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□なくもんか
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▽現代、成長





小さなころから何をしても皆より頭一つ抜きん出ていて、絵に描いたような優等生。
高校卒業後は東京の某有名大学に進学し、外務省に就職。

私の恋人である黒木庄左ヱ門はそんな順風満帆な人生を送っている。
彼自身がどう思っているのかはわからないけど、少なくとも他人の目から見た現在の彼は成功者そのものだろう。
そんな彼の恋人である私はといえば、平々凡々な大学時代と彼との遠距離恋愛を経て、彼を追いかけ上京し特にやりたくもない仕事をし、休日の今日は昼間からビールを飲んでいたりする。

もういい加減見限られてしまうんじゃないかなんて心配はもうしなくていい。だって確実に今夜、彼は別れを言い出すに決まってるんだから。


「スウェーデンに行くことになった」


そう言われたのは今朝のこと。出勤前の彼がじゃあまた夜に、と電話を切ってしばらく呆然と立ち尽くした。

スウェーデン、ってどこなんだっけ。あれでしょう、あれ、あの大きい家具やさんの。
曖昧な知識を脳の角から引っ張りだしてさらに不安が増していく。だって、彼の口調は決定事項だった。じゃあ私はどうしたらいいの?なんて子供みたいな質問はできなくて、不安を紛らわすためにアルコールに頼ることにしたのだ。


「あれ、呑んでるの?」

「うん」

「夜、話そうって言ったよね?」


庄左がジャケットを背もたれに置く動作すらいつもより少し乱暴に思えて、思わず背中が強張った。
向かい側に立った彼がネクタイを緩めて椅子に腰掛ける。


「それで話の続きなんだけど、」

「聞きたくない!」

「大事な話なんだから聞いてよ」

「…わ、別れたくない」


首を少し傾げた庄左が、そんなこと言った?と不思議そうな顔をする。いや、してはいないけど。
普通そうだって思うでしょう。だって飛行機で何時間かかると思ってるの。
思わず涙目になっていた顔を上げたら、庄左が指を二本立てた。


「任期は二年」

「にねん…」

「こんなことを言う権利はないんだけど、待っててほしい」

「待つ!」


だって、何年庄左のこと好きだったと思ってるの。それに比べたらきっと二年くらいへっちゃらだよ!たまには帰ってこれるんでしょ?メールだって電話だってあるんだから。
だから、がんばってきてね。と言いながらみっともなく泣いていた。これだからお酒ってのは嫌だ。こんな風に泣くつもりないのに。
その辺のタオルに顔を埋めていたら、髪を優しい温度が撫でてその動作に応えるために目から下はタオルで覆ったまま少しだけ顔を上げた。


「…ふられるかと思った」

「庄左が?私に?」

「うん、待てないって言われるかと」

「…言わないよ」

「仕事なんて手につかなったよ」


そう言う彼の表情はいつも通りなのに、なぜか泣きそうに見えた。庄左もそんなふうに思うことがあるんだ。よしよし、と私も彼の頭を撫でると困ったような顔で笑うから、思いきり抱きしめたくてたまらなくなった。





2015.12.10

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