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□一難去って、また一難
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今日は、何事もないかと思っていたが…。

それにしたって、憂夜も晶も、おまえらいい大人だろう?
っつーか、憂夜。
お前は元新宿bPホストだろう。
あまたの女を虜にしてきた男が何やっちゃってんだよ…。


頭を抱えそうになった瞬間、いつの間にか隣にきていたジョン太に腕を引っ張られて、
個室の方へ連れて行かれた。


「見ましたっ?
店長のここっ!」

言いながらジョン太が自分の首筋を指差している。

「おっ、おお…。」

晶の方へ目をやると、他のホスト達がちらちらとこちらを見ている。


「おまえら、全員気付いてんのか?」

ジョン太が、大きく頷く。

「どうしたらいいっすか?」

「いや、どうしたらって…。なぁ…。」

「俺らも二人には幸せになってほしいと思ってるんです。
ただ、何か、見ちゃいけねぇって思うと目が行くっつうか…、
妙に恥ずかしいっつうか…。」

「あぁ、言いたい事はわかるがなぁ。」


ただ、こればっかりは、何と言ったものか。
そもそも、色恋事は苦手でこっちが相談してぇくれぇだってのに…。

考えながら晶を見ていると、
自分でも気付いているのか、首筋に手をやって、伏し目がちに小さく溜め息を吐いているのが目に入った。

多分、あの痕さえ見なければ、特に気にする事もなかっただろう。
しかし、気付いてしまうと、何だかそんな仕種にすら妙な色気を感じてしまう。

「はぁ…、仕方ねぇなぁ。
憂夜にひとつ言っておくか…。」

まぁ、あんまり過ぎると目の毒だしな…
そう思ったときだった。




「オーナー、いらしてたんですね。」

いつのまに戻ったのか、憂夜が気配もなく隣に立っていた。

「おっ…お、おうっ。
買い物に出てたんだってなぁ?」

「はい。申し訳ありません。
売り上げの件ですよね。
もう少し、待っていただけますか?」

いつも通りの笑みを浮かべて、軽く頭を下げると、買い物袋を手に晶へ近づいていった。



「店長、買ってきましたよ。」

そう言って、憂夜が袋から小さな箱を取り出した。

「ありがとう〜。
あんまり触ると痕が残るじゃん。
だから我慢してたんだけど、気になって仕方がなくてさぁ。」

晶の手にしている物をよく見ると、それは虫刺されの薬だった。

「おいっ、まさか、そっ…その首、虫刺されかっ?!」


「うん。ゆうべ蚊に刺されたみたいでさぁ。
かゆくって…ほんっとむかつく。
…っつーか、みんなどうしたの?」

今までの騒ぎは一体何だったんだよ…。

全員が一斉にぐったりとしたのを見て、晶は首をかしげると、憂夜の方へ顔を向けた。

憂夜も、さぁ?とでも言うように首を傾けると、

「ともかく、薬、早めにぬったほうがよろしいですよ。
お手伝いしましょうか?」

と晶へ向かって、やけに甘く微笑んだ。

「いっ…いいっ、大丈夫っ!
自分でぬるし。あっ、上でぬってくるから、ちょっと休憩ねっ。」

少し頬を染めながらあわてて言い残し、螺旋階段を駆け上がっていった晶と、
その後ろをゆっくりとついてゆく憂夜を見送りながら、
頭の中には、‘一難さってまた一難’なんだかそんな言葉が浮かんでいた。





(なぁジョン太、さっき憂夜がもう少し待ってくれって言ったよなぁ…?)

(はい。)

(どれくらい、待ったらいいんだろうなぁ?)

(…さぁ…。)

(出直すか?)






end
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