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□五月の誕生花
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5月 1日 スズラン 純愛 幼馴染み高校生設定です

「やぁ名無しさん、久しぶり。」

そう言って私の前で微笑むのは高校生の頃に幼馴染みだった男。

今や雲の上の人間。

いやいや、死んじゃったとかじゃなくて(笑)



花屋の店員になって毎日水仕事をしている私。

手はボロボロで、花屋に来る男の人はだいたい彼女さんがいらっしゃる。

出会いなんてまーったく無い。

あぁ〜あ…疲れたな〜。家帰っても一人だ〜…。

とか思いつつ、床の掃除をしている午後11時。

明日の朝は市場に買い出しに行って…

今日の売れ残りはご近所にお裾分けして…

花屋ってほんとに世知辛い…

2日間で売れ残ってしまった子は捨てられてしまう。

けれど、近所のオフィスとか、スーパーとか、

イベントとか。

意外と需要はあるのです。

それに…

「あら、名無しさんちゃん。はかどってる?ちょっとお花貰えるかしら。」

そう声を掛けてくれるのはとってもグラマラスなお姉さん。

メイクもばっちり決まって髪の毛もモリモリ。

体の綺麗なラインが出る洋服を着て、いつも良い匂いがする。

ネイルはいつも美しい色に彩られていてその身を飾る。

綺麗な唇は、吸い付きたくなるってこんなことなんだろうな…と思わせる。

「こんにちわ、瑠璃さん。今日も綺麗ですね〜、ご出勤ですか?」

この人は夜の蝶(笑)の中でも素敵な人。

キャバクラの女性だったり、ホストやクラブに行く人がお花を買って行ってくれる。

花言葉なんか聞かれると、張り切って応えてしまう。

そんな毎日だった。



一日の仕事を終えて、やっとエプロンを外す。

店長は明日市場に買い出しに早く出かけなくてはいけないので早々に帰って貰った。

繁華街の一角にある花屋が閉まろうとしていても、繁華街の明るさは変わる事は無い。

さて、鍵でも締めて、シャッターを降ろそうと立ち上がる。

「……??」

そのとき感じたのは花の匂いを遥かに凌ぐ香水の匂い。

「…フゥ。」

男物の香水だ。きっとキャバクラやクラブに行く男性がお花を買いに来たんだろう。

ふいっとのぞくと、やはり背の高い男性がポケットに手を突っ込んで立っていた。

花を中指と人差し指で触っている。

後ろから声を掛ける。

体はヘトヘトだが、この人が今日最後のお客さんで、

お花を買って行ってくれる人に悪い人はいない。

疲れる心を奮い立たせる。

「どういったものをご所望ですか??」

私の声に気付いて男の人がこちらを振り向く。

その人は夜だというのに、サングラスを掛けたまま。

「…??」

私の顔を見るとその人はひどく驚いた様子だった。

「…名無しさん?」

…誰?

「あぁ、やっぱり。オマエだったんだ。」

…一人で納得する男の人。

「あの〜えっと…すみません、何処かで?」

「覚えてない訳?そんな筈無いよね。」

…この感じ…よく似た感じの雰囲気を醸し出し私をよくからかっていたあの男…

「…ガ…ガク…?」

「やぁ、名無しさん、久しぶり。」

肯定の言葉は無いが、にっこりと微笑むそれは正解を表しているのだろう。

「ふ〜ん、いい店だね。」

すぐに反応できなくて口が開かない。

「…可愛い女の子が居るお花屋さんがあるっていうから来てみたけど…」

私の手をとって、物珍しげに眺める。

久しぶりに感じる幼馴染みの体温。

「名無しさんだったんだ、来て損したな。」

あの頃より随分柔らかくなった表情。

拳には相変わらず喧嘩ダコあるけれど、真っ白でしなやかなそれは

私の手とは不釣り合いで。

しげしげと眺めるガクの手をやんわり振り払って

「久しぶり。相変わらずで安心したわ。」

右手と左手を揉む。

きっと貴方の手には私なんかの荒れた手は似合わない。

手だけじゃなくて、もう私とガクじゃ

住んでる世界が違う。

不機嫌そうな顔を向ける幼馴染みにどう声をかけていいか分からない。

高校生の頃に封印した想いは、もうきっと2度と会えないという事実で昇華された筈だった。

なのに…。

「…名無しさん?」


ぼーっとサングラス越しの瞳を見つめていると

ガクの声に驚く。

「あっ!!えっと、どんな花買っていきますか?」

「…ププッ。相変わらずだね、名無しさんも。」

そそっかしい所とか変わらないや。

そう言いながら頭を撫でてくる。

「じゃあ…バラを一輪貰おうかな。」

「はい、ミスターリンカーンで良いですか?」

私の一押しの薔薇。

「うん、それで。」

私には全然似合わない花。

きっとガクに似合う女性に渡すんだろう。

きっと笑顔が素敵な女性。

包装紙に包んでリボンでくくる。

出来上がったそれを渡す。

「ハイ、どうぞ。」

お金を貰って薔薇を渡す。

「ありがとうございました。」

素敵な人に貰われるんだ、きっと花も喜んでいるだろう。

「じゃあね、名無しさん、また来るよ。」

ふわりと笑って、薔薇を一輪抱える。

店先まで見送ると

大きな白いバンがハザードをたいて止まっていた。

白いバンの扉が開くと、

綺麗な女性が座っていた。

髪も長くて、メイクもばっちり。

ほとんどノーメイクで、髪の毛もひっつめて

手もガサガサの私とは大違いだった。

「ガク、ありがとう。」

私の言葉に頷いて颯爽と車に乗り込む。

さよなら、私の初恋。


.

私のつたない小説に少しばかり解説を。
名無しさんちゃんは高校生の時よりも恋に対して臆病なのです。
高校生の時よりもずーっと女の子してる訳ですが。
考えが卑屈になってしまったり
相手の行為をマイナスにとらえてしまったり。

高校生のときに伝える事が出来なかった想い。
やり直せない時間が自分を変えてしまっている。

そこに私は純愛を表現したかったのです。

では。
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