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□第一話 出逢う
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「…最悪。」

今日は最悪な一日だった。
やっとのことで認められたはずの私の
努力。

夢に向かっていってる
自分の、一歩がこんなにも最悪だとは
思ってなかった。

所謂、私はピアニストというやつで
知名度的にも有名な賞をもらうことができた。

いままで歩んできた、長い道が
今日、少しでも報われると
思っていた、過去の自分に笑ってしまう。

私が受賞を果たした賞は
すごく、
お飾りのような賞だった。

受賞パーティには多くの有名人が集まって
繋がりを作ろうと必死だった。

私はそんな中にポンと投げ出されて、
「次回のコンサートは?」
「受賞の感想は?」

同じことを何百回と聞かれ、
上から下まで
判別するような視線を浴びなければならなかった。

そんな、パーティに嫌気がさして、
少し外の空気がすいたくて、

私は外に行って自分に喝をいれることにした。
まぁ、後で後悔することになるんだけれど。



「つかれたぁぁあ!」

人目を気にすることなく、
私はおっきな声で叫んだ。

う〜ん。ここは別世界だ。
パーティ会場から少し出たところで、
左には駐車場がある。

空にあるまん丸の月だけが
私を見ていた。

「月って蒼いの…ね…」

疲れていた私は、
なんともおかしなことを口走っている。

そんなこと自分では分からなくて。

近づく人影にも
気づけなかった。

「君…一人?」

おいおい、こんなところでナンパですか?
心のなかにあるものが
またずっしりと重くなる音が聞こえた。

うん、めんどくさい。

聞こえないふり、しようか。

「ねぇ、一人?」

もうあきらめて下さい。聞こえません!

そう思って、振り返った。

のが間違いだった訳です。

そこには全身黒いスーツで
逆行で顔は見えないけれど、
サングラスをかけてポケットに手を入れて
佇む男が居る。

このにおい、この人から?
うー…
すごい、においだなぁ。

「そんなに見られると…ね?」

「ハイっ!?」

見すぎてた!見すぎてた!

こういう男はほんとにだるいのが多い。

「こんなとこで何してるの?」

「…えっと、すいません?」

「なんで謝るのさ。」

「…なんででしょう?」

「…クスクス。」

笑われたよ、初対面の人に笑われましたよ。
やっぱり今日は最高な一日ですね!
ハイハイ!

「今日は満月か…」

わたしから視線を外して、
サングラス男は月を見てた。

佇まいが
本当に儚くて
月の光に照らされて
消えるんじゃないかと
錯覚を覚えた。

「僕の顔になんかついてる?」

「はぁ、目とかついてます。」

また見すぎてた訳ですね、すいません。
いやでも、ものをよく観察するっていいことだからね?
って心の中で言い訳します。
集中力が無くちゃ、こんな仕事はできませんから。

「ハハハ…なんだそれ?」

「あのぉ…すいませんでした…私もう戻りますので…」

忘れてた。あまりに、佇まいが奇麗にしても
この人ナンパでしたよ。

嫌だけど、死ぬほど嫌だけど
会場に戻るしかない。

「君も受賞者?」

「はい…一応」

「若いのにすごいね。」

「ありがとうございます。」

おっけー。営業スマイルできてたかな。
この人も、どっかの有名人で
パーティにおよばれしてるってことが
分かりました。

「息、詰まったでしょ。あそこ、ほんとになめてる連中の集まりだからさ。」

「…??」

なにいってるんだこの人は?
まぁたいつものセールストーク的なものが
始まるだろうと思っていた私は
ずっこけていた。
うん、顔に出るほどにね。

「さっきから君、百面相してる。面白いね(笑)」

「いや、あの、そんなこと言う人初めてで…」

「そう?僕はもう2度と来たくないよ、こんなところ。」

「はぁ。」

「君、名前は?」

いやはや来ましたよ。
名前…ねぇ?

「…名無しさんです。」

私の馬鹿!なんで素直に答える訳?!


「名無しさんちゃん、パーティ…どうして抜け出したの?」

この人の声、好きだなぁ。
この低くて心にすっと入ってきてくれる声が
すごく、心地いい。

「なんというか…あなたの言う通り、息が詰まって。
 人の視線とか、苦しかったんです。
 そうしたら、月が綺麗で…見入ってました。」

なんとなく、だけど。
この人は悪い人じゃないかなと思った。
本当に、何となくだったけど。
この人の声の心地よさに
気づいたら私は笑っていた。

「色々大変だからね。人との繋がりとか、派閥って言うの?ある訳じゃない。」

「私は、その辺よく分からなくて。」

担当さんと一緒に泣いて喜んだ受賞だったけれど。
ここまで気分が堕ちちゃうとは…。


サングラスさんの名前を聞くのはタイミングを逃してしまって。
この人の声で質問されると、
何故か答えたくなる。
名前も知らないその人と、時間を忘れて話し込んでいた。


1時間ぐらいだろうか?随分と話し込んでいた気がする。
表現する事、0からものを生み出す事の大変さ。
そして、その苦悩。とかそんな感じの話。
素敵な人だなって、素直にそう感じた。


「パーティ戻らなくていいの?」

「ええ、戻らなくちゃ。」

あ、この人はどうしてここに居るのかな?
フ、と疑問に思った。
表現者であることは間違いない。
どんな人なんだろう?

「あの…あなたはどうしてここに?パーティ戻らなくちゃ…?」

「僕は、友人の方でね。
 まぁ、僕と、僕の友人が知り合いだってばれたらしくて。
 いきなり呼ばれた訳。」

「お友達のところに行って、祝福なさらなくていいんですか?」

「もうすませたよ(笑)なんか僕の入る所が無くなったから逃げてきた。」

有名な人なのかな。
よく分からないけれど。

サングラスさんは、私に笑いかけて

「抜け出して良かった。
 君みたいな人に会えたからね。」

ぅええ!?
え、なんて?
え〜〜っと?こういうときどう返せば?
私が、動揺してると

「クスクス…真っ赤っか(笑)」

…からかわれた。
あ〜あ、なんかどっと疲れた。

「ありがとうございます!じゃ!」

もう、怒りました。
知りませんよ、素敵な声だなとか、素敵なひとだ。
とか思った私が馬鹿でしたよ!
もう逢うことも無いでしょうし!


「ねぇ!ちょっと待ってよ!…ねぇ!?」


サングラス男は
走って追っかけてくることはしなかった。

もう2度と逢わないはず。
そう思ってた私が馬鹿だったんです。
あの魔王から、逃れられる訳ないのにね。

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