アンダンテ
□空がざあざあ泣いている。
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雨は嫌い。大っ嫌い。
湿気で癖毛が跳ねまくるし、気軽に外にも出られない。
それに、あの日を思い出す。
雨は嫌い。大っ嫌い。
妙に頭が痛むのも、体が疼くのも、
天人を殺したくなるのも
きっと全部雨のせい。
雨は嫌い。大っ嫌い。
銀時の様子がおかしい。
初めに気が付いたのは神楽だった。
「銀ちゃん朝起きてから、ずっと外ばっか見つめてるネ。声かけても生返事しかしてくれないし…。」
消え入りそうな声で新八に話す神楽。
普段通り万事屋に来てみたら何処かいつもとは違う雰囲気を感じて、新八はソファにしょんぼりと座って居た神楽に何があったのか訪ねて見たのだ。
話を聞けば、予想通り何かが起きている様子で。
このただならぬ雰囲気の原因の人物は、何かに魅入られたかの様に外を見続けている。
神楽が言ったことから考えて、何の前触れがあったわけでも無く、突然こうなったのだろうか。
それにしてもだ。
本人に何があったかは知らないが、だからと言って周りの人間に心配をかけるというのは、少し自己中心的過ぎではないか。
新八は銀時から神楽に視線を移した。
…現に、こうして傷付いている人もいるのだから。
そこまで考えが達すると、新八は銀時に対して心配と言うより、むしろ憤りを感じた。
全く、なんて奴だと。
「…神楽ちゃん、ちょっと待っててくださいね?」
にっこりと神楽に笑顔を向けると、今度は銀時の方を振り向いた。
鬼の様な形相で。
そして、銀時に近寄って声をかけた。
「オイ、天パ!」
返事が無い。
「オイ、聞いてんのか!?」
またもや返事が無い。
いい加減苛立ちがピークを迎えた新八は、声を荒げて叫んだ。
「テメー聞いてんのかって…」
「あぁ?」
新八は思わず口をつぐんだ。
何故なら、身の毛もよだつ様な殺気を感じたから。
銀時はゆっくりと、外からこちらに視線を移した。
その瞬間、後ろに居た神楽が息を呑むのが聞こえた。
普段は死んだ魚の様な目が、獲物を狙う肉食獣みたいに爛々と光っていて。
…まさしく、僕らの知らない"坂田銀時"がそこに立っていた。
あまりの殺気に足がカタカタ震える。
後ろに居る神楽も、動こうとしなかった。
そんな二人を銀時はじっと見つめる。
そして…
「……プッ。」
我慢出来ないと吹き出した。
「え……?」
あまりにも間の抜けた空気に、唖然とする新八と神楽。
気がつけば、殺気はすっかり無くなっていた。
「お前等マジでビビってやんの。」
楽しげに二人を見つめる銀時。
その目は既に、いつもの死んだ魚の目に戻っていた。
「え…ちょっと銀さん!僕らのこと、おちょくってたんですか!?」
「え、今更?」
「…天パコノヤロー!!散々人に迷惑かけやがって!!」
怒鳴っても、なお楽しげに笑う銀時に怒りを覚えつつも、心の何処か片隅では安心していた。
元に戻ってくれて良かった。
新八が胸を撫で下ろすと、緊張が解かれた合図のように神楽の腹の虫が盛大に鳴った。
その音を聞いた銀時は苦笑した。
「悪い、朝飯まだだったな。」
そしてゆったりとした動作で台所に向かう。
「あっ、銀さん!」
手伝いましょうか?と横を通り過ぎようとした銀時に声をかけようとして新八は口を開いた。
が、それは声を発する前に閉じられることになる。
「 」
丁度新八の横を通り過ぎた時、銀時が何か呟いた。ひどく寂しそうな顔で。
あまりにも小さなそれは言葉としての役割を果たさず、新八の耳に届く前に空気に溶けて消えてしまった。
無意識のうちに消えてしまった言葉をかき集めていた新八は、ガチャガチャと銀時が食器を用意する音で我に返った。
そして、恐る恐る銀時の表情を伺った。
銀時はいつも通り、やる気のない、気だるげな顔をしている。
さっきのは聞かなかったことにしよう。新八は心の中で呟いた。
きっとその行動は、せっかく帰って来た日常を壊すことになる。誰もそんなことは望まない。
知りたい欲求を抑えながら、新八は銀時を手伝うため台所へ入る。
心地よいリズムで漬け物を切っていく銀時から、ふと時計に視線を移す。
八時三十分。
いつもより四十分遅れの朝食。
(四十分遅れの日常。)
非日常から、日常への転換。
もはや、日常の温かく幸せな色に塗りつぶされそうな非日常の悲鳴を他人事だと聞き流す。
「新八、これ運んでくれー。」
「分りました。」
この幸せな日常を壊さぬため、貴方の心を見て見ぬふりをする僕は卑怯だ。