小説(朝菊)

□Blue Ocean
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実際に見た人間は、菊が考えていたものとは大いに違っていた。

上半身だけ見れば人魚も人間もかわらない。
しかし、決定的に違うところがあった。
それは下半身。


人間は2本の「足」を持っていた。

そして、「歩いて」いる。


近付きたい。
話がしたい。



そんな思いが頭をよぎり、菊はぶんぶんと頭を横に振った。


(それは、だめ)

姿を見られてはならないと耀さんも言っていたではないか。

でも、あとちょっとだけ。

あとちょっとだけ人間の世界を見ていたい。
菊はまた船の中の人間たちに目を戻した。

菊はぼんやりと船の上を見つめ、そしてある1人の、妙に目を引かれる人間を見つけた。


輝くような金色の髪と、美しい緑色の目を持つその人間は、どこか寂しそうに見えた。


菊はその人間から眼を離せなかった。

どれくらいの間その人間を見つめていただろう。
やがて、頬にぽつり、と雫を受け、菊はハッと我に返った。


いけない。いい加減もう戻らなくては。
菊は名残惜しげに船から離れた。
船から離れていく間に、空から落ちてくる雫はどんどん多く、そしてひどくなっていった。


(なぜ空から雫が・・・っ!?)


菊が空を見上げたとき、稲光が菊の目を射た。
そして、続くドォォンという大きな音と真っ二つに割れた船が見えた。


菊は呆然とその様子を見ていた。
船から、真っ黒な海へと投げ出される人間たち。


何だろう。いったい何が起こったのだろう。

そう考えるよりも早く、菊は沈んでいく船の残骸へ近付いた。

そして見つけた。
海の中から必死に伸ばされた手を。


菊はその手を無我夢中で握った。


「お願い、死なないで・・・!!」


菊の頭には、もはや握った手の人間を助けることしか無かった。

だから目指した。
禁じられた『人間の世界』を。
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