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□ずるいひと
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人を好きになるのがこんなに苦しいなんて初めて知った。
自分の醜く歪んだ部分ばかり思い知らされて、いつか愛想を尽かされてしまわないかと怖がってばかりで。
マイナスの感情の重みに耐え切れずに別れたいと呟くと、息をすることすら忘れたみたいに部屋の中が一瞬しんとなった。


「…どうして?」

「だって私、庄ちゃんと付き合い始めてから、どんどん嫌な女になってる」


そんなことないよと背中を撫でる手が怖いほど優しい。
いくら彼が言葉で否定したって、私自身が嫌って言うほど知っているのに。
庄ちゃんとよく話しているあの女の子にも、大人の女性の香りを漂わせている美術の先生にも、それどころか、喜三太にも団蔵にも伊助にだって嫉妬するんだよ。おかしいでしょう。
自分の気持ちを押さえ込むように背中を丸めて体操座りをする。
顔は腕に乗せて下を向いたまま、庄ちゃんがどんな顔をしているのか怖くて見ることができずに沈黙に耐えていた。


「嬉しいと言ったら、怒る?」

「…やっぱり庄ちゃん、ちょっと変だよ」

「僕はね、好きになってからずっと僕のこと以外考えられなくなればいいのにって思ってたんだ。それこそ縛って閉じ込めちゃいたいくらいにね」

「え、なにそれ怖い」

「もちろんそんなことはしないよ」


願望として胸のうちにあるだけ、と胡散臭い笑顔で庄ちゃんが笑う。
腕をつかまれて壁に押し付けられて、唇が触れる。
どうやら逃がしてくれる気はさらさらないらしい。きっと私はこれからもビードロの中の金魚みたいに彼に生かされ続けるんだろう。
痛い、苦しい、切ない。狂いだしそうなくらい辛いのに、庄ちゃんが欲しくてたまらない。
髪を撫でる彼の表情がぞっとするほどやさしくて、それが愛しいとも怖いとも思った。







ずるいひと







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