夏目

□伝えたいこと
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伝えたいこと




「……さて、ここまで聞いてくれたみんなに、言っておかなければならないことがあるの」

真っ暗闇にぼんやりと浮かび上がるろうそくの明かりの中、千尋は声を潜めて言う。

同様に、一人一つずつ持ったろうそくに照らされた十数名の子供たちが、ごくりと喉を鳴らした。

時刻は9時半。夏休みだから特別に、と子供たちが外出を許されている時間。
近所の子供たちを集めての怪談大会が、古びた神社の社の中で開催されていた。
子供たちは輪になって床に座り千尋の話に聞き入っている。

「今日話した怪談を聞いた人のところへはね…本当に妖怪が現れるらしいの。みんなのところに出てくるかもしれない。……肩が重くなってきたり、髪を引っ張られる気がしたり……おかしなことがあったらすぐ私に言ってね。でないと……」

「ね、姉ちゃん……おれ、背中が重い気がするよ」

「…!バッカお前!そんなわけねーだろ!」

「だって…」

「お姉ちゃん、わたしも……さっきから誰かに服引っ張られるの……」

「…お、おい!誰だよ!悪ふざけするなよ!」

騒ぎ出す子供たち。

彼らの慌てようを見つめていた千尋は……ああ、とわざとらしいほど重い嘆きの声を口にした。

「…ごめんね、みんな。ちょっと彼らの世界に近付きすぎたみたい」

「えっ……」

「……来るよ、妖怪が」

千尋がそう呟いた、刹那。

千尋の手にしていたろうそくが、ふっ、とかき消えた。
社の中には風など吹いていないのに。

暗闇の濃度が増し、ひやりと空気が冷たくなったよう。

そして、輪になって座っている子供たちのろうそくも、千尋の隣の子供のものから次々に消えていった。
子供は目を見開き声もなくろうそくを見つめ、最後の一つが消え真っ暗闇に包まれた途端、

「うわあああああああああ!?」

大パニック。泣けや叫べやの阿鼻叫喚。

「ぎゃあああああああああ!!」

外から差し込む僅かな月明かりを目指して子供たちは走り出し、ドタドタバタン!と派手な音を立て、社から逃げ出していった。




子供たちが戸を開け放していったために月明かりが満ちた社の中。
一人残された千尋は…くすくすと可笑しそうに笑っている。

否、正確には、千尋は一人ではなかった。

「あー、楽しかった!みんなお疲れ!」

子供たちには見ることができない、妖怪と呼ばれる類のモノたち。
小さいのから中くらいのまで総勢10匹ほどが、「来るよ」と千尋が宣言するのよりずっと前、怪談大会が始まった時から一緒にいたのである。

「やりすぎじゃないかい?度が過ぎるのは悪趣味だよ」

いつの間にか社の入り口に立ち、月明かりを受けて佇むのは名取。
子供たちが逃げていくまで、彼は千尋の怪談大会を社の外から見守っていたのだ。

怪談大会を始める前に「危ないから外で見張っているよ」と名取が提案したのを千尋が快諾したのである。
その際、
「ありがとう!さすがに夜遅くに子供たち集めるのはちょっと怖いもん、助かる」
「子供の匂いにつられて厄介な妖怪が現れないとも限らないからね」
「違うよ、アブナいおじさんみたいな不審者とか居そうじゃない。この辺道暗いし」
「え?」
「ん?」
という程度のすれ違いはあったのだが。


やりすぎじゃないかと問う名取に、千尋は自信たっぷりの笑顔を向けて答える。

「そんなことないよ。あの子たちの親には、きっとすごく怯えて帰るから玄関で塩まいてこれで大丈夫って言ってあげて、って伝えてあるもん。アフターケアもばっちり!」

「それは除霊であって妖怪祓いじゃ、」

「いいのいいの!こういうのは気の持ちようじゃない!」

快活に笑う千尋の周りには妖怪たちが集まってくる。
妖怪たちと戯れる千尋。名取はそんな光景を眺めながら、小さく溜息をついた。

タネを明かせば簡単な話。夏の怪談大会を開くのに、馴染みの妖怪たちの力を借りて、より臨場感のある演出をしたのだ。
より正確に述べれば、千尋のしていることに興味を持った妖怪たちが集まり、堂々と人の子供に悪戯できることを楽しんでいる、といったところ。
子供たちの肩にのし掛かるなどちょっかいを出してみたり、冷気を放出して寒気を促してみたり。ろうそくの火を消していったのも、妖怪の仕業だ。

「……私はね、心配なんだよ。千尋」

しかし、心底楽しそうに妖怪と戯れる千尋と対照的に、名取は沈痛な面持ちで告げる。

「いずれ君が疎まれるんじゃないかと。ただの怪談のうちはいいかもしれないが、本物だ、本当に妖怪を呼び寄せる、なんて思われたら君は居場所を失いかねない」

「大丈夫だって。もう3年目だけど、千尋姉ちゃんの怪談大会、結構人気なのよ」

よく遊んであげている近所の子供たちを呼んで怪談大会を初めて開いたのが2年前。
それが思ったより好評で、今年もやってと子供たちにせがまれたのが去年。
今年は大人のほうからも、夏らしくて良いわ、うちの子よろしく、と頼まれるようになってしまった。
毎年参加して毎年同じように怯えている千尋の怪談のファンの子だっている。

怪談を聞きにくる子供たちも、噂を聞いた大人たちも、仕掛けを使ってそれらしい雰囲気を演出しているのだと考えはしても、まさか本物の妖怪を動員しているなどとは考えまい。

「…それにね、私は必要なことだと思ってるの。今の人たちって大人も子供も妖怪たちと縁が無さ過ぎる。彼らは傍にいるんだよって、確かに存在するんだよって、教えてあげなくちゃいけない。人のためにも、妖怪のためにも」

千尋は膝の上に乗ってくる小妖怪の頭を撫でた。

「妖怪が悪さをするのは、人が彼らの存在を忘れて、分を弁えなくなってしまったからだもの」

千尋の持論。
妖怪の領分を犯そうとした者にこそ、呪いや祟りは降りかかる。
人が、かつてそうであったように、妖怪に対して畏敬の念、あるいは恐れを抱いていれば、彼らは無用の悪ふざけはしないのだ。

祓い屋の家系に生まれ妖祓いの仕事を見てきたからわかる。
腹を満たすためだけに人や家畜を襲うような本当に悪い妖怪はごく一部で、大部分は起きなくて済んだはずの事件、祓われなくて良かったはずの妖怪だと。

だから千尋は、人と妖怪があるべき関係を築けるよう、できることをしたいと思っている。


「まったく、君はしょうがない人だな」

苦笑いを浮かべて、名取は言う。
社の入り口にいた彼だが、ゆっくりとした足取りで社の中、千尋のもとへと歩み寄る。

千尋の周りに集まっていた小妖怪たちは揃って警戒の色を露わにした。
名取が祓い屋だと知っているのか、それともなにか危機感を察知しただけなのかはわからないが。

「名取、ダメよ、この子たち祓っちゃ」

「……私をなんだと思っているんだい」

「見境無しの妖怪嫌い」

「昔の話だろう、それは。千尋が仲良くしている妖怪を、私が祓えるわけないじゃないか」

困ったように笑う名取がゆっくりと右手を伸ばした。

さすがにこれには驚いた妖怪たちが蜘蛛の子を散らすようにして逃げ去っていく。その逃げる後ろ姿は子供たちのそれとそっくりだった。

名取の意図がわからず困惑する千尋の頭上に、その手は着地する。そしてわしわしと千尋の頭を撫でた。

「わっ」

「自分の身も顧みないで、人間も妖怪も思いやって。君は優しいけれど危なっかしくて目が離せないな」

「な、なによ……」

「勿論、離すつもりはないけれどね」

「………えと…………な、名取……?」

照れて俯いた千尋の頭を、今度は名取は壊れやすいものを慈しむような手つきで撫でる。
上目遣いにちらりと見た名取の顔は穏やかで、それがまた気恥ずかしく、目が合ってしまう前に千尋は再び下を向いた。

目を瞑る。頭を撫でる名取の手の感覚を追いかける。

大きな手。嫌いじゃない。むしろ心地よい、と思う。


それなのに、この手に、名取に、今の気持ちを伝えることはとても難しい。

心地よい、というだけではない。安心する、とも少し違う。嬉しい?恥ずかしい?…どれも、当たっているようで足りないような。

妖怪のことならいくらでも簡単に言葉にできるというのに、自分の気持ちのことになるとこうも言葉が出てこなくなるだなんて、自分でも信じられない。


どうしよう、なにか言わなきゃ、と思うのに。

「君に付き合えるのは私くらいなんだ。危険な妖怪からも、理解のない人間からも、私が守るよ。だから安心して、君が思うようにやってほしい」

追い打ちとばかりに優しく言葉をかけられて、今度こそ膝の上で手をぎゅっと握りしめ口をつぐむしかなくなってしまう。

(あんたがそういうこと言うから……ああもう!)


「……………恥ずかしい奴」

「…?なにか言ったかい?」

「なにもっ!」












20120822


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