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□花束を
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短い針と長い針が真上を向いて重なって時計がちょうど0時を指したころ、久しぶりに聞く着信音が鳴り響いた。すぐに出ずに6回目のコールまで待ったのはささやかな仕返しのつもり。逸る気持ちを押さえながら、深呼吸をして通話ボタンを押した。


「どちらさん?」
「…れ、廉造です」
「廉造さんていうたら、付き合うて1周年の記念日にメールのひとつも送ってきいひん薄情な廉造さん?」
「怖っ!めっちゃ怒ってるやん!」


そりゃあ怒ってますよ、ただでさえ不安な遠距離恋愛でそのうえ記念日に放っておかれたんじゃ怒らないほうがおかしいんちゃいますか。
わざと低くした声で怒ったふりをしながらも、久しぶりに聞いた声に思わず頬がゆるんでにやけてしまいそうになる。たとえそれがひたすら謝る情けない声でも、廉造のものだと思うと胸の奥がきゅんとしてしまうのは惚れた弱みってやつらしい。

「もうええ、怒ってへんよ」
「ほんま?」
「ほんま。」

記念日は過ぎてしまったけど、後からでも思い出してくれただけでよしとしよう。そのぶん来年に期待してるわ、と言うと元気の良い返事がかえってきた。来年はどでかいサプライズして惚れなおさしたるとか意気込んでるけど、宣言したらサプライズじゃないですよ廉造さん。

「バラの花束とか持って迎えに行ったりしてな」
「ふふ、ベタやなぁ」
「…堪忍な」

京都に戻ったらベタなこともぎょうさんしてやれるから、今だけ堪忍してな。いつもより少し低めのトーンが耳の奥にジンと響く。会いたい気持ちをぐっと飲み込んで、期待せんと待ってるわなんて可愛くない台詞を吐いた。だってそうでもしないと、今にも泣いてしまいそうだったから。










記念日には花束をよろしく









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