短編
□逃避行
2ページ/5ページ
「なぁ幸村」
「はい?」
クイッと遠慮がちにシャツの裾が引かれて、其方に顔を向ければ少し躊躇いがちに揺れる隻眼があった。
「政宗殿?」
「……たぃ」
「はい?すみませぬが、もう一度…」
「屋上に行きたい。」
今度ははっきりと言われた言葉に目を丸くした。
滅多に甘えない政宗の、小さなお強請り。聞かないはずがない。
「勿論です。」
にっこりと笑って政宗の手を取った。
「Ahー…、やっぱり外の空気は美味いな。」
青く澄んだ空に向かって背伸びをしながら言う政宗に「そうでございますなぁ」と同じように背伸びをしながらのんびりと相槌を打った。
暫く何をするわけでもなく空を眺めていたが、政宗がくるりと幸村の方へと反転して。向き直ったと思えば、今度は幼子が親に甘えるように抱きついてきた。
「政宗殿!?」
あたふたと手を彷徨わせるが動く気配のない政宗に、短く息を吐いて抱きしめ返した。
「なぁ幸村…」
「はい」
「此処から飛び降りたら、楽に死ねんのかな」
「――…っ」
か細い声だった筈なのに、異様に大きく響いた。
.