□移転記念!
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これは、八年前の冬の話。
一人の少年と、一人の推理小説家の話である。
◆◇小さな嵐 特別編◇◆
♯ 野良猫とお節介 ♯
ヴェネチア、イタリア。
工藤優作はマフラーを固く結び直しながら歩いていた。
彼は世界に名を響かせる推理小説家だ。今回イタリアに訪れたのは、次の小説はイタリアを舞台にしたものを書こうと思ってのことだった。
「なかなか素晴らしい街並みだ…有希子と新一も連れてくれば良かったな。…ん?」
イタリアを満喫しながらそうひとりごちていると、前方に一人の少年が走っているのが見えた。
否、一人ではない。数人の、いかにも柄の悪そうな男達に追われていた。
「【待ちやがれ、クソガキィッ!】」
「【俺等の食い物盗みやがって…ぶっ殺してやらァ、この悪童がッ!】」
よくよく見れば、確かに少年の手にはいくつかのパンが抱えられていた。
「……………………」
なんとなく気になり、そのまま事を見守る優作。
「……チッ、しつこい上にうるせぇな…!ちょっとぐらいいいだろーが、こちとら三日ほど食ってねぇんだよ!」
「(日本人とのハーフ、なのかな…?)」
舌打ちをしながらぶつくさと文句を言い走る少年。銀髪碧眼なのにはっきりと流暢な日本語が聞こえたので、優作は冷静にそう分析した。
唐突に少年は煙草をくわえ、パンを片手に抱き込んでから懐から何かを取り出した。
「ダ、ダイナマイト…!?」
まさかの物に優作がギョッとする中、少年は取り出したダイナマイトに煙草で火を着けた。
「【クソッたれ共が、果てろォッ!】」
ドカァァンッ!
『【ぎゃああああっ!】』
「…………………………」
目の前で起きた爆発と悲鳴に、優作は唖然とした。
「ハァ…ハァ…へっ、ざまぁ見やがれってんだ」
「……………………」
肩で息をする少年をじっと観察するように見ていたら、不意に少年と目が合った。
おそらく、自分の息子と同い年ぐらいの少年だ。
最初は目を丸くしていたが、すぐにキッと視線を鋭くとがらせた。
「…何ジロジロ見てんだよ」
「え?あぁ…」
「見てんじゃねぇよ!ぶっ飛ばすぞゴラァッ!」
そう悪態をついて、少年は歩き始めた。どこか足を庇うような歩き方をしていることに優作は気付く。
息子と同年代だからか、何だかとても気にかかる。それに怪我をしているなら尚更放ってはおけない。
優作は少年に遠慮なく日本語で声をかけた。
「君!怪我をしてるんじゃないのかい?」
「あぁ!?るっせぇんだよボケ!」
「手当てをしないと化膿するぞ。してあげるからこっちに来なさい」
「るっせぇっつってんだろ!テメェの施しなんざ受けねぇ!」
「施しって…」
…なかなかに強情だ。
少年は舌打ちを残して、一度も振り返ることなく歩き去っていった。ポリポリと頭を掻きながら、優作は思う。
「……野良猫みたいな子だなぁ…」
警戒心がとびきり強く、近付こうものなら誰であろうが威嚇する。
「……よし」
優作は自分の鞄の中身を確認してぐっと決心を固めた。
呼び止めてもダメなら、こちらにも考えがある。
「尾けるか…」
そう一人呟いて、優作はこっそり少年のあとを尾けた。
何でこんなに気になるのか・放っておけないのか、自分でもよくわからなかった。
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