アンダンテ
□メーデー
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ぽつり。ぽつり。
雨が降ってきた。
戦いが終わり、静まりかえった大地に水が染み込む。
その大地に白夜叉・・いや銀時は立っていた。
彼の前に点々と転がっているのは、天人の死体、砕けた武器。
そして、
さっきまで生きていた仲間達。
「・・・ッ」
叫ぶことすらできない。
追い打ちをかけるように雨が強くなる。それは銀時の髪を濡らし頬を伝い、こびりついた血を拭っていく。
途中で雨と一緒に頬を生温かいものが伝った。
それが涙だとは銀時は気づいていない。
雨を目で追って、ふと足元をみると大きな水溜まりができていた。
いつの間にできたのだろうか。ついさっきできたのか、それともずっと前からあったのか。
だが、銀時にはそんなことどうでもよかった。
今できたのだろうが、前できたのだろうが、ただの水溜まりには変わりない。
しかし、そう思う反面その水溜まりから目が離せないのは、それが今の自分の心のように灰色で不安定な色をしていたから。
風に吹かれ、雨に打たれ、ユラユラと揺れる水面。
濁ってしまって見えないが、きっと底はあるのだろう。
でも、
これが俺の心なら、
(深さなんてわかるモンじゃないな)
ぴたりと風がやんだ。それにつられるように激しかった雨もだんだん弱まっていった。
まだ微かに降る雨のせいで少々揺れているが、さっきまで不安定だった水面が少しずつ落ち着きを取り戻していく。
それにしたがって、水溜りをのぞき込む自分の姿が映し出されていく。
ぼんやりと、でもはっきりと浮かび上がってきた。
そして、映し出されたそれは天人を狩る白銀の夜叉では間違いなくなかった。
失うことを知らず、ただただ幸せが続くと信じ願っていた自分。
松陽先生が殺された時、捨てた筈の自分だった。
そう、捨てた筈。
なのに、どうして・・・。
ふいに声を上げそうになって唇を噛み締める。
水面に映るのは俺が沈めた俺。
でも、今確かに聞こえる。
沈めた自分から俺への
祈るようなメーデー。
銀時はゆっくりと水溜りに手を伸ばした。
が、やめた。
あるわけがない、ただの水溜りに過去の自分が映るという事など。
ましてやそいつの声が聞こえるなんてあってたまるか、と。
(こんな幻覚を見るなんて俺は、相当疲れているな・・・。)
ひとつ大きなため息をついて、銀時はその場から立ち去ろうとした。
しかし、どういうことか体が動かない。
いや、銀時自身が動こうとしないのだ。
見えない何かに繋ぎとめられているように動かない体。どんなにあがいても動く気配がない。
いっそこの水面をかき乱し、自分を消してしまえば動けるようになるのではないかともう一度水溜りに手を伸ばす。