ。

「私の推理を信じるか信じないかは貴方次第だけど、一日目の侵入禁止エリアはA1地点から反時計回りに1時間ごとに外枠を回りながら該当する。とすれば、D4を除く内枠エリアに休むのがベストね」

彼女の推理は大方正しい。禁止区域の放送はすべてA1から反時計回りのエリアが選ばれている。地図にある中央のD4エリアは指令本部だ。前もここだけはゲーム終盤まで侵入不可で一歩でも入ろうとすると首が吹っ飛ぶ。前回ゲーム反対デモをした参加者は全員ここで死んだのだ。

「死にたくなければ、あんたの提案を呑むしかなさそうだな」

「勝ちたいのなら尚更。幸い私達はお互い JOKERのカードを持っていない。運が良ければ共存も可能ね」

その手段は輝樹と奏が死んだ後に取る、自分だけが生き残る最悪で最低なケースのみだ。そうなったら彼女の提案に乗ることにしよう。

「でも貴方がそれを望んでないのは、やはり徳川蒼太の存在がいるからでしょう?」

「察してくれて助かる。でも…あんたが蒼太を探る理由が分からない」

しばしの沈黙が流れるがこれ以上この場所にいては死に繋がるので、俺達は宿泊所を出る。夜になれば漆黒の空に浮かぶ紅蓮の月がより不気味に光を放っていた。

「蒼太を探している理由…。蒼太の名前に気がつかないかしら?」

「蒼太は蒼太だろ」

首を傾げる俺に彼女は、声に出さずに口元だけで『ソ』と『ウ』と『タ』と動かす。

『そうた…そうた…そう…そう??』

「偽名を使ってもなんらおかしくはないわ。だって、あの人も行方不明だもの」

「残念だけど、あんたの推理はそこだけ違うね。あんたは蒼太を徳川爽だと踏んだ。でも、爽さんは蒼太の父親なんだ。あんたの求めてる爽さんは過去の世界に戻った。そして今は風前の灯火らしい」

すると、唇がへの字に曲がる。息子がいたことに嫉妬しているのだろうか、それとも彼の余命がいくばくも無いことを嘆いているのだろうか。

「嘘よ。そんなの嘘よ!!あの人はいつだって徳川礼ただ1人のために生きていた。女なんて興味がないって言ってた。なのになんで息子がいるのよ。どうして、あの人が死にかけになるまで誰も気づかなかったのよ」

どちらともに抱いた悲痛な感情だ。やり場のない怒りと悲しみを俺の胸にきつく叩く彼女。そしてさっきみた紅蓮色の瞳と漆黒の髪。彼女はおそらくサキュバスだ。でもサキュバスなら故人・雅也さんに殺害された筈ではないか。

「ごめん。今の話であんたが誰か分かったよ。雅也さんから直接的な致命傷を与えられ、そして与えたサキュバスだね?」

「…彼のことについては言及されても仕方ないわね。私は玲奈の大切な人を奪ったもの」

叩くのをやめた彼女は、さめざめと涙を流す。こういう時、抱きしめてやる男はいたのだろうか闇一族の中に。


「玲奈は、私を見逃した。雅也の言葉を今でも覚えてる。裏切り者と言われ、闇一族と脱却した玲奈は立場上、私を殺さなければなかった。でもあの子はしなかったのよ…」

「じゃあ、なんであんたが雅也さんを殺す必要があったんだ」

怒りでも哀しみでもない。ただ単に真実が知りたい。どんな理由であれ雅也さんを殺したのなら尚更だ。

「私も立場上、玲奈を殺さなければならなかった。裏切り者の玲奈を。だから去り行く彼女の背中を突き刺そうとしたら、彼が庇ったのよ…。あの時ね、正直言って玲奈が羨ましかったわ。自らを犠牲にしても守ってくれるような存在がいたなんて」

お互い敵同士の立場故に雅也さんは巻き込まれてしまった。完全にサキュバスが悪いが、もしそれが爽さんに愛されるためにした所業だとしたら、なんて残酷で悲しい選択をしたのだろう。彼は決して彼女を想うことはないのに。

「礼のことは言った方がいい?」

「話せる範囲でいい」

「あんたって変な子ね。私が闇一族でかつ殺人者なのに、殺そうとしないなんて」

どんな理由であれ自分から人を殺さない。そう決めたのだから、最後までそうしたい。

「闇一族の事情も知っておきたいんだ。ちなみに俺はその礼の息子」

「じゃあ…ほとんど瀕死だった景は生きていたの?」

「あんたが雅也さんを殺してしまったおかげで、ドナー提供されたから生きてる」



そして俺と妹が生を受けた。確かに被害者側の女王は長年心を閉ざしたし、親父だって未だに傷を負ってる。でも、もしそうしなかったら雅也さんはドナー提供を踏み止まって、母が死んで俺達は生まれなかった。となれば今は複雑な気持ちだ。


「全面的に感謝はできないけど…」

「分かってるわ。そういう優しいところは礼に似たのね。あの人はプリンスの罠だってとっくに気づいてたのに、わざと引っ掛かったのよ」

「………」

それについては、母から聞かされているし今更何も思わない。

「情報提供ありがとう。あんたにとって俺は完全に敵の立場だろう。でも1つだけ言う。俺からはあんたを殺しはしない。そして一緒に蒼太に会うために生きてくれないか。あんたのプリンスの忘れ型見なんだよあいつは」

「…そうね。どんな子か知りたい。あの子だけはプリンスに返してあげなきゃね」

闇一族は良心のかけらもないと長年聞かされてきた彼にとっては、軽い衝撃だった。

「闇一族だからって性根からそうじゃなかったわ私は。私もプリンスさえ貴方と同じ普通の人間になってくれるなら、やめてもよかったのよ。ねぇ、その子もやっぱり闇一族なの?」

「違う。あいつは闇一族ではない」

「まだ洗礼されてないうちに、返してあげなきゃ。あの人もかつては身内思いだったから」

爽さんと親父は全くの対極な人間だと思っていたが、家族想いなところは兄弟揃って一緒だ。長年闇一族として彼と共にいた彼女がそう言うのなら確実にそうだ。

「もちろんそのつもりだ。そして俺は親父と爽さんをもう一度対面させる。あの2人は喧嘩別れしたんだ。俺達家族のために」

「…そう。なら」

「パートナーとしてあんたをなんと呼べばいいかな」

「サキュバスでいいわ。貴方は…」

「徳川聖。セイって呼んでくれ」

すると彼女の表情が硬くなる。前回ゲームの名簿で死んだ筈の俺が今ここに彼女の目の前にいるのだから当然の反応だ。

「前のゲームで死亡した筈じゃない。どうして…」

「それはお互い言わない話だろ。あんたが生きてるのだって俺は信じられないんだから」
「分かったわ」


その後サキュバスの提案で北にある住宅地エリアに向かった。ここならエリア侵入禁止の時間まで休息も取れる。俺達は自動ガレージを閉めてそのまま横たわる。

「貴方の目的は?」

「親父の記憶を取り戻すこと。闇一族のあんたなら分かるかもしれないと思ってパートナーになった」

「残念だけど、礼が記憶を失った歳に私はまだ生まれてないわ。プリンスが闇一族に染まったのはその頃だったとしか分からない。ただ強烈な憎しみを抱えていた。本来は純粋な思慕だったのよ。後になって分かったのは始祖が彼の優しさを利用したの」

その後の彼女の話によると、両親を失った幼い親父と彼は2人だけで生きていた。だが、ある日闇一族の祖つまり闇雲ウイルス思念体が爽さんだけをさらった。そしてその7年後、親父の記憶は生まれてきてからその時代までまるごと失ってしまったのだ。

「記憶を失っていたことは、爽さんは知ってたのか?」

「それは本人にしか分からない。それに私の本来の目的は終わったのよ。徳川蒼太=徳川爽か確かめたかっただけだから」

そのためだけにデスゲームに参加するなんてどうかしてる。しかし、俺もただ親父の記憶を取り戻すためにこのゲームに参加したのだ。しかも前回は輝樹を犠牲にして。真っ暗闇の中俺達は種族を超えて肩を寄せ合う。瑠唯ちゃんが見たら顰蹙ものだろう。

「プリンスも礼と一緒に眠っていたのかしら」

「そりゃあ兄弟だもんなぁ」

「玲奈と雅也もかしら」

「今じゃあその指定席はフラット先生に変わってるけどな」

すると俺の手を握るサキュバス。

「あの少年も、大人になったのね」

彼女曰く一度だけ幼い頃のフラット先生と対峙したことがあるらしい。もちろんフラット先生が負けたのだけど。

「彼女の過去もすべて受け止めると言い切った。あの時のフラット先生の顔は真剣そのものだった」

故人・中川雅也の偉大さもありどれだけ苦心しただろうか。あの時俺はまだスクールに入りたてのころで、彼の苦悩も痛いほどの想いもほとんど分かっていなかった。

「フラット先生にとっての太陽は女王だった」

「私は玲奈にとっての太陽を光の届かないところへ追いやった。そして自分は太陽を追い求めるどころか、どんどん闇に堕ちていくしかできなかったわ」

「そういった意味ではあんたと俺は同類だよ」

比翼連理だった輝樹と瑠唯ちゃんを直接的ではないにしろ、デスゲームの参加という形で引き離してしまったのだ。そして今度は蒼太と彼の帰りを待つ爽さんを引き離すだろう。俺は、この罪を共有する誰かを知らず知らずのうちに探していたのだろうか。そして彼女も終わることのない罪を誰かと共有することで、押し潰されそうな自分を保っているのだろうか。気がつけば俺達は2人とも声も出さずに大粒の涙を流していた。お互いの手を固く握りしめながら。











………be continued


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