お題V
□喫茶店
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長い授業が終わって終礼のチャイムが鳴るのと同時に教室をでる。
「伊達ちゃーんもう帰っちゃうのー?」
「Yes.」
ひょっこりと窓から顔を覗かせる佐助に短く答えて止めた足を再び動かした。
実は落ち着いた雰囲気のする喫茶店が今の俺のお気に入りで、そこに行くためにこうも早々に学校を出ていたりする。
煩くて気の休まらない学校に比べて、そこの店はなぜか酷く落ち着くのだ。
外観や内装、雰囲気が落ち着いてるってのもある。けれど一番の理由は、多分、店のマスターだと思う。
動く度にトーンの低い光に照らされて艶やかに光る銀髪で、端正な顔立ちを裏切らない甘いハスキーボイス。しかも結構ガッチリした体格でそうとうやんちゃしてきてそうな感じなのに落ち着いた雰囲気を潰すことなくその空間に馴染んでいる。
適当に隙を潰そうと思って立ち寄った店でそいつを初めて見たとき、どきりと胸が高鳴ったうえに一瞬時間が止まったような気がした。
所謂、一目惚れ、だった。
それ以来時間が空けばその店に通うようになった。今日みたいに学校帰りに寄るのもしばしば。
我ながら乙女チックなことしてんなぁって思うけど、まだ元来火がついたら燃え上がるtypeだからまぁこんなもんなんだろうとどこか冷静に考える自分がいる。
やっぱりやるからには最後まで全力attackだ、だなんてひとり意気込んだところで目的地である喫茶店に着いた。
おしゃれなドアを軽く押せばカランカランとなる来客を告げるベル。
するりと店内へと身を滑り込ませていつも座るカウンターへと腰を下ろした。
キョロキョロと辺りを伺うがお目当ての店主の姿は見当たらない。中にでもいるのだろうかと首を傾げるが、まぁそのうちくるだろうとメニューを開いた。
昨日はあまり空腹感がなくケーキセットだったような気がするが今日は夕飯も兼ねてしっかり食べて帰ろう。
オムライスセットに目星をつけて顔を上げればちょうど姿を消していた銀髪が出てきたところだった。
「いらっしゃいまー…」
決まり文句の挨拶をしながらあたりを見回して俺の姿を見つけた途端、小さく目を見張った気がした。心なしか言葉も途中で途切れた気がする。
「すみません、オムライスセットひとつ」
「え、あ、はい。オムライスセットですね」
最初は何を言われたかわからなかった様だが口の中で言葉を転がして慌てて体を反転させた。
kitchenはカウンターのすぐ目の前に設置されていて外から一連の流れを見ることが出来る。
男らしく節ばった手が器用に動くのをただぼぅ、と眺めるのが最近のマイブーム。
今日も例に漏れずぼぅと眺めていたら珍しくクルリとマスターが振り返った。
「あの…恥ずかしいんで、あんまり見ないでくれませんか」
「へ、ぁ……す、すみませんっ」
少し困ったように眉を下げていう姿はいつも見ている姿とはまた違ってどこか可愛く見える。
新たな表情が見れた事に対しての喜びと、眺めていたことがバレてしまったことへの羞恥でどくどくと心臓が煩く鳴った。
その上顔が熱い感じがするから今頃俺の顔は真っ赤だろう。
俺、カッコ悪い…!
認識した途端恥ずかしくて取りあえず火照った顔を隠そうと俯いた。
きっと変な奴だと思われた。
頭の中で後悔がグルグルと回る中で、予想していた反応とは全く別な反応が返ってくることになる。
「クク…"ダテさん"って可愛いですね。」
「な!?可愛くなんか…っ、って、え?なんで、名前…」
「だって、それ…」
「え…?あ!」
指さされた先に視線を持ってくれば、たどり着いたのは制服の左胸に付いてある名札。
そう言えば取り外しが面倒で新学期以来ずっと付けっぱなしにしてたんだった…!!
「それじゃ、悪い人にも伊達さんの名前知られちゃいますよ。」
クツクツと楽しそうに喉を鳴らして笑われものすごい勢いで羞恥が体中を這いずり回る。
「わ、悪い人ってなんですかっ」
「ほら伊達さん可愛いから、誰かにストーキングとか襲われたりとかされないかなって」
「俺は男ですよ!?」
「それを感じさせないぐらいに魅力的ってことです。」
「〜っ」
にっこりと笑って言い切ってしまわれてはもう返す言葉がない。というか、マスターに気がある俺にとって口説き文句にも等しいそのセリフはホントに心臓に悪い。
「からかうのもいい加減にしてくださいっ」
ふぃっと顔を背けてみたけど余計に笑われてカァッと体全身が火照りだして泣きそうになった。
「すみません、伊達さんが可愛いんで、つい苛めたくなっちまうんです。」
「だからっそうやって可愛いってまた…っ」
この人、ぜってぇ悪いって思ってねぇ!!
「はは、すみません」
「それと、名前…っ」
「なまえ…?」
キョトンとして小首を傾げている。
そりゃ突然名前の話に持って行かれたら誰だってそうなるか。でもこの際だからマスターの名前をgetしてぇし!!
「"政宗"でいいです。きっとマスターの方が年上だろうし」
さり気なく自己紹介のノリを作って、あわよくば下の名前で呼んでもらえたらなぁ、だなんて。
「じゃあ、お言葉に甘えて。そういや自己紹介まだだったな?俺は長宗我部元親。名字なげぇから俺も"元親"でいいぜ。」
「いいんですか?」
「おう!後その敬語もいらねぇ。なんか、こうよそよそしいの性に合わねぇんだよなぁ…だからタメでいいぜ!」
「で、も…」
「いいから!」
押し切られるようにしてタメ口を承諾させられ表面上は渋々と言った表情を作る。
けれど内心はガッツポーズして喜色を浮かべていた。
思わぬチャンスを掴み一気に距離を詰めることができた。しかも呼び捨てでいいというご褒美つき。
また明日も来よう。そしてもっと距離を近づけられるように同じカウンター席に座ろう。
目の前に出されたおいしそうなオムライスを食べようと銀色のスプーンに手を伸ばしつつそう決めたのだった。
-END-
こんな出会いもいいじゃない。