アンダンテ

□メーデー
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早くこの状況から抜け出したいという思いとは裏腹に、自分の腕はゆっくりとしかうごかない。


まるで触ることを拒んでいるかの様に。


それでも確実に水面との距離は縮まっていく。
そして、ついにあと一息という所まで来た。


少し手を下げるだけで水面に触れられる。そうなれば、そこから生まれる波紋がすべてを消してくれるだろう。もちろんそこに映る自分をも。


銀時が手に力を込めると、ぽつり。波紋が広がった。


けれど、目的を果たしたはずの銀時は動こうとしなかった。


波紋を作ったのは彼の手ではなかった。


それは留まることを知らず、なおも彼の頬を伝っては落ち、水面を揺らし続ける。


銀時は静かに指でそれを拭った。
微かに暖かい、それは涙。


気づけば自分は嗚咽を上げていて、拭えど拭えど涙は止まらなかった。
水面に触れようとしたあの瞬間。水面の中の自分をよく見ると、奴はとても悲しそうな顔をしていて・・・。


一瞬、目尻が光ったと思ったら光る物はゆっくりと奴の頬を伝い、落ちた。


揺れる水面。


けれど、おかしい。


その光る物を落としたのは奴の筈なのに、同時に自分からも落ちるのを見た。


今だ流れ落ちるそれを指で拭い、涙だと分った瞬間理解した。


奴も泣いているのだと。


そう思った刹那、今までため込んできた感情が一気に流れ出るのを感じた。


同時にあふれ出る涙。


もう拭うのも面倒になり、流れ出る感情のまま銀時は大声をあげて


泣いた。








あれからどれだけ経ったのだろう。気がつくと治まっていた筈の風は吹き、また雨はざあざあと降っていた。


ふと水溜りを見れば、水面は雨と風で盛大に乱され、もう何も映ってはいなかった。


ぼーっと水溜りを見つめる銀時。


しばらくすると、遠くから声が聞こえた。


またかと思ったが、すぐに違うと分った。


「貴様、こんな所で何をしているのだ?」


そう言って速足で近づいて来たのは幼馴染でもあり、戦友でもある桂小太郎。


「・・・ヅラか。」


ヅラじゃない桂だ。桂はもはやおきまりと化している台詞を発そうとしたが、銀時の目尻が赤くなっていることに気づき、思わず口をつぐんだ。


そんな彼の様子を見て銀時は苦笑しながら言った。


「なんだよヅラ。鳩が豆鉄砲食らった様な顔しやがって。」


「・・・・ぞ。」


「は?聞こえねぇよ。」


桂は銀時の顔をまっすぐ見て言った。


「帰るぞ、銀時。」


ぐいと桂は銀時の腕を掴むと歩き出した。


「痛ぇって!離せよ!」


「・・皆心配していたんだぞ。」


「・・・・・。」


「俺も坂本も高杉も。」


「・・・高杉はないだろ。」


卑屈な奴だな。桂が呟くと、元からですぅ。と口をへの字に曲げる銀時。


「おー銀時ぃ!こんな所におったがか!」


桂と歩いている途中合流した坂本。そして坂本から少し離れた所に高杉がいた。


桂がほれ見ろ。と言わんばかりに銀時を見た。


二人ともびしょ濡れで、この雨の中自分を探していたことは容易に想像できた。


高杉は銀時と目が合った瞬間、バツが悪そうに目をそらした。


「まだ生きて居やがったのか・・。」


「おーい。全部聞こえてんぞ。」


「アッハッハッハ!二人とも仲良しさんじゃのう。」と坂本が軽快に笑う。


それは殺すぞ。と高杉が低く呟いたことによりすぐに消えることとなったが。


「さぁ、行こうか。」


ゆっくりと歩き始める四人。


自分の前を行く、三人の友の背中を見つめながら銀時は思った。


こいつらだけは絶対に守って見せる。と


それは誰に対して立てた誓いだったのだろうか。神様、先生、それとも・・・。


銀時はふと、水溜りのことが気になり振り返った。もう随分と離れてしまってよく見えないが、きっとまだあそこにあるだろう。


しばらく見つめた後、彼は踵を返して三人を追った。


振り返ることはもう無い。

end
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