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□一難去って、また一難
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梅雨に入り、すっきりしない天気が続く中、珍しく太陽が姿を現した日のこと。

インディゴのオーナー塩谷は、額ににじむ汗をハンカチで押さえながら、店の玄関の前でドアノブを握り締めて、何やら考え込んでいた。



最近、店へくると、どうにも目のやり場に困る光景をよく目にする。

片や腐れ縁だか昔馴染だか、昔はちょっとばかり憎からず思っていた雇われ店長。
もう片方は、男として自分が見込んで、この店を任せた、元新宿No.1ホストの敏腕マネージャー。

この二人、どちらも自分にとっては、大切な仲間だと思っているし、仲が良いのは、まぁ何よりだろう。

しかし、天然だか何だかわからんが、時折、過度のスキンシップを見せつけて、周囲をぐったりさせている。

今日もこのドアを開けた先でどんな光景が待ち受けているのか?
それを考えると握っているドアノブを回すことを少しばかり躊躇する。

しかし、そんなことばかりは考えていられない。何せ自分はこの店のオーナーだ。
そう、自分自身に言い聞かせドアを開いた。




「なぁんだ。今日は普通じゃねぇか〜。」

妙な緊張がゆるみ、笑顔がこぼれる。

「よぉ、おまえら、今日は何してんだ?」

ホールのソファーを中心にホスト達が集まり、晶もその輪の中で一緒になって、はさみを片手に何やら作っているようだった。


「あぁ、塩谷さん。
来月は七夕でしょう。
当日に何かイベントはやるつもりなんだけど、
早めに笹を飾って、きてくれたお客様に短冊を書いていってもらおうかと思って。」

答えながら、楽しそうにホスト達と準備している晶を見ていると、この店へ連れてきたことが間違っていなかったのだと、少しばかり嬉しくなる。

「ふぅん、いいんじゃねぇか。
七夕か…。お前は短冊に何書くんだ?
どうせ、たいした事じゃないんだろう。
男か?ダイエットか?いくらなんでも若返りっつうのは無理だしなぁ?」

ソファーに座る晶の隣に腰を下ろしながら、おちょくるように聞いてみると、

「うっ、うるさいわねぇ。
あたしにだって、こう…ロマンチックな願い事の一つや二つあんのよっ!
塩谷さんこそ、結婚相手くらい頼んどいた方がいいんじゃないですか?
まっ、叶えてもらえるかは別物だけどっ!」

むきになって言い返し、凄い勢いで飾りにすると思われる色紙を切り刻んでいる。

相変わらずおもしれぇ奴だ。
大体、こいつのロマンチックな願い事なんてもんは、織姫と彦星よりも憂夜に頼んだほうが早いんじゃねぇか?

そんな事を考えていてふと気が付いた。

「憂夜はどこ行ったんだ?」

いつもなら、事務所で仕事をしていても、
俺が来たことに気づいて、すぐに顔をのぞかせるが、今日はまだ見ていない。

「ちょっと、買い物を頼んだの。
そろそろ、戻ると思うんだけど…。」

「おぉ、そうか。」

長い髪を耳にかけながら返事をした晶へ目をやった瞬間、不覚にも動きを止めてしまった。

「塩谷さん?」

固まった俺を見て、晶が訝しげに覗きこむ。

「あぁ…、いやっ、何でもねぇ。
何でもねぇぞっ。」

答えて顔をそらすと、首をひねりながら晶は再び作業に没頭し始めた。


再び、そっと晶の方を向いて観察する。

間違いない。
今日は晶が髪の毛をおろしたままで、何もしていないためすぐには気づかなかったが、
その細い首筋の、髪の毛で陰になるかならないかの微妙な場所。
そこに、朱い痕が見え隠れしている。


そうきたか…。

予想を超えた展開に、妙な疲労感に襲われた。
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