お題V
□痴話喧嘩
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鬱々とした雨が窓の外で降り続いている。節電だなんだって五月蠅いからエアコンもつけずに扇風機だけで頑張っているというのに、気まぐれな恋人は構え構えとじゃれついてくる。
日頃はめったにしてこないからいつもなら喜んで構ってあげるとこなんだけど、今日は状況が違う。
とにかく引っ付かれると暑いしジメジメしてるしで我慢ならないのだ。
それでも最初は暑いからやめて、とか、怒るよ?とか前々にちゃんと今はイライラしてますっていうのを全面に出して構えないって分かるようにしていたのに。
それでも懲りずに我が儘を言う恋人にゆるゆるになっていた堪忍袋の緒が切れた。
「もぅやだ!政宗鬱陶しい!」
「…っ」
やっちゃったって思った。
だって、ものすっごく傷ついた顔してたから。この子が薄いガラスみたいな存在なんだっていうこと、すっかり忘れてた。
「まさ…」
「さすけのバカ…!!だいっきらいだ…っ」
涙の溜まった一つ目でぎらりと睨まれ、その腕を掴むことも、ましてや弁解する暇なんかあるはずもなくパタンとドアが閉まるのを呆然と見つめるしかなかった。
そしてドアにつけた鐘が鳴り終わるや否や家の鍵と携帯、財布を引っ付かんで再びその鐘を鳴らした。
政宗のお気に入りの青色の水玉模様の傘は玄関に立てかけられてあったから、きっと勢いのままにこの雨の中を駆け出して行ったんだろう。
早く見つけなきゃ、風邪引いちゃう…!!
自分と政宗の傘を腕にかけて心当たりのあるところを片っ端から回るために駆け出した。
あんなこと言って、佐助はもう俺の事なんか構ってくれないかもしれない。
近くの公園のブランコに腰掛けて、ぼんやりと降り続ける雨を眺めていた。
少し身じろぐだけでもキィキィと金具が古い音を立てる。
服は雨水を吸って重たく、冷たい。
感情のままに叫んだことが今更になって後悔の念に捕らわれて、温かいものが次から次へと頬を伝っていく。
「さすけ…っ」
もう消えてしまいそうだ。いや、いっそのこと消えてしまいたい。
ぐるぐると思考は最悪の方向にばっかり向いて進んで、きゅうきゅうと胸が締め付けられる。
何で素直になれないんだろうとか、空気読めないんだろうとか、自分が嫌で嫌で仕方がない。
「さ、け…」
目の前がぼんやりする。心なしか体が熱い気もする。頭もガンガンしてきたし立ち上がるのだって怠くて億劫だ。それでも、やっぱり早く謝りに行かないと。
だって、佐助が今の俺の全部だから。
もし佐助に嫌われたら、俺は、きっと…生きてられない
帰ろう。そう思って立ち上がった時だった。
ふわりと膝が浮いて体が傾く。ゆっくりと景色がスライドされ地面が近づいてくる。
あぁ、倒れるのか。
訪れる痛みを予想してぎゅっと瞳を閉じるが、いつになっても痛みは訪れなかった。
代わりに届いたのは少し冷たくなった人肌の温もりと荒い息。ドクドクとした心臓の音も聞こえてきて走ったんだって何となく理解した。
「ぁ…」
「政宗のばか…っこんなに冷たくなって…!しかも熱あるじゃん!」
「さす、け…?なんでっ?」
「なんでじゃないよ!話は後!早く帰ろう」
「ん…」
よいしょっていう掛け声と一緒に体がふわりと持ち上げられる。胸とか腹のあたりが温かいから、きっとおんぶされてるんだろう。
「ふふ…」
訪れる幸福感に自然と笑みが零れる。入らない力を入れてぎゅうっと抱きついた。
家に着いてなんとか政宗を落とさないようにゆっくりとソファーに下ろす。
びちょびちょになった服を脱がせてやりながら、政宗を見つけた時の事を思い出していた。
走りに走り回って、最後の賭けと2人で一度だけ来た公園に目処を立てた。
見つけた瞬間には心臓が止まるかと思った。
だってぼぅってしてるし、多分、あれは泣いてるし。きっと熱があるんだって思った。
政宗の体が傾いた時も心臓が止まりかけた。
自分でもびっくりするほどの瞬発力で細い体を抱き留めたとき、自分を殺したくなった。
「ごめん、ごめんね…」
新しい服を着せてやってベッドへとその体を移動させる。
ふるりと震えた睫に思わず視線を奪われた。
「ん…」
「まさむね…?」
「さ、すけ…?」
パチクリと不思議そうに瞬かれ長いまつげが影を落としては消える。キョトンとした顔に安堵がなだれ込んできて力の限り細いその体を抱きしめた。
「ごめんね…っごめん、政宗…!」
「なんで佐助が謝るんだよ…?俺の方こそ、バカとか、だいっきらいとか言って…ごめん」
「政宗は悪くない!」
「さすけ…」
それっきりお互いに無言で互いの体温を感じ合う。
常より高い政宗の体温にキリキリと胸が痛んだ。
「なぁ、さすけ」
「ん…?なぁに…?」
「だいすき…、だから…」
そんな消え入りそうな声に驚いて顔を覗き込む。
耳まで真っ赤になった姿に自然と笑みがこぼれて、額にかかった前髪を払いのけた。
「俺様もだよ…!!」
ちゅ、と軽いリップ音を立てて愛おしさを込めたキスを額に落としたのだった。
-END-