Neta

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――四月も半ばを過ぎた。桜はまだ散りきらず、しかしちらほらと青葉が芽吹いているのが目立つ時期。
一年生棟の廊下を歩いていると、盛りを終えた筈の部活勧誘を行う生徒達があった。
“来たれ!水泳部”の看板が目に留まる。部員が集まらなかったのだろうが、人気の少ない廊下でけなげに勧誘をする姿は悪い意味でよく目立った。
私も気にはすれど歩く足を止めるつもりはない。そのまま通り過ぎようと視線を外した、時。

「あ」

勧誘側から、何か引き留めるような声。
今一度そちらに目を向けると黒髪の男子生徒が私を指差していた。きりりとした顔立ちだが、瞳はやや気だるそう。
こんな美丈夫と知り合いだったろうか。

「あんた…このあいだの」

そこまで言われて気付く。
先日、夜中にプールへ忍び込んだ時に出会った少年ではないだろうか。暗かったので顔までは分からないが声は記憶している。
あまり流布して欲しい事実ではないので、他人ですととぼけようか、なあなあに流そうかと逡巡。

「えーっ、はるちゃん知り合いなの?」
「知り合い…」
「珍しいね、ハルが女子と面識あるなんて。」
「どこで会ったのー?ねーえー!」

ところがごまかす暇なんて与えられず、話が勝手に進んでいく。
ミルクティー色の髪をした少年が、看板を片手に“はるちゃん”と呼んだ少年を小突く。
少年は一言。

「プールで、会った」

嘘ではない。しかし必要最低限の言葉。
てっきり「夜中にプールに忍び込んで溺れてたんだぜダッセー」ぐらい言われるかと思っていただけに面食らう(溺れてた訳じゃないけど)。
空気を読んだ…というより、言う必要がないから言わなかった。そんな口振りだ。

「プールで!?ってことは、水泳に興味が……!」

キラキラとした瞳を向けられてたじろぐ。“期待”されている目だ。
一歩後ずされば、もう一歩詰めてきた。さらに身を乗り出して近づいてくる。

「ちかっ、まあ、プールは好きだけど」
「他に部活は!?」
「入ってはないけど、でも」
「じゃあじゃあ、マネージャーやりませんか!今、一人でも部員が欲しいんです!」
「それはわかるけど、だけど私」
「お願いします!」

心なしか潤んだ瞳、看板を抱き締めるようにして見上げられて息が詰まる。
もうひとり、背の高い男子生徒も真剣な目で私を見ていた。期待に応えたいのは山々だ。けれどそれは無理だ。

「……ごめんなさい、私は」
「あんたは」

またも言葉を遮ったのは、今度は静かな声。
見やれば、あの夜見つめた瞳と視線が絡んだ。水面のような静寂を湛えた瞳。

「あの夜の事、話しても良いのか」
「え゛」

言わないつもりじゃなかったのか!
無感情めいた表情に微かに口元がつり上がっているのを見つけてしまい、最初から恐喝材料にするつもりだったのを察する。
他の二人が「あの夜…?」と首を傾げ合っている。あらぬ誤解を生みそうで、慌てて手を振る。

「分かった、分かったよ!部員と人手が足りないんでしょ」
「本当に!?」

やったー!と諸手を上げて喜びムードなのを、掌を向けて制する。

「ただし。私が手伝えるのは七月、良くて八月まで」
「えっと、それはどうして?」

一斉に疑問符を浮かべてこちらを見る。ようやっと自分の主張を聞き入れてくれる体制になって、小さくため息。
今度こそ途中で邪魔されたくないと真面目な瞳を向けた。

「それは、私が今年で高校三年生――受験生だから、だよ」





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