異能力症候群

□プロローグ
2ページ/3ページ

【事故】

*

『―先程入りました情報によりますと、先日、頌上村(しょうじょうむら)で起きた落雷事故に、生存者が一名、確認され…』


「…へぇ、あの落雷事故に生存者が、ねえ…。」

母がそう、呟いた。

その表情は嬉しがっているどころか、逆にどこかつまらなさげに見えた。

小さな軽自動車の中、ラジオに耳を傾けながら、石渇勇(いしかわいさみ)は高速道路の柵の向こうを眺める。

灰色の道路と柵の向こうには、未開発の緑色の森林が頭を覗かせている。

今、石渇家は、山の麓に住む親戚の家へ向かっている途中だ。

真夏だが、車の中はクーラーで驚くほど冷えている。極度に暑がりな母のせいだった。勇は一人ぼっちの後部座席で、寒そうに身体を丸め、また外を眺める。

非常に、退屈だった。

シートベルトに締め付けられ、玩具一つない車の中、勇はただ外を見ることに徹するしかなかった。


―母に話しかけても、母は何も答えない。

―父に話しかけても、曖昧な返事しか返してこない。

自分の空っぽの頭じゃ理由も原因もわかるはずなどなかった。

四年の年月が流れ、いつの間にかこうなっていたのだ。本当に、いつの間にか。少なくとも自分は、その四年間、変わったことなどなかった。


勇は、親戚の家がとても恋しかった。


「ねぇねぇ貴方、聞いてた?生き残ったの、女の子だって。五歳の。大変よねー、家族もご近所さんも皆死んじゃったんだもん、ねぇ。…ね、聞いてる、貴方?」

「ん?…ああ、聞いてたよ。」

父の返事は、やはり曖昧なものだった。

そんな返事で、母の機嫌がさらに悪くなったように勇は感じた。

しかし、次のアナウンスの一言で、母の態度は一変した。

『なお、生存した少女は、「わたしがやった」等、極めて奇妙なことを発言しており…』

「―『わたしがやった』…?」

「…自分が落としたとでも言いたいのか、その子は。」

父は全く興味を示さなかったが、母は180度違った。

「―雷を落とす…?素敵じゃない!もしかしたらこの子は、本当にこんな力をもってるのかも!」

目を無邪気な子供のように輝かせて、母は叫んだ。

そう、母は幽霊や超常現象、超能力系の話がとても好きだった。

「…はぁ」

父が小さくため息をついたことに、母は気付いていないようだった。


「ねえ、勇、」

ビクッ

突然自分の名前を呼ばれ、思いがけず身を硬直させてしまう。

「…なに…お母さん…」

母はミラー越しに、勇の表情を伺っている。

「アンタ、雷って、落とせる?」

「…え…?」

「――無理よね。だってアンタには何もできないもの」

「…」

「だからアンタはつまらない。可愛くない。武術は才能あるみたいだけど、―女の子なのに。」

「まあまあ。」

さすがに父も場の空気を重くしたくないのか、母をなだめる。

「―フン、」

母は気に入らなそうに、プイとまた前を向いた。

「…」

母と勇の会話は、それで途絶えた。


―勇は、父の三人の兄達、つまり叔父達に空手、柔道、少林拳法を教わっている。

きっかけは、叔父達が試しに勇に空手の形を教えたことだった。

そこから勇の才能を見出した叔父達は、それぞれが体得していた武術を、2歳の時から勇に叩き込んだ。

いつしか勇にとって、道場で技を磨き、叔父に褒められることが、唯一の楽しみであり、生きている意味だった。

――しかし、母は決して乗り気ではなかったようだった。

『武術なんて―、毎日傷と痣ばかり作ってきて、可愛くない…』

夜、父にそう話している母の姿を見たことがある。

以前も決して優しくはなかったが、今程自分に無関心ではなかったように感じる。

―武術をしていることが、いけなかったのか。それともただ単純に、自分のことが嫌いなのか…。

勇は酷く傷ついていた。愛情など、求めるだけ無駄だった。


「…」

涙がかすかに滲んだが、絶対に泣くまいと、下唇を噛む。

『どんなに痛くても、辛くても、戦士は涙を見せないものだ』

そう、叔父達はよう言っていた。

だから自分も、絶対に泣かないと、どんなに淋しくても、絶対に泣かないと心に決めていた

.
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ