【暗黒の狂詩曲】
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※蒼太視点
最初の侵入禁止エリアの放送からいまだスタート地点から動けていない。というのもこのゲームについての見解が、覆されてしまったのだ。みなこのゲームに乗っていると冷酷な主催者が言い放った。彼の言葉の全てを信じるのなら、一般人の僕は圧倒的に不利だ。結果的にここにとどまるしかないだ。としても、ここが侵入禁止エリアにならないとは限らない。現にA1エリアが、すでに侵入禁止区域のカウントダウンに差し迫っている。改めてカードの中身を見ると、冷や汗を掻いてしまう。初めてこのカードについて教えてくれたのは、純平さんだ。春代さんが考案した探偵ゲームがきっかけで付き合うことになり、今日まで結婚生活を続けていけたらしい。そんなハッピーエンドを導いてくれるカードならよかった。でも、殺人ゲームにこのカードがそうなる要素は皆無だ。共存できるのは、僕と全く同じカードを持つもう1人の参加者だけ。
(もし貴方が、もう一度そのカードを持ったらどう思う?)
今の時代にはいないであろう彼に、心の中で問い掛けてみる。かつて同じカードを引いた彼がもしこのゲームに参加したら、間違いなく絶望するだろう。全く同じカードのパートナーを持たないと自分以外の人間を見殺しにしてしまうから。もしくは死を選ぶなら他殺されるか、自分から自殺するしかできないのだ。ただ僕の手で殺めることはしたくない。でも見ず知らずの他人に殺されるのも真っ平御免だ。どの道、通常なら聖と輝樹さんと僕は3人揃って帰ることはできない。つまり生と死をもって別れてしまう運命は変えられないのだ。その死神の運命を覆せるとすれば奏くんの作戦を利用せざる得ない。作戦はすべて頭に叩き込んである。
(爆破装置を解除できることだけは、したい。それを輝樹さんに教えて聖と彼を助けたい)
一般人の僕だからこそ能力者の皆の思いつかないことをしたい。だとすればこのカードとアイテムを有効活用するしかない。防弾チョッキを身につけて、スタート地点の近くにある川辺に向かう。暗黒の空と紅蓮の月に照らされた、川が不気味に染まっていたが、そんなことにいちいち怯えては前には進めない。聖に会うために進むしかないのだから。すると、他の参加者達と目が合う。一般人の僕は格好の標的である。殺意の標的になった僕は使いたくもないピストルを威嚇のために空に向けて放つ。
「近づかないで!!僕は貴方達と殺したくないんだ!!」
「だったら、そのピストルはなんだ!!」
叫びながら指摘する参加者とは別の1人が玉らしきものを放つ。その軌道があの時のようにスローモーションに移る。僕はひたすら彼らの攻撃を避けた。誰も殺さない。だから、逃げるしかなかった。しかし、視界が悪かったためふくらはぎを狙うその玉を見失ってしまう。魔法玉が当たり、あまりの痛さに川辺の岸に倒れ込む。防弾チョッキと言っても魔法系の攻撃のガードはしてくれないようだ。あくまでも防弾用のチョッキなのだから。すると新調したてのズボンから夥しい量の血が流れ、左足のひざ小僧とふくらはぎにに焼け付くような痛みと熱が篭る。どうやら二発受けてしまったようだ。ゲーム序盤でこの様だ。
あの冷酷な主催者の言葉が蘇る。
『一般人の分際で愚かな』
(本当に僕は愚か者だ)
向けられた渇いた笑みに死への恐怖が流れ込む。さらに背中に魔法玉が直撃する。意識が暗転とする。その前に見えたのは、冷酷に微笑む参加者の瞳だけだった。
気がついた頃には、参加者の気配はなかった。相変わらず川辺に横たわってたらしい。左足のふくらはぎとひざ小僧を触れてみると、やはり痛い。血液は凝固してるようだ。時計を確認すると3時を差していて、スタートから3時間ぐらい経ったようだ。幸い侵入禁止区域には当たってない。そして僕の首はまだ繋がっている。それを確認すると後ろを振り向く。僕を狙っていた参加者ほぼ全員が川に浮かんでいる。ただし、皆俯せのまま川に浮かんでいる。不審に思った僕は痛む体を引きずりながら、川辺に打ち上げられた参加者の一人の顔をこちらに向ける。すると瞳孔を開いたまま死んでいたのだ。脈をとってもないからこう判断できる。とすればこの参加者は全員誰かの手によって殺害されたのだろうか。普通は取り乱すべきなのだろうが、何の面識もない人間に僕は興味はない。ただこれが聖か輝樹さんなら、僕は正常な思考ができなくなっていただろう。そう思うとぞっとする。しか死亡者全員に目立った外傷は見られない。皆無傷のままだ。とすれば…
「毒殺だ。間違いないね」
僕の憶測をそのまま言葉にしたこの声の主が参加者達を一気に殺した犯人だろうか。警戒心を最大限まで引き出して、右腰にあるピストルを取り出す。だけどないのだ。まさか気を失った時に奪われてしまったのだろうか。
「君が気絶してる間に、ピストルは奪った。死にたくなければ僕とパートナーになってくれ」
案の定そうだった。今僕のこめかみにあたる冷たい金属の感覚。今僕は、間違いなく銃口を向けられている。そして殺されようとしている。
「断ると言ったら?」
「死ぬよ」
顔をあげると、黒装束を来た青年が弓なりに弧を描く口元だけが見える。漆黒の空に照らされた口元と頬から下にかけての輪郭。そして肌の白さに硬直する。引き金が引かれる。寸で助かった命もここで終わりだろうか。思わず目を閉じると、クスクスと笑われた。
「馬鹿だなぁ。僕が人を殺すわけないじゃない。それと君が疑わしいと思っているであろう毒殺の犯人についてだけど、僕じゃない。僕が来たのはつい5分前だよ。それに」
拳銃を下ろすと彼は紙を川に浸す。すると白いはずの紙がみるみるうちに変色していく。
「やはり、この川は毒に浸されてる。君は、ラッキーだったね。気絶してたのと川辺にいたから彼らのように巻き込まれなかった」
「つまり、僕が気絶した間に参加者は殺害されたってことですか」
「そういうこと。ここの近くに医療所があるみたいだから、とりあえずその足の傷を治療しないとね」
勝手に話を進められては困る。僕は聖を探さなきゃならないのに。
「あの…貴方は何者なんですか?」
「いずれ分かるよ。でも、まだ君には教えられない」
「じゃあ僕の名前を貴方に教える義務もないみたいですね」
いつもことあるごとに毒づく友人の影響を少なからず受けたようだ。するとまたクスクスと笑われた。
「なかなかの切れ者だね。さあ僕の背に捕まって。その怪我なら、下手に動くと奴らの格好の餌食になるよ」
彼の言う通り、今の僕は自由に動けない。優先事項として、おとなしく従うほかなかった。彼は被っていたフードの頭部の部分をサバイバルナイフで切り、器用に僕の左足に巻き付ける。そして自分の背に僕を乗っけた。素顔を晒してまで助けてくれた彼に自然とお礼をしたくなった。そういう僕を見れば奏くんなら、馬鹿だと言うだろうけど。
「ありがとうございます」
漆黒の空に天使の髪色とはなんともミスマッチな組み合わせだ。彼が地上世界にいたら間違いなく後ろ姿だけで、女の子にモテるだろう。
「人が死ぬのは見たくないからね」
この人もゲームには乗ってない。さっきのは威嚇行動に過ぎない。
「じゃあ…僕が死ぬまでパートナーになりましょう。あいにく僕は動けませんがそれでもいいなら」
「簡単に言っちゃって。僕が君を裏切るってこともあるんだよ?タナトスが言わなかった?『裏切り行為もあり』だって」
放送された内容も説明書にも【裏切り行為可】だと記されている。
「人を殺したくないのに裏切るってどうするんですか」
「…とことん追求するんだね。まるであいつみたいに」
「あいつ…?」
「空耳だよ。ほら医療所に着いたよ」
顔をあげると古ぼけた建物が見える。あれが医療所だろうか。医療所の門で下ろしてもらい、肩を支えてもらいながら足を引きずるようにして中に入る。すると、主催者側だろうか講堂で見かけなかった白衣の男性が立っていた。
「すみません、足を怪我したようで」
「足の状態を見せてくれるかな?」
巻き付けたフードを外し、ズボンをめくられる。血液は凝固してるが、依然として激しい痛みは残っている。すると白衣の男性は僕のひざ小僧とふくらはぎに麻酔注射を刺して、針を縫う。麻酔注射のおかげでほとんど痛みは感じなかったが、そのせいで治療後も左脚がうまく動かせなくて、ギブスをはめられたまま待機する形となってしまう。
「…申し訳ありません。僕とパートナーになったばかりに足止めをくらわせた」
「馬鹿なこと言わないで。僕自身の意志で君をパートナーにしたんだから」
「…でも」
申し訳なくて思わず涙を流してしまう。すると顔を近づけられ頬を触れられた。
「君はしばらく安静にしなよ。その間に食糧見つけてくるから」
「それじゃあ僕は…」
「とにかく安静してて。でないと、その場で殺しちゃうよ?ピストルもまだ僕の手にあるし」
「それは困ります」
じゃあ安静しろ。そう言いたかったのだろう。僕に反抗する力は残されてない。彼に診察室の簡易ベットを寝かされた。そして、彼は僕の目の前から去った。すると医者の男性が簡易ベットの隣にあるパイプ椅子に座る。
「あの…貴方も主催者側なんですか」
見る限りでは優男風だが、この人もさっきも冷酷な彼と同類なのだろうか。
「どうしてそう思うの?」
「首輪がないから…参加者にはあるけど、貴方もスタート時の彼も首輪を着けてなかった」
渇いた笑いが診察室内に広がる。
「そうだよ。君達参加者を監視する主催者。参加者と主催者の大きな区別はそこにある」
初めて会った主催者と違って、眼差しが優しい。それゆえに瞳の奥に哀しみが混ざっているのが分かる。
「じゃあ今なら殺せますよね?僕は充分に動けないし」
「医者に殺せというのかい?誰かを助けるためにいる医者に殺せと…」
その人の瞳が全面的に哀しみを宿している。もしその瞳が嘘ならとんだ詐欺師だ。僕はそれを試したくて敢えてそんなことを言ってしまったのだ。誰に似たのだろうか。
「君はどうして、死のうという気持ちになるんだい」
「必要とされてないから。誰にも必要とされていない。それに今の僕は明らかに彼の足手まといです」
「…でも、彼は君を助けた。理由はどうであれ助けたのは事実だ。必要とされてないわけがないだろ」
その人の感情に偽りを感じなかった。またそれゆえに僕は優しい彼を傷付けてしまったのだ。
「…ごめんなさい」
「分かればいいよ。本当は僕も誰一人として死んでほしくないから」
だったら何故主催者側になってしまったのだろうか。こんなにも優しくて思いやりのある彼がどうして人を殺すのに一切の躊躇もないあの人と同じ主催者側なのだろうか。それを聞いたら今度こそ僕は殺されてしまうのだろう。
「ここのエリアが禁止区域になるまで君はここから離れちゃいけない。彼が帰ってないかぎり」
怪我人の僕が生きて帰るにはそれしか方法はない。だから動かずこのまま待機していよう。
「すみません、リュックの中にある地図を出してくれませんか」
「分かった」
彼は僕のリュックから地図を取り出す。そして、現在いるこの場所に指差した。
「君がいる医療所Bは、D6エリア。禁止区域は2日目以降だね」
「タネ明かししていい情報なんですか?」
「まあね。そのカードを持っているから禁止区域なんて関係ないけどね」
「特権ってやつですか?」
カードの情報は主催者側にいる彼には筒抜けだ。そう考えるとやはり彼も主催者なのだろう。
「そう。誰かが君を殺さない限り君は生きていける。ただしパートナーも同じカードでなければならない。諸刃の剣みたいなカードだから」
「………」
「とりあえず今は休んだほうがいい。見たところ君は一般人だそうだね。能力者が圧倒的に有利なこのゲームに参加するにはよほどの事情がありそうだけど、詮索するのはよくないね。彼が帰ってきたら起こしてあげるから」
「…ありがとうございます」
幸か不幸かは分からないが僕はある程度このカードのおかげで命を保っていられるのだ。だけど、奏くんが言っていた輝樹さんのパソコンのある場所が気になって眠れない。こうやって動かない間に誰かによってそのパソコンを奪われてしまったら、奏くん単独で情報を得なければならなくなるのだ。どうか、誰もパソコンを手に入れませんように…。そう願いながらも僕はとうとう眠ってしまった。
次に起きたのは、黒装束の彼が帰ってきた夕方頃だ。彼の言う通りこのエリアはまだ侵入禁止区域エリアではない。幸いこの場所には、僕と医者と彼しかいなかったので、今日は3人で料理を食べることになった。どこで仕入れたか分からないけど、材料はみるみるうちにドライカレーになった。動けない僕のために彼はスプーンに少量のドライカレーを乗せて口まで運ぶ。見ず知らずの他人にそうされるのは恥ずかしいこの上なかったけど、朝から何も食べてない僕は明らかに食べ物を欲していたので素直に頬張ることにした。
「おいしい…です」
すると黒装束の彼が嬉しそうに笑う。よく見るとスカイブルーの瞳をしているし肌も白いし鼻筋も通っていて、童話に出てくる王子様のような端麗な顔立ちをしている。だとすれば彼は、流暢にジパング語が話せる外国人なのだろうか。
「良かったぁ」
「食欲もあることだし、体力は今日一日寝れば大丈夫だよ。また困ったことがあったらここに来ていいから」
「…ありがとうございます」
その後、僕はパートナーになったばかりの彼のことが知りたくなったので、医者には2人きりにしてほしいと頼んだ。すると、何も言わず診察室から去ってくれた。
窓に映る紅蓮の月。パートナーの彼も今同じ月を見ている。
「あの…」
「ん?」
「どうして貴方は参加者になったのですか?」
笑みが消える。そして絶え間無い沈黙が流れる。この沈黙の重々しい空気からして、彼もまた聖と同じように自らの意思でエントリーしたわけではないのだと読み取れた。そして、彼は意を決したのかゆっくりと深呼吸をすると、その重たい口を開いた。
………be continued