Neta

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「湊」

 自分を呼ぶ静かな声。
 それ自体は爽やかで心地良いもの、なのだが。

「……あのさ」
「?」
「私、一応先輩なんだけど」
「それがどうした」
「…思いっきりタメ語なのは後で指摘するとして。
とにかく“先輩”って敬称をつけてくれないと、立つ瀬ないというか。立場上、ね?」

 私に立ちはだかるのは――七瀬遙。
 整った顔立ちだが感情の起伏は少なく、何を考えているのかわからないこともある(幼馴染の真琴君曰く何も考えてないことの方が多いらしいが)。
 彼はその無表情の中、ほんの僅かに、しかし見て分かるぐらいには不満そうに眉を寄せる。

「湊じゃ、駄目か?」

 彼がそう言い放った瞬間、周囲にあった雑音がざわわ!と明らかな動揺をして、静まり返った。
 これだ。心の距離を適切な手順を踏まずにすっ飛ばしてゼロ距離に近づいてくる彼の友好手段。それは「恋人でもない異性を下の名前で呼び捨てにする」という形で現れていた。しかも人の目がある校内の廊下で堂々と、である。
 ひしひしと感じる好奇の目に、周囲にとんでもない勘違いが引き起こされた事に気付く。

「ダ、ダメ!だいたい、そういう関係じゃ!ないでしょう!」
「そうか」
「そうそう」
「そういう関係になれば良いんだな」
「ちがう!!君ねえ、好きでもない女を呼び捨てにしないの!
遵って、ちゃんと先輩って呼んでください」
「……湊」
「せ、ん、ぱ、い」
「………」

 この攻防は次の授業が始まる直前まで続き、遙君がなかなか戻らないことを心配して捜しに来た真琴君によって遙君は引きずられていった。
 …結局、名前についての訂正は成し得ないまま。





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