短編
□どんな時も、
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たとえ、
全てを失っても、
毎日が辛い日々になっても、
世界中の人が敵になっても、
どんな時も、
「…え、……今、………何て…?」
「…平助が、………羅刹になった…。」
目の前が真っ暗になった。頭のてっぺんから、足のつま先まで死んだように動かなくて、全ての力が吸い取られたように感じた。
「……おい、…しっかりしろ」
土方さんのその声で、再び視界が鮮やかになった。
だけど、まだ脳は動かなくて、さっき言われた事が理解できていなくて。
「……ら、せつになったって……。え、…嘘ですよね…?」
そんな事を言ってみるが、この空気からして嘘ではないことくらい、自分でも分かっていた。でも、…聞くしかなかったんだ。
「……分かり切ってる事を聞くんじゃねぇ。…まだ、平助も自分自身そのことを受け止められてねぇんだ。いくら隊長やってて、剣の腕が優れてたってまだあいつは餓鬼だ。………お前が、側にいてやらなきゃ、あいつは暴走する。」
その言葉に、鳥肌が立った。
「…お前も、まだ受け止められてねぇと思うが…。…お前には、一刻も早くこの状況を理解してもらいてぇ。……あいつの、側にいてやってくれ。」
そう言って、少し頭を下げる土方さん。
「ひ、土方さん!!頭をあげてください!」
焦ってそう言えば、彼は不安そうな表情で顔をあげた。
「……土方さんに言われなくても、あたしは平助の側にいるつもりです。いるな、って言われても、離れません。…平助のことは、……あたしに任せてください。」
最初っからそのつもりだ。
だけど、…だけど、
今は…。ちょっとだけ、
泣いてもいいですか?
――‐
言ったん部屋に戻って、散々泣いて、自分自身に活を入れて、平助の部屋に向かった。
彼の部屋に近づくにつれ、心拍数がどんどん上がっていく。手は震えるし、冷や汗が伝う。
って、…平助は平助なんだから。何をそんなに心配してるの?
あたしが、側にいるって決めたんだから。
「…平助…?……あたしだけど、…入るよ?」
部屋の中から返事はなくて、でも絶対に中にいる。「…入るよ、」ともう一回言って、障子をゆっくり開けた。
「…へ、すけ…。」
「…」
彼は部屋の壁に寄っかかっていて、一瞬あたしに悲しそうな目を送ったけど、すぐに逸らされた。
見た目は何時もの平助だ。だけど、凄く悲しそうな辛そうな雰囲気だった。
「…平助、ちょっと散歩でも行かない?」
普通に、普通に、…それがモロに出てしまったのか、彼は再び悲しいそうな目線を向けた。
「……無理すんなよ。…言えよ、俺が怖いって。」
「ッ…」
その言葉は、向ける視線に込められたものと同じで。
「…何言ってるの?……平助は平助じゃん。」
「…目がそう言ってねぇえよ。」
分かる。分かるよ?
平助が、わざとそんな冷たい事言ってるって事くらい。
ずっと、ずっと見てきたから。
「……そうかもね。」
「…」
「…あたし、…今平助が怖い。」
「…」
「……理性を失って、…新選組の事も、今までの思い出も…あたしの事も忘れちゃうんじゃないかって、…。凄く怖い。」
「…」
「……でも、…あたしがそんな事させないから!」
力ずよくそう言えば、彼は一瞬目を見開いた。そこに希望があったのは、見逃さなかった。
でも、それも一瞬で。
「……俺だって…、俺だって…今自分が怖い。…沙織が言うみたいに、…皆の事、忘れちゃうかも。…もしかしたら、お前の事傷つけるかもしれない、俺の手で!!…そんなの……、そんなの…絶対嫌なんだ!…そんな事になるんだったら…、…もう……俺に…関わるな…。」
泣きそうな声で言う平助。それに対し、悲しみより、怒りの方が大きかった。
「そんな事言わないでよ!!」
「ッ!」
「そんなんじゃあたしが馬鹿みたい!羅刹になってても、あたしの事忘れちゃっても、平助の手で、あたしを傷つけても、それでも…平助の側にいたい、って思ってるあたしが馬鹿みたいじゃない!!!」
驚いてる彼の表情が、涙で見えなくなった。
その涙を隠すように、彼を抱きしめた。
「………平助…、生きたいから……変若水飲んだんでしょ…?」
「………うん。」
「………一緒に、生きよう?」
「…ッ」
「……平助の側に居れないんだったら……死んだ方がマシだよ。」
「………ごめんッ。…俺、…やっぱり沙織が必要だ。」
「…うん。……あたしも、平助が必要だよ。」
抱きしめる腕に、力を加えれば、彼もそれにこたえるように強く抱きしめた。
流れ落ちた涙を、拭って、彼のそのままキスを落とした。
「……ずっと…、側にいるからね」
「……それ、…俺の台詞。……ありがとう」
側にいるから
(大丈夫、)
(これから一緒に歩めば、)