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□暖かな時間
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甘く、柔らかい香りに包まれて、幸せな夢を見ていた気がする。
「やべっ…俺、寝てた?」
ぼんやりとしたまま呟くと、隣からクスクスと笑う声がした。
「おはよう樹。よく眠れた?」
慌てて飛び起きると、隣には店長が座っていた。
今日は、定休日を利用してインディゴのメンバーでお花見をすることになっている。
俺は、場所取りの係り。
吉男が休みの今、一番新人だから…
と言いたいところだが、不覚にもじゃんけんに負けてしまったから。
「店長、どうしたんですか?
みんなは、まだですよね?」
「うん。あんた一人じゃ退屈でしょう?様子を見にきたのよ。
でも、きて良かったわ。
いくら暖かくても、こんなところで寝入ってちゃ風邪ひくわよ。」
見ると、起き上がったときに自分の体からずりおちたと思われる店長のコートが、足の辺りを中途半端に暖めていた。
「あっ、すいません。」
慌てて返そうとしたコートを、店長は俺の手からとると、大きく広げて、そっと肩にかけてくれた。
その瞬間、甘く柔らかい香りに包まれる。
そう。夢で見たそのままの…。
「いいのよ。寝起きで冷えるわよ。
…じゃあ、準備があるから一旦戻るわね。」
そう言って、立ち上がろうとした店長の腕をとっさに掴んだ。
「あのっ…ほらっ暇だし…もうちょっとだけいてくれませんか?」
苦し紛れな理由で引き止めた俺に、不思議そうな顔をしたものの、
「仕方がないわねぇ。そろそろ交代も来るでしょうからそれまでよ。」
そう言って笑いながら、また隣へ座ってくれた。
自分だけのものになって欲しいとか、自分だけを見て欲しいとか、店長を困らせるだけだから言いません。
だから、少しだけ、もう少しだけこの暖かで幸せな時間を俺に下さい。
end