Neta

□君を縛る、花言葉
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じわじわと覚醒する意識を自覚して、うっすらと瞼を開ける。いつの間にか寝てしまったらしい。
億劫さに負けてしまいそうな体を無理やり起こして、目を擦り――そこで初めて、私がいる場所が見知らぬ部屋であることに気づいた。
ベッドはふかふかで柔らかく、私の体には高級そうな厚手の羽毛布団が掛けられていた。部屋は広く、ホテルのスイートルームを彷彿とさせる。私はまだ夢の中なのだろうか?

混乱する頭で、何かヒントは無いかと部屋を見回す。しかし上等な家具達が見つめ返してくるだけだ。中でも一際目を引いたのは――テーブルの上に置かれた花瓶、そこに溢れんばかりに飾られている黒い薔薇だった。

上品に調えられた部屋のなかで、その黒薔薇は異様な存在感を放っていた。ベッドから降り、じっと観察する。不自然な、少し不気味とも思えるくらいに美しい――。

「それ、気に入った?」

突然降って湧いた声に、私ははっとする。しかもその声が私の知る年下の友人、遊矢君のものだったから尚更だ。
扉に目を向ける。しかしそこにいたのは遊矢君ではなかった。

「誰……?」

彼は笑みを深める。
ややつり上がった目や幼さの残る顔の輪郭に遊矢君の面影を感じ、先ほどの遊矢君の声は、目の前の少年が遊矢君の口調と声色を真似たものだったということを理解する。

「……君は誰?ここはどこ?」

彼は答えない。ただ不敵な笑みを浮かべるだけだ。
少年が優雅とも思える足取りで近付いてきたために、後ろへ後退する。既に少年が味方であるという考えは捨てていた。
この部屋から出るには、あの少年を押し退けて扉へ向かうしかない。
 
考えを張り巡らせる一方で、少年は、黒い薔薇を一輪取る。少年の貴族然とした服装とどこか余裕を感じさせる表情に、黒薔薇はよく似合った。

一歩一歩、しかし確実に距離を詰めてくる少年。
距離を詰められた分だけ後退しながら今の状況を分析する。――男女とはいえこちらが年上。さらに少年は遊矢君に負けず劣らず華奢だ。いざとなれば力づくで押し退けることも出来る。ならば少年を捩じ伏せた後で情報を聞き出すのが得策だろう。
――そんな風に思考していたのがいけなかった。
膝裏に軽い衝撃があって、体が後ろへ投げ出される。
退がるうちに自分が寝ていたベッドにぶつかり、間抜けにもセルフ膝かっくんしたのだと気づいたのは、柔らかい布団の感触に包まれてからだ。
慌てて起き上がろうとしても、もう遅い。
既に少年はベッドに上がり、私の起き上がりを阻むように膝立ちで私を見下ろしていた。マウントポジションを取られ、冷や汗が背筋を流れる。


少年が愉しげな口元を隠すように黒薔薇を寄せる。そして空いている手で私の頬に触れた。

ふと脳裏に、この状況に場違いな、赤い薔薇の花言葉が蘇る。
赤い薔薇が示す花言葉は“愛情” 。でも、黒い薔薇の花言葉は――?
吸い込まれるように黒薔薇を見る。そこの向こうにある唇が、一層弧を描いて言葉を紡いだ。


「“貴女はあくまで、私のもの”」


唇に、黒薔薇が触れた。












――――


「恨み」「憎しみ」「貴方は私のもの」「束縛」

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