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□第九話 二ヶ月
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あれから、時間を見つけては
病院に行くようにしてる。

今日で、入院4日目。
ベタだけれど
果物を持って僕は君の病室に歩いていく。

君の病室までは非常階段で上がっていくために、
他の人たちにばれたりしない。
病院側の配慮だろう。

ま、僕もよくお世話になってるしね。

ガラガラ

「名無しさん?こんにち…あ!」

「あ、楽斗さん、こんにちは。どうかしました?」

二日目ぐらいかな。君が
『楽斗さんが名無しさんって呼んでくれたの、聞こえてました…。
ちゃん付けはこそばゆいから、名無しさんって呼んでください。』

っていうからさ、呼び捨てのお許しが出たんだよ!
進歩だよ、これは!
うれしいなぁ〜って、そうじゃないだろ!

「なんで仕事してるの?!安静って言われてたじゃない!」

「ちょっとだけ…。窓から見える景色の事
 書いて置こうと思って。
 忘れちゃうと辛いから…」

ね?と顔を傾けながら言う君。

…。何も言えません。

「早く、終わらせるんだったら、お医者さんにはだまっててあげるよ…」

「わぁ、ありがとう!楽斗さん!」

それでも、君の”楽斗さん”は変わらない。
『そしたらさ、僕も楽斗って呼んでよ。』

『それは、駄目です。楽斗さんに対する礼儀です!』

よく分かんないよ、名無しさん(笑)
なんだか一歩線を引かれてるみたいで哀しいけどさ。

「担当さんに怒られちゃいました…」

「ん?なんて?」

「躯の管理ぐらいしてくださいよ、って。
 あ、今日も来るって言ってたなぁ。」

ガラガラ

「せんせぇ〜い、こんにちは〜って、お客さんっすか〜?」

扉が開いて、男の声がする。

「清志さん、こんにちは。お友達の楽斗さんです。」

僕は、くるっと振り返りながら

「こんにちは、楽斗です。」

握手の手を差し出すと、
彼は目を白黒させて、

「…え?Gackt?え?はい!?Gackt?」

おいおい、さんとかつけようよ。

「わ、えっと、こんにちは、すんません驚いちまって…」

あんまり、驚いてるように見えないけれど…

「クスクス…。担当の清志さんです。
ロックがお好きだそうですよ〜」

あんまり感情が顔に出ないタイプらしいですよ?
君は、またパソコンに目を移しながら言う。

「ちょ、##NAME2##せんせぇ〜,GACKTさんと友達なんて一言も聞いてないっすよぉ〜?」
 
「そう?ごめんね、別に言う事でもないかなって思ったの。」

くだけて喋ってるの初めて聞いた。

「今日は、一つだけお伝えする事があってきたんッス」

そういいながら、清志くんはニコニコしながらこう言葉を続けた。

「今受けている仕事が完了したら、2ヶ月間お休みしてください
 だ、そうです。」


「っはい!?」

「上からの命令です。最近、頑張りすぎてるし、ご褒美にって。
 ほら、この前の曲じゃないですか?たぶん、それが効いたんですよ。」

じゃ、帰ります。僕に挨拶して
嵐のように帰っていった。

「お休み?やだなぁ…働いてないと堕落しそうです、私…」

その気持ち、僕もよく分かるよ。

「りんご、食べる?」

「りんご!?食べます!もう、病院食最悪、なんですよ…、」

「もっと、やる気出して欲しいよね。僕も肺炎で入院した時食べないって思ったね。」

「じゃ、楽斗さん剥いてください。」

「えぇ〜名無しさんが剥きなよ〜。」

「お願いします、楽斗さん。」

首を傾けてさ…
可愛くおねだりされて、僕…

「うん…うん、分かったよ!剥くよ!」

こんな昼間からリンゴを剥く僕。

「担当さん?若い人なんだね。」

「 清志くんですか?32歳って言ってましたよ、童顔なんですかね(笑)
 6年間、一緒にお仕事してるんです。」

「デビューからずっと?はい、どーぞ。」

「わぁ、ありがとうございます。
 デビューから支えてもらってます。」

へぇ〜、そりゃ6年間も一緒にいれば、
あんだけくだけるよね。

僕にもそんな風にくだけて喋ってほしいな。

「…あの。」

「どーした?りんご不味かった?」

「違います!ものすごく美味しいです!今まで食べた事無いくらい美味しいです!」

「クスクス…分かったから。で、どーした?」

「その…あの…私が泣いた理由…聞かないんですか?」

「…聞いてほしい?」

泣きたい時は
思いっきり泣けば良い。
思いっきり泣いた後は
素敵な笑顔を見せてくれれば良いんだ。

僕の胸でひとしきり泣いた後君は、

『ありがとございます…楽斗さん…』

そう言って、眠ってしまった。

「少し、その…」

「…うん。」

「ちょっと、落ち込む…というか。」

「うん、また?。」

「うっ…それ言われると…
 うんと、自分が、すごく苦労して出したCDあったんです。」

「どの、CD?」

「1年前に出したものです。」

題名を聞いて、あぁ あれかと思っていると

「楽斗さん…まさか、聞きました!?」

「あぁ、一応名無しさんのCD聞いてるよ?」

「…ゎあー!!えっと、買われたんですか!!??」

「え?勿論。」

「わわわ!なんで!うそ!なんで言ってくれなかったんですか!」

「あ、え、感想?あぁ、ごめんね。
 その都度言ってこうかなと思っ「そうじゃないです!」

言ってくださったら、渡したのに…
そういうと、ずーんとテンションが下がる君。

「友達からお金…巻き上げてる気分ですよ…」

「ハハハ!なにそれ?クスクス…」

「わーらわなーいでくださーい!」

「巻き上げてるって…ハハ…じゃあ、今度サインしてよ、ヤフオクで売るからさ(笑)」

「もー!」

ほおを膨らまして、顔を紅潮させる。

「ごめんごめん…クスクスほら、機嫌治して?」

残りのりんごをウサギにしてあげる。
僕、なにやっても器用だなぁ。

「わぁ!可愛い!すごいですねぇ、食べるの勿体ないや。」

「…話、それたね。」

「あ…、えと、そのCDなんですけど…
 その、ものすっごく苦労したんです。
 半年ぐらい打ち合わせして…1年間ぐらい他の仕事と平行しながら
 作業していたもので…。」

「うん。そのCDがどうかしたの?」

「平行していた仕事が、おろそかになっていたんです。
 それほど、そのCDに入れ込んでて…」

出せたとき、本当に嬉しかったんです。
 辛い時もあったけど、よく頑張ったなって
 自画自賛してました…、けど…」

「けど?」

「なんというか、もの凄く批判を受けたんです。」

「批判?」

「一年前に出したCDだったんですが、先日の受賞で
 聞いてくれる人が増えたのか…お手紙をくれる
 方が増えたんです。」

「うん。」

「作曲家っていう職業は、あまり他人の批評を気にしていてはいけないんです。」

「…。」

「リスナーの目、クライアントの目、同時に持っているものなんです。
 他人の批評ばかりを気にしていては、描きたいものが描けなくってしまう。」

「アーティストとしての誇りだね。」

「お手紙を何通かいただいて…
 こう、ぱこーんと自分の中にはまってしまう意見があったんです。」

「…あぁ。」

僕も、あるよ。ファンの子からのメールで僕の意思が左右されるってことは
ほとんどないけれど、
ときどき考えさせられる意見がある。
へぇ、そういう考えもある訳だ…。
そんな風に思う事は、僕にだってある。

「なんというか…自分の中でもやもやしたものがふくれてって…
 ストレスみたいなものが重なっちゃって…
 心が弱ってたみたいで…」

 病院の知らない天井が目に入った時…思ったんです。」

「…何を、思ったの?」

「もう、何もかも捨てても良いかなぁって。一瞬でした けど(笑)だけど…
 楽斗さんのぬくもりとか、顔を見てたら…
 心の中で一生懸命に威張っていた自制心みたいなもの がくだけちゃって…泣いちゃいました…」

表現する事の難しさ、身を包む苦悩。
君の気持ちはよく分かる。
君の心は、
誰かにすがって泣きたくなってしまったんだ。

「ねぇ、名無しさん?」

「…はい?」

「名無しさんは、我慢し過ぎだよ。」

「我慢?」

「締め切りに間に合わないんだったら、無理に間に合わせる事も無い。
 自分に対して批判されて傷ついたなら、それを自分の中で抱え込んでちゃいけないよ
 前に、進めるようにしなくちゃ意味が無いだろ?
 立ち止まってどうしよう…ってしてちゃ駄目だろ?
 自分の信じる道を貫いて結果を出す事が大切なんだからさ。」

「…っはい。」

「そうしないと、君の心は一杯になってしまう。
 だから、あんな風に涙としてあふれてきたんだ。」

「…。」

「一杯泣いて良いよ、名無しさん。一杯泣いたら
 一杯笑って?」

「楽斗さん…ありがとう…」

「僕でよかったら一杯聞くから。ストレス、発散しなきゃ駄目だよ。」

「はい!また頑張ってみます。」

「2ヶ月お休みなんだよね?」

「少し、充電です。旅行…してみようかなぁ…」

「いいかもね…リフレッシュ。」

「2ヶ月も何しよっかなぁ。」

「僕、後二週間ぐらいオフなんだ。」

「んじゃ、楽斗さん、リフレッシュ付き合ってくれます?」

「勿論。」

「わーい、家でゲームしよーっと!」

「おいおい、それで言いわけ?リフレッシュ」

ライブの打ち合わせまで、付き合ってあげるよ。
名無しさん、涙の訳。
聞かせてくれてありがとう。

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