異能力症候群
□プロローグ
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【事故】
*
『―先程入りました情報によりますと、先日、頌上村(しょうじょうむら)で起きた落雷事故に、生存者が一名、確認され…』
「…へぇ、あの落雷事故に生存者が、ねえ…。」
母がそう、呟いた。
その表情は嬉しがっているどころか、逆にどこかつまらなさげに見えた。
小さな軽自動車の中、ラジオに耳を傾けながら、石渇勇(いしかわいさみ)は高速道路の柵の向こうを眺める。
灰色の道路と柵の向こうには、未開発の緑色の森林が頭を覗かせている。
今、石渇家は、山の麓に住む親戚の家へ向かっている途中だ。
真夏だが、車の中はクーラーで驚くほど冷えている。極度に暑がりな母のせいだった。勇は一人ぼっちの後部座席で、寒そうに身体を丸め、また外を眺める。
非常に、退屈だった。
シートベルトに締め付けられ、玩具一つない車の中、勇はただ外を見ることに徹するしかなかった。
―母に話しかけても、母は何も答えない。
―父に話しかけても、曖昧な返事しか返してこない。
自分の空っぽの頭じゃ理由も原因もわかるはずなどなかった。
四年の年月が流れ、いつの間にかこうなっていたのだ。本当に、いつの間にか。少なくとも自分は、その四年間、変わったことなどなかった。
勇は、親戚の家がとても恋しかった。
「ねぇねぇ貴方、聞いてた?生き残ったの、女の子だって。五歳の。大変よねー、家族もご近所さんも皆死んじゃったんだもん、ねぇ。…ね、聞いてる、貴方?」
「ん?…ああ、聞いてたよ。」
父の返事は、やはり曖昧なものだった。
そんな返事で、母の機嫌がさらに悪くなったように勇は感じた。
しかし、次のアナウンスの一言で、母の態度は一変した。
『なお、生存した少女は、「わたしがやった」等、極めて奇妙なことを発言しており…』
「―『わたしがやった』…?」
「…自分が落としたとでも言いたいのか、その子は。」
父は全く興味を示さなかったが、母は180度違った。
「―雷を落とす…?素敵じゃない!もしかしたらこの子は、本当にこんな力をもってるのかも!」
目を無邪気な子供のように輝かせて、母は叫んだ。
そう、母は幽霊や超常現象、超能力系の話がとても好きだった。
「…はぁ」
父が小さくため息をついたことに、母は気付いていないようだった。
「ねえ、勇、」
ビクッ
突然自分の名前を呼ばれ、思いがけず身を硬直させてしまう。
「…なに…お母さん…」
母はミラー越しに、勇の表情を伺っている。
「アンタ、雷って、落とせる?」
「…え…?」
「――無理よね。だってアンタには何もできないもの」
「…」
「だからアンタはつまらない。可愛くない。武術は才能あるみたいだけど、―女の子なのに。」
「まあまあ。」
さすがに父も場の空気を重くしたくないのか、母をなだめる。
「―フン、」
母は気に入らなそうに、プイとまた前を向いた。
「…」
母と勇の会話は、それで途絶えた。
―勇は、父の三人の兄達、つまり叔父達に空手、柔道、少林拳法を教わっている。
きっかけは、叔父達が試しに勇に空手の形を教えたことだった。
そこから勇の才能を見出した叔父達は、それぞれが体得していた武術を、2歳の時から勇に叩き込んだ。
いつしか勇にとって、道場で技を磨き、叔父に褒められることが、唯一の楽しみであり、生きている意味だった。
――しかし、母は決して乗り気ではなかったようだった。
『武術なんて―、毎日傷と痣ばかり作ってきて、可愛くない…』
夜、父にそう話している母の姿を見たことがある。
以前も決して優しくはなかったが、今程自分に無関心ではなかったように感じる。
―武術をしていることが、いけなかったのか。それともただ単純に、自分のことが嫌いなのか…。
勇は酷く傷ついていた。愛情など、求めるだけ無駄だった。
「…」
涙がかすかに滲んだが、絶対に泣くまいと、下唇を噛む。
『どんなに痛くても、辛くても、戦士は涙を見せないものだ』
そう、叔父達はよう言っていた。
だから自分も、絶対に泣かないと、どんなに淋しくても、絶対に泣かないと心に決めていた
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