土沖1

□泡沫人
2ページ/30ページ

「ああ……いい月だ。」


それが俺の最期の言葉だった。


言葉と言っても、
誰に届くわけもなく、
別段意味のあるものではなかったが。


いざ死を感じても、
気のきいたものの一つも浮かんできやしない。


ただ、暗い暗い路地裏の塀の間に倒れ込み、
狭い空を見上げると、
煌々と輝く満月。


素直にきれいだと思った。


あ、これはどこかで見た月だ。


ひどく懐かしい。


そうは思うが、思考も視界も段々落ちていく―――――――――


待ってくれ!待ってくれ……


懸命に目を開き、
かすむ月を見つめる。


だんだんと光を失い、
やわらかく揺らぐ光……


そこでふと合点が行った。


その瞬間、自然と口元がゆるむ。


ああ、そうだ…あれは総悟の色だ………


闇にさえ渡る光、
時に見え隠れする儚さ…
そして不器用な優しさ…


ほっと目を閉じた瞬間、
一気に闇の中へ落ちていった。


まぶたの裏にもう見えないはずの光を感じながら。


光が……遠くなる………
あいつに会いてぇ……
総悟、もし…また会えるならば……
俺は――――――――――


そこで俺の人生は終わった。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ