neta

□VIVO!:1
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喧騒。雑踏。
床と上履きのゴム底が擦れ合う耳障りな音、生徒達の俗っぽい会話に笑い声、エトセトラ、エトセトラ。
耳に入ってくる全てが嫌悪対象。

「音乃ちゃん、おはよう。よく来たね。頑張った」

この、保健室にいる人間も。






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「音乃ちゃんじゃーん?久しぶりぃ、どうしたの?最近全然教室来ないじゃん」
「ねー!うわ、あいっかわらず暗っ」

髪を染めて、身綺麗にして、自分の魅せ方を解っているくせに品の無い声で全て台無しにする少女達。
馴れ馴れしく名前を呼ばれた事で身の毛が弥立つ。

廊下を塞ぐように立つ彼女達。女は数だ。群れとなって初めて真価を発揮する。だからほら、単体の私はこんなに無力。


「っ……」

目線を下に。
誰も助けてくれないのは解ってる。だから体が電柱のように立ち尽くして、心は亀のようにうずくまって、そうして彼女らが満足して去るのを待つのだ。
みんな、みんな見て見ぬ振りをする――。


「おい」

ゴッ、という鈍い音と低い声。
男子生徒というには落ち着きすぎた声音に、教師だと察する。
そーっと目線を上げると、やはり背の高い教師がひとり。彼は分厚い装丁の学級日誌を手に、彼女らの背後に立っていた。グループの一人が頭を押さえながら振り返る。

「いったぁ!何!?」
「お前らが道塞いでるからだろ。何して……」

どうやら学級日誌で彼女の頭を叩いたらしい。
先生は鋭い目付きで私をじっと見つめてきた。居心地が悪くて思わず脇を見ると彼は大体を察したようで、鼻で嗤う。

「……ああ、弱いもんいじめか。ガキが考えそうな事だ」


――見て見ぬ振りじゃ、ない?


「センセー違います。上永谷さんが学校来ないから私たち、心配してたんですよ」
「そうなんですよー、久しぶりに会ったから……って」


先生は彼女らの間を割って通り、「あー立ち止まって損した」と首を回しながら私の横を通っていった。
その背中を見送りながらあっけにとられて立ち尽くす。
次に我に返ったのは、背中から彼女達の激しい悪態が聴こえてからだった。

「超痛かったんだけど!体罰だっつのアレ。ないわ」
「なにあいつー。超キモイ」
「教育委員会行きじゃね?」


悪意の矛先は名も知らない先生へと代わっていた。
私を助けるでも、無視するでもない。ただ状況を分析して、そうして、ほんの半歩だけ私達の問題に関わった。

決して優しいわけでない。
でも、私を助けようという偽善に満ち溢れた暑苦しい人間でも、私を無き者として見る人間でもない。
でもそういう人達より、ずっとずっと好感が持てる気がした。






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