neta

□Free!:1(遙)
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(制服でプールに飛び込むのが夢だった女の子)




スカート、胸、ブラウス。
着用している制服のどのポケットにも、大切なもの――濡れて困るものが入っていない事を改めて確認して、忍び込んだプールサイドの飛び込み台に立つ。

夜のプールは底が見えず、透明な水というよりも墨汁の海のようだった。微かな外灯の明かりが、ちかちかと波に乗って揺れている。
深淵を覗く時――。そんな一篇を思い出しながら、ローファーは脱いだ方が良いかと思案する。
流石に、靴を履いたままでは汚い。
そう結論付けて、ローファーは飛び込み台の上に揃えて置いておく。さながら高所飛び込み自殺者のようだ。
間違ってはいないかもしれない。夏とはいえ水は冷たいから、心臓麻痺になってしまうかも。可能性として危険を考えながらも感情は“大丈夫だろう”とたかを括っていた。

プールを見据え、そっと前のめりに倒れ重力に体を従わせる。音もなく私の着水を待つ水面。身体は吸い込まれるように傾倒していく。
両手を広げて、くるりと反転。
星の見えない夜空を仰いだ。

背中が、水面を叩く。


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水着ならば一度沈んですぐに浮いてしまっていたであろう身体は、吸水性の悪い制服がじわじわと水を吸っていく事で浮き上がる気配はなく、むしろゆっくりと沈んでいく。
嗚呼これだ!いつもと違う、非日常。
マナーを破るこの高揚感。
強張るほどの冷たい水が制服と肌の間に入り込み、瞬く間にブラウスを濡らしていく。濡らす、なんて可愛いものじゃなく、水が私を底へ底へと引き摺りこもうとしているような感覚だ。水を吸った制服が重しとなって私を水底へ連れていく。

沈んでいく中で、髪が海藻のように揺れる。
顔中を冷水が覆い、かじかむ水温が肌を刺している。首筋、背筋を急激に冷えて、血管が収縮する。一瞬にして鳥肌がたつのが分かる。冷たい。
それでも夢見心地な――。



そんな緩やかな思考を遮ったのは、力強く水が跳ねる音。
次に後頭部を掴まれるようにして、ぐい、と上に引き上げられた。酸素が戻ってくる。つられて上半身も水面上へ。
水を含んだ制服は肌に貼り付く。そのあまりの重さに重力の理不尽さを感じつつ、億劫ながら目を開ける。


「あんた、何やってんの」

――静かに光を携えた、水面のような瞳だと思った。

彼が水中で私を支えているこの状況。
どう考えても、彼は溺れていた私を助けるためにプールに飛び込んできてくれたと考えるのが妥当だろう。決して溺れていた訳ではないけれど。

彼の髪や私服は濡れそぼり、私と同じく水浸し。夜のプールで二人きり。
場違いにも“ロマンチックじゃないか”なんて考えが浮かぶ。
そうして彼を見上げたまま口を開いた。

「自殺じゃないから、安心して」
「は?」



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久瀬 湊
“制服でプールに沈む”のが夢だった、高校三年生。
夢の実行を中途半端なところで遙に邪魔されてからは、互いに奇異のような好奇のような、なんとなく奇妙な感情を連帯しつつ、成り行きで水泳のマネージャーもどきのお手伝いをすることになる。
運動は軒並み苦手だが、水泳だけは平均以上には泳げたりする。


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