おちか書物庫

茜色の約束
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木々が茜色の葉を落とし、冬へと足早に向かうこの季節。
暑さがやわらぎ過ごしやすい時期だが、それでも朝晩は肌寒さを感じる。
吹いてくる風に、ほんの少しの冷たさを覚えながら、二人は感慨深い表情で各々、歩いていた。





遡ること昨日。

神谷清三郎は巡察の帰り道、落とし物を拾った。

巡察中、今日はどういう訳か、何となく後方を歩いていた。
皆の様子を、普段通り見遣りながら。
大好きなあの人の仕事をする様を、少しだけ遠くから見つめていたかった。
ただそれだけだった。

一番隊は商店が軒を連ねる界隈へと入って来た。
人通りの多いこの辺りは、活気が有るのと平行して、不逞な輩が往来しやすくしてしまう。
一際目を光らせて、道行く人々に目を向けなければならない。
各自、いつも通り隊務をこなしてゆく。

しばらく経った頃、皆が散々に散らばり帳簿を改めている時だった。
セイは、背後に何とも言えない気配を感じた。
振り返り気配の先を見遣ると、庄屋との間の脇道の方からだ。

(殺気でも視線でも無いこの気配は何だろう………)

どうしても気になったセイは確認する為、近づいていった。
庄屋の壁際に背を向けて、少しずつ息を殺して角側へと脚を進める。
敵の可能性も十分ある。
恐る恐る、柄を握り締めた。
生唾をゴクリと飲み込み、気配を殺しつつ庄屋の壁越しに脇道をそっと伺い見る。
そこには、人は疎か鼠すら居ない。
きょろきょろと周りを見渡してみたが、人の気配は全く無かった。
ふぅ。ため息を落とし、不逞浪人の輩では無かった事に少し安堵した。
しかし、あの気配は一体何だったのだろうか。
想い耽っていると、後ろから聞き慣れた声が聞こえた。



「か〜み〜や〜さ〜ん………」



びくりっと、背筋を伸ばし恐る恐る振り返ってみると
怒号を抑えている様子の沖田総司が、そこに腕を組み、仁王立ちしていた。


(ヤバ〜イ////めっちゃ怒ってるぅ〜!)


「す……すみません。沖田先生〜!」

「何してたんですか?あなたは!?」

「物陰に、気配を感じたので………つい……」

「………つい?」



総司の額に青筋が浮き上がる。
セイは、「しまった」 と言わんばかりに口に手を当てた。



「でも、気のせいだったみたいです………ほ……本当にすみませんでした!」

「あなたって人は〜!!ほんっとに………目を離すと、すぐコレだから!まったく。」



一人で危ないことに飛び込んで行ってしまうセイの事が心底、心配でしょうがない。
やっぱり、「小姓のままの方が良かった」 と頭を抱えながら総司はため息を零した。



「すみませんでした。先生………」

「良いですか?危険だと思ったらとにかく誰かを呼びなさいっ!」

「………はい」



しゅん、と項垂れるセイの頭をぽんぽんっと叩きながら
「あまり、無茶ばかりしないで下さいね。」 と告げた。
その台詞を言い終えたと同時に、セイが何かに釘づけになって指を指し示した。



「沖田先生。あそこに何か落ちてますよ!」



そこには、御守りが落ちていた。拾えと言わんばかりに。

総司はその御守りを拾いあげ、じっと注意深く観察してみると、少し角の辺りが綻びていた。
誰かが、ずっと大切にしていたのだろうか。



「誰の落とし物でしょうかねぇ………」



誰が落としたか分からない。
持ち主の判らないその御守り。
無下に放置しておくのも罰当たりだと思う。
どうしたものかと、考え込んでいるとセイが、「私にも見せてください」 と手を差し延べた。
総司は何の躊躇もなく、セイの手の平へ乗せた。



「………えっ!?」



御守りに触れた途端、何かに弾かれた。
唐突にセイは、雷に撃たれたかの様にすべての動きが停止する。





"望月ノ 火恋シ袖ヲ 身ニ沁ムヤ 果テ思ホユル クチヌ思ヒオ"



思考に飛び込んできた唄。
そして、この唄に込められた想い。
感情が混ざり合い飲み込む。


くるしい
くるしい
胸が裂けそう



胸の辺りを強く握り締め、青ざめるセイ。
驚いた総司は、「神谷さんっ!」 と何度も声を掛ける。
しかし、聞こえない様だ。
額に脂汗をかきながら、ぽろぽろと涙を零し始めた。
瞳は御守りを見つめたままで。
意識が此処に無い。
揺さ振っても反応が無い。
次第に何かに取り付かれたように呼吸が荒くなっていった。
過呼吸になり掛けている。
総司は「駄目だ、いけない!」と本能が直感した。
恐怖と焦りが、総司を得体の知れない何かが襲った。
そう思った瞬間、身体は勝手に動いていた。
咄嗟に、セイの手の中にあった御守りをぱしりっと払い退けた。
セイは、気が抜けたかの様に崩れ落ちた。
ぺたりと座り込んだ姿勢で倒れ込みそうになるのを総司が支えて抱き起こした。



「神谷さん!しっかりして下さい。」



頬を軽く叩く。
虚ろだったセイが、ぱちりっと瞬きをした。
意識が還って来た。
我に還ったセイは総司を見ながら、「あれ?あれ?」 と、すっかり元のセイだった。
だか、何が起こったのか分からず混乱していた。
異常の無い様子のセイを見て、心から安堵した。
総司は無意識に、ぎゅっとセイを抱きしめ 「よかった……ほんとによかった……」 と呟いた。



「どうしたんですか?先生?」

「………えっ」



きょとんとセイは目を丸くしていた。
今までの出来事が、セイの記憶に無いらしい。
さっぱり分からない様子のセイ。「本当に覚えてないんですか?」 と聞いても全然わからないようだ。
仕方なく、事の顛末を説明したが余計に混乱してしまったようだ。



「とりあえず、頓所へ戻りますか……………」

「そ……そうですね////」



総司は立ち上がり、先程払い退けた御守りを拾いあげた。


(私が手にしても、何も起こらないのに………)


じっと、その元凶を見つめつつ、地べたに座ったままのセイに手を差し延べた。
手と手が触れ合った瞬間、驚いて互いに手を離した。



「か……神谷さん、今の………?」

「たぶん、そうです!先生にも聞こえました?」

「………ええ。でも、さっきは神谷さん、あなた……記憶が無かったんじゃ………」



セイは頭(かぶり)を振って違うと訴える。



「私も聞こえました!今、初めて……………」



驚いて唖然と立ち尽くす二人。
さっぱり分からない。

(なんで私が持ってるのに、神谷さんにまで伝わったんだろう………)

基本的に考えるのが苦手な総司は−−−−−



「はぁ〜。仕方ないですね。とりあえず、頓所に持ち帰って斎藤さんに相談してみますか。」

「そうですねっ!兄上ならきっと良い妙案、思い付きそうだし。」

「和歌や俳句の事なら、土方さんに聞いたら良いかも………」



これが今現在、二人に出来る最大の対処法だ。
他人任せな野暮天カップルは、一番隊と共に頓所へ帰還するのであった。



<続く>

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