【暗黒の狂詩曲】

□1
1ページ/1ページ

目覚めれば、そこには貴方の顔と貴方を慕う人達が僕の顔を覗き込む。そして朝食に誘って、談笑が始まる。それが新たな世界に来た僕の日常だと信じていた。信じていた。



なのに…








【暗黒の狂詩曲−DEATH OF POKERS−】

聞き慣れないチャイムの音に起こされる。ふと目を覚ますと、僕には全く縁のない学校の講堂らしきところにいた。


(聖は…?確か、一緒のベッドで寝てた筈なのに)


辺りを見渡せど、聖の姿を見られない。その代わりに、見知らぬ人間達がいた。どうやら寝ている間に僕はこの空間に連れていかれたようで、あのゲームの象徴である無機質な首輪が僕の首に掛けられていた。いや、僕だけでなくその空間にいる全員に首輪を付けられている。皆、このゲームを知っているのかたいして驚いた様子ではなくて、それが反って不気味さを増していた。


(夢じゃなかった…。でも聖がいないってどういうことなんだろう)


聖の顔見知りもいない。そう僕は誰も知らない土地で、殺し合いを始めなければならない。しかし、まだゲームは始まったわけじゃない。だが、残酷な知らせを告げるかのように、首輪の付けていない人間が講堂に現れた。その姿を見て怯える人、挑発的な目を向ける人。僕はただ呆然と向こう側の人間を見ていた。

足音が止んだ。

「KONTON倶楽部へようこそ。君達にはこれからデスゲームの名の下に殺し合いをやってもらう」

凍てつくような笑み。すべてを廃絶する瞳。皆、戦々恐々とした眼差しで彼を見る。すると、参加者の1人が立ち上がる。

「冗談じゃない!誰が好き好んでこんなゲームに参加なんてするか!」

「ほほう」

視線が発言者へ向けられる。発言者の言葉からして僕と違って強制的にエントリーされてしまったのだろう。そういう人もいる。いや、聖も彼と同じ立場だろう。そうぼんやり思った途端、発言者の首は吹っ飛ばされた。肉眼でははっきり見えなかったが、主催者の彼の刀が、発言者の首を切り捨てたのだ。幸い能力者でなかった僕は、首がなくなった胴体を見るだけで済んだが、動体視力のいい人や能力者でそういう類の優れた人は、主催者の男が参加者の首を切り捨てるまでの一部始終を見てしまったがために、目を背けている。胴体から血が床に広がる。ようやく人が死んだことを感じた僕は、身震いした。

「棄権したい奴は、一人残らず殺す。いいか、お前達は自分の力でエントリーした。つまりお前達は殺人者としての運命を受け入れたんだ。よもや普通の生活が出来るとは考えてはいまいな」

違う。この人は無理矢理エントリーされたんだ。そう叫びたかった。だがさっきの惨状で僕が彼のように死ぬことを考えると、どうしても声が出なかった。それに彼の言うことは正論だ。いくら人殺しをしなかったとしても、世間ではそう見てもらえないのだ。

「まどろっこしい説明をするのは嫌いだ。詳しいルールは、後ほど支給するリュックサックの中にある説明書を読め。そして、今からお前達にはトランプのカードを引いてもらう。異論はないな?」

「すみません。どうしてトランプなんですか?」

となりにいた黒いエナメル革のワンピースを着た綺麗な女の人が、手を挙げる。刺すような視線が真っ先に彼女に注がれる。僕も可能性と同じ疑問を抱いていたが、とても質問できる勇気はなかった。

「いい質問だ。今回は全員にポーカーをしてもらう。これはタナトスご自身の趣向だ。そのための持ち札がいる。それ以外の質問は?」

さっきの惨状に精神力が疲労しきっているのだろうかタナトスと聞いて固まっているのだろうか、手を挙げる人はいなかった。ここは彼に大人しく従う方が賢明だと考えた参加者達はカードと共に手荷物のリュックを受け取る。


(こんなに重たかったかな…)


リュックの重さに首を傾げているうちに、参加者の名前が次々と挙げられていく。名前を挙げられた参加者は1人、そして1人、講堂から出てゆく。


「徳川蒼太」


僕の名前が呼ばれた。主催者の彼と目が合う。反らせばこちらの負けだ。しばし沈黙の心理戦が繰り広げられたが、しびれをきらしたのは意外にも彼の方で、5分ほどして、沈黙は破られた。

「一般人の分際でエントリーするとは、愚かな」

「………」

それにはどう答えることもできない。肯定しても否定してもこの人は僕を殺すかもしれないから。実際反抗した人を何の躊躇もなく、殺した。だから黙るしかない。そしてなにごともなかったかのように講堂を出る。


「…だが、その心意気褒めてやる」


講堂の外からその言葉を聞くことはなかった。












※聖視点

目覚めると、去年のデジャヴュが起こった。去年と同じ講堂に、去年と同じ状況。少なくともここにいる外れることのない無機質な金属の塊で構成される首輪に戸惑う人間達よりは、冷静にこの状況を把握できる。


(しかし、どうして蒼太がいないんだ)


強いて言えばそれだけが不安要素なのだ。昨日は確か、蒼太とともに奏のベッドに眠っていた。ならば普通彼と同じ空間にいなければならない。納得がいかない。すると、前回も見たことのある、外見だけ見ればかわいい女の子の姿をした主催者が講堂の舞台に立っていた。

「起きてくださーい。皆さん」

その黄色い声に魅了される野郎共を傍目に彼女と目が合う。すると俺にしか見えない残忍な笑みを向けられ、そしてそれは瞬時に営業的な微笑みに変わる。

「今から皆さんに殺し合いをしてもらいまーす。今回はKONTON倶楽部のお楽しみイベントのために、皆さんには、ポーカーをしてもらいまーす」

妙に間延びした声が、カンに障ったがここで逆らうとどうなるか前回のゲームで、痛いほど知っているので平静を装う。

「それでぇー皆さんにはトランプのカードを1枚引いてもらいまぁーす。でも安心してくださいねぇー。どんなカードも引いても最初の荷物はみんな一緒でーす。ちなみに全体放送はー皆さんが頑張ってる結果を放送しますから、皆頑張ってくださいねー」

闘争本能を煽るために敢えてそう言い放つ女。にしても、蒼太の姿が見えない。カードの枚数は13枚。ここにいる人数は10人ほど。だとすれば考えられることは1つ。蒼太は、別エリアに飛ばされた。そして輝樹も別エリアにいる。すると背中を小突かれた。


「聖くーん。引くのか引かないのか早くしてくださいよー。引かないなら首輪がパァアアアンでお首がズドーンだぞ」


彼女はかわいく言ってみせるが、カードを引かなければ即ゲームオーバーだ。女のマニキュアを塗られた爪先にあるトランプのカードを引く。このカードは何を引いても同じだから、中身も見ずに渡されたリュックの中に入れた。するとせせら笑いとともに耳元で囁かれる。

「ふふふ。蒼太くんだっけ?あの子も気の毒ねぇ能力者揃いの参加者の中に投げ込まれて。せいぜい彼が死なないように早く見つけてあげるといいわ」

何故蒼太を知っているんだと言いたかったがそれよりその言葉に心底憎悪が沸いた。だが努めて感情を出さない。出せば向こうの思う壺だ。乱暴にリュックを持つと俺は次の放送を待つ。


(蒼太…会うまで無事でいてくれよ)


講堂を出てから、ちょうど30分後に全体放送が流れた。

『ようこそ。KONTON倶楽部。デスゲームへ。私の名前は周知の通り【タナトス】だ。さて、説明書は読まれたかと思うが概要だけ説明させてもらう。今回はタッグ制、単独行動、グループ。どう行動しても構わない。なのでパートナーが死んでも、自分は死なない。つまり裏切り行為もありだ。

さて今回のポーカーゲームだが、今持っているハート、ダイヤ、クローバー、スペード各13枚の中から君達は1枚引かされただろう。このままではポーカーゲームは成り立たない。そう相手のカードを殺すと、自動的に殺した君のものとなる。つまり、殺せば殺すほど自分に有利になる。

そしてそのトランプの例外であるJOKERを引いたラッキーな君達。君達のリュックには一般のカードより、より生き残りやすいアイテムが入ってる。もちろんポーカーゲームでもさらに有利になるだろう。

ちなみに放送時間は0時、6時、12時、18時の4回。禁止区域の放送は、1時間毎にする。

さて、最後に1つ。生き残りは2人まで。ただしJOKERの君達は、他のカードの持ち主と共に優勝することはできない。最後の1人になるかJOKER同士で生き残るかだ。

諸君の見当を祈る』


どうやら今回も【タナトス】と称される男がこのゲームの主催者らしい。その放送が終わると、真っ先に薄っぺらい説明書を、誰もいないトンネルの出入りで開く。参加者名簿に、蒼太、輝樹の名前は確かにある。よく見れば20年前の闇雲ウイルス思念体にゆかりのある人物の名前が挙げられていた。しかし近くにいないのなら、別ルートからスタートにしたのだろう。だとすれば、蒼太、輝樹が彼らと接触する可能性は高い。

『そうそう忘れていたが、この放送後1時間後にA1エリアが侵入禁止エリアとなる』


行くべき道筋が狭まれた。地図上にある49マスの東西南北に各カードエリアの配られた場所になる。現在いる場所はE2とD2境の場所。A1を通るのは危険だ。となれば今日は食糧を確保することが先決だろう。幸い、E1エリアは、ここから近いしA1とも離れている。もう一度念入りに誰もいないか見渡す。


(さてと、あいつらの分まで持っていくか)

トンネルから西に100mほど進むと商店街が見えた。どうやらこの空間の中にも、普通の場所に見える。いや、昼にも関わらず漆黒の空が見える時点で普通ではない。商店街はほとんど閉められている。食糧調達には持ってこいかと思ったが甘かった。諦めて他の場所に移ろうとすると、鳴るはずのない銃声が鳴り響く。初期装備で攻撃手段になりそうなのはサバイバルナイフただ1つ。

(ポーカーと何か関係あるのか)


たったの数分で、銃を手に入れられるとしたら、JOKER2人のみだろう。それか、もう殺害者が出たのだろうか。この位置からして、自分と同じカードの形、そして商店街に近い他のカードの形を持った奴が争っているにちがいない。そこに蒼太と輝樹がいないことを願いたい。そう思っているうちに銃声が止んだ。どうやら食糧を巡っての闘争だったらしい。青果店の商品はほとんどない。あるのは、ジャガ芋ただ1つ。そして参加者の死体。額に拳銃の弾が突き刺さっている。どうやら即死のようだ。


(気の毒に…)


せめての弔いに、見開いた瞳孔を閉ざした。彼の握っていたのは、血塗れたサバイバルナイフだった。握らされたのか、自ら握っていたのかは分からない。ただ彼には必要はないのだ。何の迷いもなくその血塗れたナイフを懐にしまい込む。すると、黒い影がちらりと見えた。彼が犯人なのだろうか。いや、いまはどうでもいい。何が何でも人を殺さない。それは前回、瑠唯ちゃんと輝樹と3人で決めた制約だ。今回もそれを破るつもりは毛頭ないし、向けるべき敵意は親父と爽さんを引き離した張本人だけでいい。こちらに敵意がないと判断したのか影はすぐに消えていった。

青果店に比較的近い鮮魚店も誰かがもっていったのかほとんどの品数がなかった。ありふれた種類だが、今日の料理に使うエビはまるまる残っていたので、すべて戴くことにした。ついでに保冷剤も戴くと、店の脇にあるウォータークーラーにエビを入れる。そうしていくうちにA1エリアが侵入禁止時間になった。次のエリアが放送されるのは、まだなのだろう。安心した俺は、商店街を巡回してゆく。閑静な商店街から大規模な建物が現れた。俗にいうスーパーというやつだろうか。中に入ると、他の参加者達も食糧調達している。先程と違い、みな和やかな感じだ。すると気配に気づかれたのか手招きされた。これは誘いに乗るべきだろうか。


「警戒しなくていいよ」

そう言われて簡単に警戒の糸を解くことはできない。すると向こうから近づいてきて手を引かれた。

「ここだとまずいから」

スーパーから出されるとそのまま元いたトンネルのところに手を引っ張られて、連れ出される。

「な、何のつもりだあんた!」

「いいから黙って」

口元に人差し指を当てられる。


「………食糧はどうしてくれるんだ」


彼さえいなければ今頃、食料を到達していたはずなのだ。すると、大量の野菜を差し出された。どうやら青果店の野菜がないのも彼の仕業らしい。

「さっきの銃撃戦の合間に得た食糧だよ。僕と組んでくれればその半分君に提供する」

それは願ってもないありがたい提案だが、1つひっかかることがある。

「あんたは誰だ。そしてあの銃撃戦で参加者を殺したのはあんたか?」

すると、サングラスを外す。見たところ俺とは無縁なぱっちりとした瞳で甘いマスクをしている。

「…島田優。銃撃戦の殺害者じゃない。信じてくれないならそれでも構わないけど。さて、組む?組まない?」

目の前の食糧に眩んではならない。誰よりもいち早く蒼太のパートナーとなり彼を守らなければならないのだ。そして輝樹も見つけなければならないのだ。

「提案はとても、ありがたい。でも、あんたとは組めない」

「そうか。残念だな。では次会った時はまたよろしく」


差し出された手を敢えて握手しなかった。落とした野菜を拾って、島田と名乗る男は去っていった。彼には悪いが、俺はそれどころではなかったのだ。気を取り直してスーパーに戻り、残された品物を料理に必要な分だけウォータークーラーに入れる。どうやらこの商店街には、前回同様品物を勝手に漁ってもよいようだ。料理に使う材料はすべて揃った。一秒でも早く蒼太を見つけて、輝樹を一緒に探したい。


(2人とも生きていてくれ。頼む)


それだけが俺の願いだった。










………be continued

 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ