夏目
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「千尋……千尋…!」
身体を揺すられて目が覚める。
ぼんやりしていた視界は数度の瞬きで焦点を取り戻した。
心配そうに千尋の顔をのぞき込む夏目と名取、それにニャンコ先生が見える。
「大丈夫か?怪我は?」
泣きそうなのを必死に堪えているような顔で夏目が問いかけてくる。
「うん…平気。なんともないよ」
地面に寝ころんだままで笑顔を作る。本当は喋るのも面倒なほど虚脱していた。
「的場さんになにかされたのか?」
回らない頭でなにがあったかを思い出す。
的場の足止めをして、彼が去り……少し休もうと思って、そのまま眠りこけてしまったらしい。
情けないことだが思ったより疲労が濃いようだ。
「ちょっと術使いすぎて疲れただけだから大丈夫」
それにしても夏目のこの慌てよう。
的場め、なにかの前科があるな…と千尋は遠い目をしてため息をついた。
「あの妖怪はどうなったの?」
「心配ない。ちゃんと封じたよ」
言って名取が懐から小さな壷を取り出す。
上体だけ起きあがった千尋はそれを受け取りまじまじと眺めた。
祓い屋もどきの割に封印の術を知らない千尋にはその封印の強さはわからなかったけれど、プロである名取が大丈夫というならそうなのだろう。
「おい名取の小僧!自分だけの手柄のような物言いをするでない!」
名取に壷を返す横で、ニャンコ先生がぴょんぴょん飛び跳ねながら抗議している。名取は全く意に介さないが。
目をつり上げても全然怖くないニャンコ姿は滑稽で、千尋は思わず肩を揺らした。
「ニャンコ先生が弱らせてくれたのを、俺と名取さんで封じたんだ」
困り顔で耳打ちしてくる夏目。
ニャンコ先生の耳がピクッと動いてこちらを向く。
「ふん!わかればいいのだわかれば!」
私に感謝しろボンクラ共、なんて言って威張っている。
もうなんて言って機嫌を取ったらいいのやら。人間3人は揃って失笑を禁じ得ない。
と、不意に名取が千尋の正面に屈んで、真剣な眼差しで尋ねた。
「的場さんはどうしたんだい?」
「……じゃじゃ馬の遊び相手は面倒みたいで、帰っちゃった」
「…………」
もの言いたげな名取。顔面をトカゲの痣が横切っていった。
千尋の術では的場に遠く及ばないこちをわかっている名取の懸念は恐らく、なぜ的場が追ってこなかったか、だ。
式にできるかもしれない妖も夏目も見逃して、的場が千尋に余計なことでも吹き込んだのではと案じているのだろう。
心配してくれるのはありがたいが、千尋にとって的場は複雑な存在で、あまり喋りたいものではない。
そもそも千尋も的場の本心などわからないのだし。
だから、だんまりを決め込んだ。
「名取さん?」
「……いや、なんでもないよ。帰ろうか」
夏目が声をかけたことで一瞬の緊迫は溶ける。
ふう、と安堵の息を吐く千尋。
立ち上がろうと脚に力を入れようとして……尻餅をついた。
「……あちゃー…」
どうやら本当に力を使い果たしてしまっているらしい。
立つことにすら支障が出るほどだなんて今まで経験したこともなかった。
さて、どうしたものか。
夏目に名取、ニャンコ先生までもが心配そうにこちらを見ている。
「夏目、手貸してくれる?」
「名取…立たせて」
「乗せてってよ、斑」
「…平気。一人で立てる」